黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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終 平成二十六年

我が家の秘密

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 ――グラグラグラと激しく揺れる。
 これは、このアヒルがわざと揺らしているのだろう。
 そのせいで、水が中にどんどん入ってきて、徐々に身体が沈んでいく。

「やっ、やだ! なんで? 私を助ける為に、来てくれたんじゃないの!?」
『グァ"ア"ア"ーーグァァゲゲゲッ! グァア"ア"ゲゲゲッッ!!』

 笑っている。いや、これは……嘲笑っている。

「そんな……! あなたは、自由に浮けるからいいじゃないっ! 私はそうじゃないの! 可哀想に思わないの!? 出来る人が、出来ない人を助けるのが当たり前じゃないっ!!」

 大きく口を吊り上げ、嗤い、嗤い、嗤われる。

 その嗤い顔や、声を聞きたくなくて。私は耳を押さえ、下を向く。

(嫌だ。こんなの……嫌、嫌、嫌。誰か、誰か、助けて……誰か……――)

 その時――脳裏に、未来ちゃんの温かな笑顔が浮かぶ。

 私は、凜々花たちにいじめられているのをいつも庇ってくれる、未来ちゃんにお礼を言ったことがあった。
 すると――『そんな、お礼なんてしなくていいよ。あっ! でも、もし……私が悲しい時があったら一緒にいて欲しいな。それが、一番嬉しいよ』と未来ちゃんは、温かな笑顔を浮かべていた。

「あ……。悲しい、時に…………」

 未来ちゃんは、泣いていた。ずっと、ずっと、悲しそうに泣いていた。
『一緒にいて欲しい』という、ささやかな願いすら……私は叶えてあげることが出来なかった。


 ――未来ちゃんが、私の代わりになると言ってから。凜々花たちに言われるまま、私は未来ちゃんから自然と離れていった。

 未来ちゃんは傷ついたような、悲しそうな顔を浮かべて私を見ていたのに……。私はそれを分かっていて、見て見ぬふりをした。

 何かを言い返すことは出来なくても。凜々花たちの指示を聞くことをせずに、未来ちゃんと一緒にいることは出来たはずだ。
 2人なら、苦しいことも半々になったかもしれないし、助け合えただろう。

 そもそもは、未来ちゃんは私のせいで辛い思いをすることになったのだから、そうすることは当たり前なことなのに――。

 私は、私をずっと助けてくれた未来ちゃんを、ひどい方法で裏切ったのだ。


「ぁっ、あああああーーー!! 未来ちゃん、未来ちゃん、未来ちゃんっ!!」

 今さら、今さらなことなのに……時間を戻してやり直したい。

 なんで、今になって大事なことに気が付くのだと。むしろ、気が付きたくなかったと――苦しい胸を強く押さえながら、泣きわめく。


 うるさいというように、グワリと足元が傾き。勢いよく水中に放り出された。


「ゲホッ、ゲホッ……!」

 水が鼻に入り、ツンとする。

 しかし、それが治る前に――身体が、強い流れに引っ張られる。
 ゴゥゴゴゴゥウ……! と雷鳴に似た音。
 私が引っ張り込まれた場所。そこは、渦潮の中であった。

 ブクブクブクブクとたくさんの泡が視界を占めている。もみくちゃに回転して、浮上することなど到底無理だろう。

 泡の隙間から顔を覗かせた、白いアヒルが『ギャボッ、ギャボッ、ギャボッ!!』と大きく口を開けて嗤っている。
 口の中は、サメの歯のような何重にもなっている鋭い歯が、ビッシリと生えていた。

 その白いアヒルに、ガブリと肩を齧られ。鋭い歯が、肌にめり込む――そして、じわじわじわと何かを体内に入れられている。

(……っ、いっ、痛っ、痛い、痛い、痛いぃ"い"い"!!)

 身体中が焼けるように痛い。
 体内を、ぐちゃぐちゃに掻き回されているような痛さだ。
 そして直ぐに、私の身体がドロドロと溶けていく。

 それを、悪い視界の中でも理解し。恐怖に叫ぼうと息を吸い込んだことで、ガボガボガボと水を大量に飲み込んでしまった――。


(助け……て、未来ちゃ……――)


 私が、助けを求めた人物は――無情にも、己が裏切り、既にこの世を去ってしまった哀れな女の子であった。


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