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侵入者編
サッヴァ 怪しい粉
しおりを挟む「ご自身の失敗で体を乗っ取られ周囲を危険に晒し。クウガくんの機転で窮地を脱出したかと思えば魔力枯渇によって死にそうになり。方法がアレとはいえクウガくんに魔力を供給してもらい目を覚ます。そしてクウガくんから面会の約束を貰うまで何の行動も取れず、しまいにはその約束が当日に急遽取り消しになり、それから1週間経っても結局未だ進展なし」
目の前の男はにこりと微笑む。
「自分から連絡をとろうという、年上としての矜持というものが先輩にはないのですかねぇ。あ、それとも好きな相手には奥手になるのですかね。もういいオッサンのくせに何純情ぶっているのか」
黙っていたらさらにアトランが笑顔に悪意を乗せて聞いてくる。
血管が切れそうになるのを必死に押さえ込んだ。
「魔導師長とは余程暇なのだな」
「優秀な部下が多くいますので」
「人間性は長くいるほどクソになりますけどね」
アトランの言葉にキュルブと紹介された部下が追随する。
昨日突然来訪の連絡があり、そして今来客用のソファに向かい合うように私とアトランが腰掛け、キュルブはアトランのソファの背後に立っていた。
目の前の男と会話するだけで精神が磨耗するのでさっさと用件を話して帰ってもらいたいが、それを知ってか知らずか(ほぼ確実にわかっていてだろうが)無駄話をし始める。しかもそれが的確に私の怒りの要点を押さえているのだから、この男の性格の悪さを再確認する。
「苛立っているようですが。先輩がしでかしていることで、自分は何もしておりませんので」
それがわかっているからなおのこと腹立たしいのだ。
怒鳴らないよう深くため息を吐き出した。
「言われなくともわかっている」
「カッコつけてもまったくカッコつかないですよ。先輩もうジジイなんですから」
「現時点で苛立っているのはアトランのせいだ!!」
深くついたため息は結局は効果をなさなかった。
「それよりも早く用件を言え」
「そうそう。そういえばーー」
「さっさと用件を終わらせろと言ったろうが!」
「用件に関係していますよ。魔力は回復しましたか」
その問いに否を言えばアトランはキュルブに声をかけ、キュルブは袋を取り出すと小さな紙に包まれた何かをアトランに手渡した。そしてアトランから渡されたその中身を見ると何かの粉のようなものが入っていた。
「魔導師が総出で作り出しました魔力回復薬です。まだ魔導師内での試験のみの代物ですが効果は十分かと」
「ーー副作用は」
「粉にする前のものに関しては無害と言い切って良いでしょう。粉剤にしたものは服用して1週間しか確認していませんが実害はありません」
伝えられた内容に手元の粉薬に視線を戻す。
本来ならば流通していない薬に手を出すことはない。普段ならば突き返しているところだ。だがわざわざアトランがこの家に訪れてまでこれを渡すということは、それをしなければならない状況が近づいてきたということになる。私の魔力を元の状態にまで回復しなければならないという状況にだ。
余計な口は叩くが意味のない行動はしないこの男だからこそ、そこは信用している。
粉薬をほんの少し指につけ舌先で触れる。
その瞬間、走った刺激に目を見開いた。
「これは、凄いな」
素直にそう口にした。
これまでも魔力が回復する薬や食べ物を口にしたが、これほど急激に魔力が満ちるものは初めてだった。副作用はないと言っていたが、本当に害がないのか疑わしくなるほどに。
「これは、本当に大丈夫なものなのか」
「えぇ。害のないものでできていると断言できます」
アトランが真剣な顔をして続けた。
「自分の精液なので」
その場で噎せたのは言うまでもない。
+++
「エルフの植物から新たな避妊具ができたらしく確認したところ、これが液体を保存するのに丁度良く、空気に触れると魔力上昇の効果がなくなる精液を貯めることに成功いたしました。それを粉状にしたのが先輩が飲んだものです。どうやって粉状にしたのかは口外できませんが」
アトランの笑みが輝いている。だがその輝きは私にとって邪悪でしかなかった。
その粉薬は机の上で紙の上に乗せられている。
「なんというものを作ってるのだ。お前たちは」
「もちろん作ってみたはいいものの、誰も飲みたくなかったんで賭けで負けたやつが飲みましたよ。あのときほど賭けに負けたくないと思ったことはないですね。いくら尊敬しているリーダーのとはいえ、精液飲みたくないんで」
キュルブが笑い声をあげながらそう説明した。
会って間もないが、アトランと同類であることは理解できた。
アトランが堂々と勧めてくる。
「ということですので、さっさと精液飲んで魔力回復してください」
「そう説明されて飲めると思っているのか」
全力で拒否をした。
そもそも粉状にしたとはいえ、自分の精液を他人に飲ませようとするその神経が信じられん。・・・・・・いや、この男なら私が嫌がることなら基本何でもするな。
「別にこのぐらい何でもないでしょう。一度直にくわえたことあるのですから」
「その過去を思い出させるな」
「えー、何やってるんですかあんた達。おっさんとおっさんの絡みとか想像したくないんですけど」
キュルブは「あ、でも」と言葉を続ける。
「貴族の奥方らは好きなんじゃないですかね。お2人の恋愛話、まだ流行ってるみたいじゃないですか」
「ーーなんだと?」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がした。なんだそれは。
キュルブを睨みつけると逆に驚いたような顔をされた。
「え、知らないんですか? 大分前からある話ですよ。最初は気分を害していたリーダーも今じゃ受け流すほどですし」
「天と地がひっくり返ろうとありえんわ!!」
何が悲しくてこの男と恋愛をしなければならないのか。嫌がらせで精液飲ませる男のどこを好きになれというのか!?
「アトラン。お前も何故否定しないのだ!?」
「先輩知らないのですか。人間、否定すれば否定するほど信憑性が高くなるのですよ。というより自分も先輩が初耳ということに驚いていますよ。ーーーーまぁ、先輩にこんなことを告げ口する度胸のある人間は神官にいないでしょうね」
「しかしお前と私のことだぞ!? いいのか!?」
「クウガくんの存在で同性愛が少しずつ知れ渡っているのです。それが面白おかしく広まってしまうのは予想できるでしょう」
「だからといってだな」
「話題の材料提供、先輩の娘さんですが」
「サヴェルナアアアアア!!!」
ここにいない娘の名を叫びながら拳を膝に叩きつけた。
何をやっているのだ。あのバカ娘が! 帰ったらどういうことか問いただす必要がある。
「サヴェルナさん、彼女強かですよ。着々と貴族とパイプを繋いでますから。血筋も申し分ないですし、神官長も夢ではないかもしれませんね」
「素直に喜べんわ」
頭を抱えていると、「話がずれてしまいましたが」とアトランが例の粉を私の前に差し出してきた。
「さっさと飲んで魔力回復してください」
「これが何でできているのか知って飲めると思ってるのか」
「これ以上クウガくんのことで後悔したくないでしょう」
アトランの言葉に一瞬固まった。
「どういうことだ」
「1週間前、とある者たちが王都を訪れました。その途中で少し揉め事があってクウガくんは先輩のもとへ行けなかったわけですが。その者というのが3人のドワーフと帝国の姫君とその護衛でした」
「ーーは?」
思わず間抜けな声が漏れてしまった。
「姫、と言いましたが立場としては女王ですね。先代の帝王が前魔王に殺され、幼い姫君が王にならなくてはならなかったので」
「そんなことはどうでもいい。何故帝国の王女が敵国であった我が国に。いや、それだけではない。ドワーフだと?」
「エルフが現れたのですから、ドワーフが現れてもおかしくはないでしょう」
アトランは平然とのたまっているが、どう考えても異常事態だ。
前魔王が王国と帝国の王を殺したことで世代交代が起きた。だが帝国側は先先代が病死してからの年月が浅かったため、幼い王女を仮の王としていたはずだった。その彼女が王国に訪れただと。それも護衛1人と、さらにドワーフを連れて。
「帝国に何が起きている」
「侵略者の影響は王国だけではなかったということですよ」
帝国でもエイリアンの被害が現れているということか。鳥や獣にも取り付くことができるのだから可能だろう。だがどうも引っかかる。本当にそれだけなのか。
「つい最近まで敵対していた国に避難するものなのか」
「自国にいても信頼できる者などいないでしょう。どんなに義に篤い者や善を尊ぶ者でも殺戮を好むようになるのですから」
「だとしてもだ。複数人で来るならばともかく、仮にも王である者がお忍びのように他国に渡るなどクーデターでもない限り・・・・・・」
そこで口を噤んだ。アトランから否定する言葉が出ないのだから正解ということか。
つまり政権が無理矢理変わったのだろう。そしてそれにはエイリアンが深く関わっている。もしかしたら王国のように表面化では被害は起こっておらず、エイリアンの件は情報操作されているのかもしれない。
それで国民に信頼されている者がトップに立ったとしたら、追放された方に問題があると捉えられるだろう。いやそもそも王の座にいたのは幼き娘だ。追放するより人知れず殺して病死扱いにしてしまえばいい。
そうなる前に逃げ出したということか。
「王女の件はわかった。だがドワーフというのは」
「先輩がダイチくんを召喚してしまったあの日。突如海から島が現れ、そこに住んでいたのがドワーフでした。エルフの結界が壊れたことでドワーフの結界も壊れたのでしょう。現在は帝国の捕虜となっており、今回訪れた3人のドワーフは王女の逃亡に力を貸したとのことです」
「エルフと同様、ドワーフにも人間にはない特殊な力を有していました」
アトランがそう言うとキュルブが今度は石のようなものを取り出す。
それは貴金属のように輝いてはおらず、だがただの石にしては混沌とした闇色を放っている。夜の空ではなく穴の底を覗いたような、吸い込まれたら二度と出てこれなくなるような色だ。
そこで伝承となっていたドワーフの特性を思い出す。
「これが、その金属魔法か」
「えぇ。これがまた面白い物でして。少なくとも魔法を扱う者にとっては脅威と言ってもいいでしょう」
そして続けられたその石の特性に、思わず眉間に皺が寄った。
これが帝国に、しかも大量に製造されているとしたら。さらに殺戮や破壊衝動を望むエイリアンによってその国が支配されているのだとしたら。
ノンケルシィ王国は、滅ぼされるかもしれない。
いや、それだけでは済まされない。
最後には人類が滅亡する。
「ーーだがクウガのこととは」
「今1番エイリアンに取り込まれていけないのはクウガくんです。やつらは人が無意識に制限していることも解放しています。現に先輩も魔力がほぼ空になるまで魔法を使われましたが、本来ならばそうなるよりも早く本能的に体が停止するはずです。もしクウガくんの能力が現時点で制限されている状態だとして、それをエイリアンによって取り払われたならば、先輩のときよりも厳しい状況に陥るでしょう。
クウガくんが今住んでいる場所は人のいる街から離れた開けた場所。クウガくんが能力を悪用をすることを恐れての配置でしたが、今では逆にエイリアンに襲われやすい場所だと言っていい。それでも自分がクウガくんの居場所に口を出さなかったのは元騎士団長の腕と、炎魔法の高さを買っていたからです。しかしこの石の出現で楽観視できなくなりました。さらに帝国とのことでパニックになるのは予想できます。クウガくんを守るための盾はあるだけあったほうがいい」
というわけで、とアトランは机上の薬を指す。
「クウガくんを守るためなら、精液の薬を飲むぐらい容易いでしょう」
それが容易くないことをわかっていて、この男は告げてくる。
だがその後の行動に迷いはなかった。薬が乗せられた紙をとると口へと流し込んだ。
途中「うわぁ、本当に飲んだ」というキュルブの言葉が聞こえたが無視をする。
飲み終えると急激な魔力の上昇に酩酊感のような目眩がしたが、それ以外に問題はない。
「まだ薬ありますよ」
アトランが囁いた。まだ回復しきっていないことをこの男は感づいている。
「ーーさっさと寄越せ」
「はいはい。過剰に飲んでも問題ないよう、貴金属も用意していますので」
用意周到なアトランの言葉ひとつひとつに殺意を覚える。
だがここまで来たら自棄だ。これは精液ではない。薬だと思いこむことにした。
「リーダー。対峙する人があなたの精液飲んでるのって、どういう気持ちなんですか?」
「凄く楽しいですよ。相手に精神的な痛手を与えられているのだと感じられて」
2人の会話に、こめかみをひくつかせながら。
+++
「お疲れさまでした」
アトランがそう終わりを告げたとき、私は目の回るような感覚に寄っていた。来客の前だというのにソファに寄りかかって目を手で押さえながら天を仰ぐ。
通常ではあり得ない急激な魔力の上昇は気持ちのいいものではなかった。材料が精液でなかったとしてもあまり接種したいとは思わないだろう。
だが魔力が戻ったのはわかる。ダイチを召喚する前の頃と変わらないだろう。
「それでは自分たちはここで失礼します」
さっさと帰れという言葉も発する気が起きない。
「ちなみにエルフの住処に人を派遣させるそうですよ。避妊具で使用する植物の実が大量に必要だということで。魔の森に近いため商人の他に騎士や狩人も加わるそうで」
その話は先ほどまでの緊張をはらんだものではなく、世間話のようなものだった。
返事もせずに聞いているとアトランは続ける。
「あのステンもそれに加わるそうですよ。急いでも2ヶ月は帰ってこられないというのに。よっぽどクウガくんと顔を合わせづらいようです」
顔を合わせづらい? 何かあったのか?
手をずらしアトランの方を見た。意図に気づいたのかアトランはポロッと話す。
「クウガくんとセックスしたそうですよ、彼」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「は?」
思わず漏れた声はアトランに届かなかったのか。それとも届いていて無視されたのか、そのまま帰ってしまった。
最後に落とされた発言に思考を巡らせようとして、しかし今の体調ではそれすら苦痛になる。何も考えたくはないのに考えてしまう思考に、気持ち悪さが増幅されていった。去り際に告げたのも故意に違いない。
改めて自覚した。
私はあの男が心底嫌いだと。
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