42 / 83
陸 明治三十四年
失った記憶の正体
しおりを挟む
結局、畑仕事を終えた重右衛門さんと話す機会は、夕方まで訪れなかった。
「今日はすまなかったね、栄之進君」
「いいえ。僕の方こそ手荒な真似をしてしまって申し訳ありません」
「いや、今回の件で君が謝ることはなにもない」
俺が謝ると重右衛門さんは首を振り、そう言ってくれた。
「さて、栄之進君。さっきいわに話を聞いて確認したのだが、あれはやはり記憶が戻っているようだ」
「そうですか」
重右衛門さんは、いわから聞いた十年前の出来事を俺に教えてくれた。
いわは当時、山菜取りが趣味だったという。ちょうど十年前の今日、彼女はその山菜取りに夢中になるあまり、黄泉の使いが現れるという噂のある藪に足を踏み入れてしまったらしい。
果たしていわは、そこで使いと会ってしまった。いわは使者から逃れるために近くにある洞穴まで走ったそうだが、使者はそこまで追いかけてきたという。
まだ死後の世界には行きたくない。いわがそう哀願したら、使者は十年後の今日まで猶予を与えると言ったらしい。
「その使者は『ゆい』という名前なのだが、ゆいは猶予の代償として、いわの記憶を奪ったという。そして十年後の今日……つまり今日、これらの記憶を失ったままのいわを黄泉へ連れ去ろうとしていたらしい」
確証はないが、ゆいというのは多分雑木林で見た少女のことだろう。あの姿を見ていわの様子が激変したので、そう考えるのが自然だった。
「さて、栄之進君。ここで君に頼みがある」
重右衛門さんは、改まって言ってきた。
「いわの話が本当なら、今日そのゆいが、我が家にいわをさらいにやって来る。わしにとっても君にとっても、断じて避けたい事態だ。そうだね」
「無論です」
「今夜は一家総出で、寝ないでいわをゆいから守る。君にも、助力を願いたいのだが、良いだろうか」
「当たり前じゃないですか。黄泉の使いだろうが何だろうが、いわに危害を加えるような奴はただじゃおきませんよ」
俺が息巻くと、重右衛門さんは小さく頷いた。
「君がいてくれるとわしらも心強い。よろしく頼む」
「まかせてください」
俺は胸を張って請け合った。
重右衛門さんはそんな俺を見て、どこか泣き笑いのような顔をした。
「……どうかされましたか」
「いや、なに……」
彼は俺から目をそらすかのごとく、さきほど閉めた雨戸に顔を向けた。すでに雨は降り出しているらしく、雫が当たる軽い音が聞こえる。
「栄之進君……こんな突拍子のない話を、疑わずに信じてくれてありがとう」
表情もそのままに、重右衛門さんは言う。
俺は言葉をかけられなくなり、彼の横顔をじっと見た。
重右衛門さんの顔には、怒りよりも寂しさがにじんでいた。
「今日はすまなかったね、栄之進君」
「いいえ。僕の方こそ手荒な真似をしてしまって申し訳ありません」
「いや、今回の件で君が謝ることはなにもない」
俺が謝ると重右衛門さんは首を振り、そう言ってくれた。
「さて、栄之進君。さっきいわに話を聞いて確認したのだが、あれはやはり記憶が戻っているようだ」
「そうですか」
重右衛門さんは、いわから聞いた十年前の出来事を俺に教えてくれた。
いわは当時、山菜取りが趣味だったという。ちょうど十年前の今日、彼女はその山菜取りに夢中になるあまり、黄泉の使いが現れるという噂のある藪に足を踏み入れてしまったらしい。
果たしていわは、そこで使いと会ってしまった。いわは使者から逃れるために近くにある洞穴まで走ったそうだが、使者はそこまで追いかけてきたという。
まだ死後の世界には行きたくない。いわがそう哀願したら、使者は十年後の今日まで猶予を与えると言ったらしい。
「その使者は『ゆい』という名前なのだが、ゆいは猶予の代償として、いわの記憶を奪ったという。そして十年後の今日……つまり今日、これらの記憶を失ったままのいわを黄泉へ連れ去ろうとしていたらしい」
確証はないが、ゆいというのは多分雑木林で見た少女のことだろう。あの姿を見ていわの様子が激変したので、そう考えるのが自然だった。
「さて、栄之進君。ここで君に頼みがある」
重右衛門さんは、改まって言ってきた。
「いわの話が本当なら、今日そのゆいが、我が家にいわをさらいにやって来る。わしにとっても君にとっても、断じて避けたい事態だ。そうだね」
「無論です」
「今夜は一家総出で、寝ないでいわをゆいから守る。君にも、助力を願いたいのだが、良いだろうか」
「当たり前じゃないですか。黄泉の使いだろうが何だろうが、いわに危害を加えるような奴はただじゃおきませんよ」
俺が息巻くと、重右衛門さんは小さく頷いた。
「君がいてくれるとわしらも心強い。よろしく頼む」
「まかせてください」
俺は胸を張って請け合った。
重右衛門さんはそんな俺を見て、どこか泣き笑いのような顔をした。
「……どうかされましたか」
「いや、なに……」
彼は俺から目をそらすかのごとく、さきほど閉めた雨戸に顔を向けた。すでに雨は降り出しているらしく、雫が当たる軽い音が聞こえる。
「栄之進君……こんな突拍子のない話を、疑わずに信じてくれてありがとう」
表情もそのままに、重右衛門さんは言う。
俺は言葉をかけられなくなり、彼の横顔をじっと見た。
重右衛門さんの顔には、怒りよりも寂しさがにじんでいた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
Catastrophe
アタラクシア
ホラー
ある日世界は終わった――。
「俺が桃を助けるんだ。桃が幸せな世界を作るんだ。その世界にゾンビはいない。その世界には化け物はいない。――その世界にお前はいない」
アーチェリー部に所属しているただの高校生の「如月 楓夜」は自分の彼女である「蒼木 桃」を見つけるために終末世界を奔走する。
陸上自衛隊の父を持つ「山ノ井 花音」は
親友の「坂見 彩」と共に謎の少女を追って終末世界を探索する。
ミリタリーマニアの「三谷 直久」は同じくミリタリーマニアの「齋藤 和真」と共にバイオハザードが起こるのを近くで目の当たりにすることになる。
家族関係が上手くいっていない「浅井 理沙」は攫われた弟を助けるために終末世界を生き抜くことになる。
4つの物語がクロスオーバーする時、全ての真実は語られる――。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
怖いお話。短編集
赤羽こうじ
ホラー
今まで投稿した、ホラー系のお話をまとめてみました。
初めて投稿したホラー『遠き日のかくれんぼ』や、サイコ的な『初めての男』等、色々な『怖い』の短編集です。
その他、『動画投稿』『神社』(仮)等も順次投稿していきます。
全て一万字前後から二万字前後で完結する短編となります。
※2023年11月末にて遠き日のかくれんぼは非公開とさせて頂き、同年12月より『あの日のかくれんぼ』としてリメイク作品として公開させて頂きます。
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
ぬい【完結】
染西 乱
ホラー
家の近くの霊園は近隣住民の中ではただのショートカットルートになっている。
当然私もその道には慣れたものだった。
ある日バイトの帰りに、ぬいぐるみの素体(ぬいを作るためののっぺらぼう状態)の落とし物を見つける
次にそれが現れた場所はバイト先のゲームセンターだった。
虫喰いの愛
ちづ
ホラー
邪気を食べる祟り神と、式神の器にされた娘の話。
ダーク和風ファンタジー異類婚姻譚です。
三万字程度の短編伝奇ホラーなのでよろしければお付き合いください。
蛆虫などの虫の表現、若干の残酷描写がありますので、苦手な方はご注意ください。
『まぼろしの恋』終章で登場する蝕神さまの話です。『まぼろしの恋』を読まなくても全然問題ないです。
また、pixivスキイチ企画『神々の伴侶』https://dic.pixiv.net/a/%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E4%BC%B4%E4%BE%B6(募集終了済み)の十月の神様の設定を使わせて頂いております。
表紙はかんたん表紙メーカーさんより使わせて頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる