黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

文字の大きさ
上 下
65 / 83
拾 天保七年

飢饉

しおりを挟む
 不作も四年目ともなれば、それはそれは悲惨なものです。

 何人の百姓が餓死したか、私なぞには数える術もありません。

 その日私は、一番上の兄に言われて野草を取りに行っておりましたが、もはや食べられそうなものなど何一つ見つけられない有り様でした。

 道すがら、何人も死んでいるのを見ました。いっそ、この死肉を貪った方が早いようにさえ思えました。飢えとは、それほど人の心を蝕むものなのです。

 私は仕方なく、その辺に生えている木の幹を削って帰る事にしました。

 とは言うものの、同じ考えの者は絶えぬようで、どこを歩いて回ってもすでに村中の木々の幹が剥されているような状態でした。私は、草を刈る用に持ってきた鎌で無理矢理木の側面を削り取ると、それを籠に入れました。食べられるかどうかなんて分かりませんが、もはやこれくらいしか口に運ぶものが無いのです。

 冬は、これから来るというのに。

 厳密に言えば、家に帰れば多少の貯えはありました。しかし今の時期、それへ手を出す事は出来ないのです。いまからそれを食べてしまっては、間違いなく年が変わる頃に尽きてしまいます。

 私は、木の削りカスを持って家路に着く事にしました。もしかしたら、母が食べ方を知っているかもしれない。そんな、情けないほど微かな望みを胸に抱きながら。

 私が家に戻ると、母は体調が優れぬという事で床に伏していました。

「おっ母、ただいま」

 私が声をかけても返事は来ません。ぐっすりと眠っていたのです。

 木屑の調理法を相談し損ねた私は、仕方なく収穫したものを兄たちに見せました。彼らは皆、困惑してお互いの顔を見合わせます。

「お前、これを俺たちに食えってか」

 三番目の兄が私を怒鳴りつけました。

「仕方ないでしょ、これしかなかったんだから」

 もちろん、私も反論しました。実際に、探しても探しても食べられそうな物が無かったのですから。

「で、どうするんだ。まさか、このまま食えとか言わねえよな」

 二番目の兄も、機嫌は良くありませんでした。この時、甲斐のない畑仕事で兄たちは一様に気が立っていたのです。

 私は、大きさもばらばらな木屑を見つめながら言いました。

「とりあえず煮てみる。柔らかくなるかもしれないから」

「なるかねえ、本当に」

 二番目の兄は私の案に否定的でしたが、兎にも角にもやってみないと分からないので、私は籠を持ってくりやに行きました。

 鍋に木屑を移し、火を起こします。その間に、四人の兄はなにやら話を始めたようでした。

 料理というよりは、染料を作っているような気分でした。私はしばらくの間、かき混ぜながら木のカスを煮続けました。

 これもまた、甲斐のない仕事でした。やってもやっても、木屑は噛みきれるようにならなかったのです。

「どうだ、ゆい」

 一番歳の近い兄が、様子を見に来ました。

「駄目だった」

 残念ながら、食べられるものではありませんでした。薄々分かっていた事ではありますが。

 兄は苦笑いしながら頷くと、私を手招きしました。

 何事かと思った私は促されるまま、兄たちの方へ戻っていきました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

タクシー運転手の夜話

華岡光
ホラー
世の中の全てを知るタクシー運転手。そのタクシー運転手が知ったこの世のものではない話しとは・・

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

【完結】『霧原村』~少女達の遊戯が幽の地に潜む怪異を招く~

潮ノ海月
ホラー
五月の中旬、昼休中に清水莉子と幸村葵が『こっくりさん』で遊び始めた。俺、月森和也、野風雄二、転校生の神代渉の三人が雑談していると、女子達のキャーという悲鳴が。その翌日から莉子は休み続け、学校中に『こっくりさん』の呪いや祟りの噂が広まる。そのことで和也、斉藤凪紗、雄二、葵、渉の五人が莉子の家を訪れると、彼女の母親は憔悴し、私室いた莉子は憑依された姿になっていた。莉子の家から葵を送り届け、暗い路地を歩く渉は不気味な怪異に遭遇する。それから恐怖の怪奇現象が頻発し、ついに女子達が犠牲に。そして怪異に翻弄されながらも、和也と渉の二人は一つの仮説を立て、思ってもみない結末へ導かれていく。【2025/3/11 完結】

【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜

野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。 内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

こちら御神楽学園心霊部!

緒方あきら
ホラー
取りつかれ体質の主人公、月城灯里が霊に憑かれた事を切っ掛けに心霊部に入部する。そこに数々の心霊体験が舞い込んでくる。事件を解決するごとに部員との絆は深まっていく。けれど、彼らにやってくる心霊事件は身の毛がよだつ恐ろしいものばかりで――。 灯里は取りつかれ体質で、事あるごとに幽霊に取りつかれる。 それがきっかけで学校の心霊部に入部する事になったが、いくつもの事件がやってきて――。 。 部屋に異音がなり、主人公を怯えさせる【トッテさん】。 前世から続く呪いにより死に導かれる生徒を救うが、彼にあげたお札は一週間でボロボロになってしまう【前世の名前】。 通ってはいけない道を通り、自分の影を失い、荒れた祠を修復し祈りを捧げて解決を試みる【竹林の道】。 どこまでもついて来る影が、家まで辿り着いたと安心した主人公の耳元に突然囁きかけてさっていく【楽しかった?】。 封印されていたものを解き放つと、それは江戸時代に封じられた幽霊。彼は門吉と名乗り主人公たちは土地神にするべく扱う【首無し地蔵】。 決して話してはいけない怪談を話してしまい、クラスメイトの背中に危険な影が現れ、咄嗟にこの話は嘘だったと弁明し霊を払う【嘘つき先生】。 事故死してさ迷う亡霊と出くわしてしまう。気付かぬふりをしてやり過ごすがすれ違い様に「見えてるくせに」と囁かれ襲われる【交差点】。 ひたすら振返らせようとする霊、駅まで着いたがトンネルを走る窓が鏡のようになり憑りついた霊の禍々しい姿を見る事になる【うしろ】。 都市伝説の噂を元に、エレベーターで消えてしまった生徒。記憶からさえもその存在を消す神隠し。心霊部は総出で生徒の救出を行った【異世界エレベーター】。 延々と名前を問う不気味な声【名前】。 10の怪異譚からなる心霊ホラー。心霊部の活躍は続いていく。 

処理中です...