上 下
61 / 83
玖 嘉永六年

禁忌破り

しおりを挟む
 あきは立ち上がり、境内に戻っていった。源蔵も後に続く。

 彼女はゆっくりと歩きながら生えている大木に触り、狛犬に一体ずつ触り、

 そして、そのまま神社の裏に足を向かわせた。

「待った。あき姉、そっちは」

「いいじゃない。たまには」

 沖津根神社の裏側は『おきつねさま』の僕がいるとされていて、立ち入りは禁じられていた。

「最後に、この村の色々を目に焼き付けておきたいの。良いでしょう」

「それは、見合いがうまく行ってからでも良いんじゃないか」

 源蔵は言ったが、それは的外れな発言だと自覚していた。

 親たちが周到に積み上げた縁談である。本人の我儘で覆されるようなものではない。

 案の定と言うべきか、あきは源蔵の言葉に無反応で、そのままつかつかと歩き続けた。

「うわあ、凄い蝉の声」

 神社の裏は一層木々が生い茂っていた。蝉が多いのも納得できる。

 そこは、足元にも草々が伸び放題に伸びていた。うかつに入ると着物を汚しかねないほどであったが、あきは全くためらう様子もなく足を踏み入れる。

「あき姉。やっぱりあんまり立ち入らない方が」

「意気地なしねえ、源蔵は」

「そういう問題じゃないって、あき姉」

「じゃあ、どういう問題なの」

 あきは自由に歩き回りながら振り返り、意地悪な笑顔で源蔵を見た。

 その瞬間、

「きゃ」

 何かに躓いたらしいあきは、そのまま後ろ向きに倒れた。

「大丈夫か、あき姉」

 源蔵は慌ててあきに駆け寄る。

「うん、大丈夫。ごめんね」

 彼女はそれへ、照れたような笑顔で返事をする。

「何かに躓いちゃったみたい。うっかりだよね」

「これだけ草が伸びてたら、しょうがないさ」

「何だったんだろう。切り株、かな」

 あきはその場に屈み、草をかき分けた。

 その顔が、青ざめる。

 そこにあったのは、とても小さな祠だった。躓いた影響で、一部が破損している。

「どうしよう」

 あきは目に見えて動揺していた。すがるような顔で源蔵の方を見る。

 源蔵は心臓が止まるような苦しさを覚え、考えるふりをして視線を外す。

 すると、あきの足元の地面から、一本の腕が生えているのが見えた。腕は動いており、今にもあきを掴もうとしている。

 源蔵は驚いて強く瞬きをし、腕を凝視しようとした。が、その瞬きの間に腕は姿を消した。

(見間違い、か)

 源蔵は一度そう思ったが、状況を見るとあまり楽観は出来ないと考えた。

「とりあえず、誰か大人に話をしよう。あき姉、立てるか」

「うん」

 二人は、神社の境内に戻ることにした。

 が、

「源蔵」

 石段を下りながら、あきは言った。

「この事、やっぱり誰かに言わなきゃ駄目かな」

 源蔵は足を止めてあきを見た。

「もしこの事がお父様の耳に入ったら、とてもお怒りになるの。もちろん私が悪いんだけど、その」

 言いごもるあき。源蔵は愛おしさに負けた。

「分かった、あき姉。誰にも言わないから」

「本当に。ありがとう。じゃ、これは二人だけの秘密ね」

 あきは花が咲くような破顔を見せ、そのまま駆け足で石段を下りて行った。

 源蔵は複雑な思いでその後ろ姿を見ていた。

 背中に吹きつける風は、真夏だというのにどこかそら寒かった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

朱糸

黒幕横丁
ミステリー
それは、幸福を騙った呪い(のろい)、そして、真を隠した呪い(まじない)。 Worstの探偵、弐沙(つぐさ)は依頼人から朱絆(しゅばん)神社で授与している朱糸守(しゅしまもり)についての調査を依頼される。 そのお守りは縁結びのお守りとして有名だが、お守りの中身を見たが最後呪い殺されるという噂があった。依頼人も不注意によりお守りの中身を覗いたことにより、依頼してから数日後、変死体となって発見される。 そんな変死体事件が複数発生していることを知った弐沙と弐沙に瓜二つに変装している怜(れい)は、そのお守りについて調査することになった。 これは、呪い(のろい)と呪い(まじない)の話

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...