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命は剛毛より軽し
しおりを挟むフェザーは口を開けたまま、アリログと名乗った男の頭から足先までを見つめた。
見事な剛毛だった。全身剛毛と言っていい。黒々とした剛毛が男には生えていた。
「驚かせて済まない。マロカの民は普段獣の形をとっているが、人間の姿にもなれるのだ。だから君の今までの言葉もすべて伝わっている」
「ーーこのことは俺以外は」
「知らせていない。我も知らせるつもりはなかった。マロカの民が獣であり人の言葉を理解していないと相手が思えば、向こうは勝手にいろいろと話し出す。獣のままの方が都合がいいのだ。言葉が通じないということ以外は」
アリログは身を乗り出し、フェザーの右肩に手を伸ばす。傷にさわると思い直接は触れていないが、その痛々しそうに顔を歪めた。
「フェザー王子。君の言葉も会話を交わしたあの日から今日まで、すべて理解できている。君は一度たりとも我がマロカを窘めるようなことを口にしなかった。獣姿のままで婚約という形になったにも関わらずだ。こちらは君たちを騙しているというのに、君は我らと対等になろうと尽力してくれた。さらに先日は我らよりも遙かに弱い存在であろう君に助けられた。もし右手を壊すことになっていれば、我が王という立場も揺らぐことになっていただろう。本当に、感謝してもし足りない」
肩に向かった手で、今度はフェザーの手を握った。アリグロは膝を突いてフェザーの顔をまっすぐ見つめる。フェザーはまだ頭の理解が追いついていなかった。
「君は同性愛者と聞いている。そして我は代理の王として子を成すことは許されぬ身。このような獣とも人とも言えぬ身ではあるが、君が嫌だと思わなければ婚約という同盟を続けさせてほしい。我は今まで同性を愛することなど考えていなかったが、君とならば我はやっていけると思う。むしろ君に惹かれ始めている」
真摯にアリグロは伝えた。同盟による婚約ではあったが、それとは別にフェザーの人柄に惹かれたのだと。先ほどフェザーから破棄をしたいならばと提案されたが、むしろアリグロの方から結びたいとフェザーに語る。
だがフェザーに返答はなく、アリグロは辛そうにフェザーの手を離そうとした。だがそれをフェザーが拒むように、アリグロの手を握りしめた。
「結婚してください!!!」
フェザーの叫びにアリグロは硬直した。だが叫んだことで我を取り戻したフェザーはアリグロの様子など気にも止めずに話し続けた。
「いえ、間違えました。俺たちもう結婚してましたね。あ、違う婚約か。ちょ、年内に結婚とか待ってられるか。さっさと結婚したい。今すぐ結婚したい。ヤバい。俺の理想の剛毛が目の前にあるとか。もしかして俺死んでた? もうとっくに死んでるってやつ? マジかよ、なんて理想郷なんだヘブン!!」
「フェ、フェザー王子落ち着け」
アリグロの言葉にフェザーは深呼吸を何度か行った。そしてアリグロがフェザーの名を呼んだことで自身が死んでいないことをとりあえず把握した。だが興奮は冷めやらない。
「アリグロ王と呼んで構いませんか?」
「あ、あぁ」
「先ほどのあなたの言葉を聞く限り、俺との結婚を承諾してくれるということでいいですか?」
「あ、あぁ」
同じ返事であるが、後の台詞ではアリグロの顔が赤く染まっていた。アリグロはフェザーから視線をはずして小さくつぶやく。
「初対面のとき。適当に言ったマロカ語とはいえ、あんな情熱的なことを言われたら興味を持ってしまっても仕方ないであろう?」
「すいません。未だにマロカ語は難しくて、あのときの俺は何と言ってたんですか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・我を( R指定内容のため、自主規制 )して、それから( R指定内容のため、自主規制 )と。さらに( R指定内容のため、自主規制 )だと」
フェザーはそれを聞いて乾いた笑いをあげた。
(適当に話したゴリラ語がまさかそんな訳になるとは。それじゃあの白髪マロカも破廉恥と言われるわけだわ)
だが今のアリグロを見ていると、もう一度その言葉を言いたくなる衝動に駆られる。しかし理性でなんとか抑え込んだ。
フェザーはもう彼の見た目というか、剛毛に夢中だった。人型になれるというのならばあのゴリラの姿でも愛せる自信があった。むしろこの男がゴリラになるというのならそのゴリラの姿ごと愛してみせると神に誓った。
「アリグロ王。俺たちの婚約はあくまで2国の同盟のためのものです」
「ーーわかっている」
「ですが、俺としてはあなたを大切にしたいと考えています。俺と生涯を過ごしていただけますか?」
フェザーの言葉にアリグロは恥ずかしがりながらも、首を縦に振るのであった。
+++
ジャッツクデル王国とマロカの国は2国の王子と王との結婚により同盟が結ばれた。
マロカの国の者たちはみなゴリラの姿をしていたが、それでも王子はとても嬉しそうな顔をしていたのだという。
豊富な資源と戦力を得たジャッツクデル王国はその後500年も続く大国となるのであった。
そしてどうでもいい話ではあるが、当時の王族とそれに近しい者たちによる発言によると、王子は結婚式の時点で剛毛ならばゴリラでもイケると話していたとか。いないとか。
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