黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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伍 昭和二年

山道

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 山向村。

 その名の通り、四方を山に囲まれた、『山の向こうにある』村である。

 戦国時代の末期、食べる物に困った当時の人々が、隠田を開拓するために住み着いたのが起源だと言われている。それが江戸時代に入り、幕府に隠田の存在が明るみになった事をきっかけに、村として栄えるようになったという。

 村を起点に道が作られ、太平洋と日本海がつながった。以来、小さいながらも交通の要所として発展したと聞いている。この近辺で産まれた者ならだれでも知っている話だ。

 特に僕は、母が山向村の出という事もあり、この地には縁がある。ここに関する色々な言い伝えにも明るい。それが先生と付き合うきっかけになった。

 先生は民俗学者だ。とは言うものの、彼がそう自称しているだけなので、正直疑っている部分もある。彼は僕と同じ集合住宅に住んでいて、暮らしぶりも決して良くはない。学者先生というものは、もっと良い生活をしているものではないか。僕はそんな思いもあり、彼が学者であるというのを、なかなか信じられないでいた。

 だだ、先生が色々な事を知っているのは事実だ。その話は大変面白く、僕は頻繁に彼の部屋に足を運ぶようになった。絵に興味を失い、民俗学にのめり込むまで、それほど時間はかからなかった。

「先生。この坂を上りきると、山向村に着きますよ」

「そうですか。予定よりもだいぶ進んでますね」

「家を出たのが早かったですからね」

 今回の旅も、言い出したのは先生の方だった。

 僕が先生の話を興味深く聞くように、先生も僕の山向村の話を興味深く聞いてくれた。

 そして、いつかそこに行きたいと先生が言い出すに至った。

 我々は、爪に火を灯すような暮らしを一年続け、ようやく旅費を工面するに成功した。

「潰れてなければ、村の入り口に飯屋があります。そこでお昼にしましょう」

「そうですね」

 先生は疲れた様子も見せずに言う。明らかに僕よりも年上なのだが、非常に若々しく元気だ。

 今日は、これから言い伝えのある場所を二つ巡り、夜はいとこの嫁ぎ先で寝床を借りることになっている。母の実家は、生家ほどではないが居心地があまり良くなく、出来るだけ避けたかったのだ。

「よかった。まだありましたね、飯屋。やっと休めますよ。歩きづめで疲れたでしょう」

「私は大丈夫ですよ。竹田君こそ、疲れたのではないですか?」

 ようやく見えてきた飯屋に胸をなでおろしたのは、僕だけだったのかもしれない。
 つくづく、先生の体力には感服する。

 腹ごしらえを終えた僕たちは、店を出る前にこれからの予定を確認し合った。

「これから、神社ですか?」

「はい。ここからまたしばらく歩きますが、沖津根神社の方へまずは向かいます。それから、肝煎(きもいり)屋敷を見て回り、鈴木与平の家で一泊する段取りになっています」

「肝煎屋敷というのは、この間言っていたきつね屋敷の事ですか」

「はい」

「沖津根神社(おきつねじんじゃ)からの、きつね屋敷。なるほど、キツネとの縁の深さがうかがえますね」

 昔、ここがまだ人のいない土地だった頃、ここにはキツネの群れが住んでいた。それを、人間が開拓のために追い払い、もしくは駆除をしたと伝わっている。そのキツネの怒りを鎮めるために、沖津根神社は建てられたらしいのだが、それでもキツネの呪いは時として村を襲うらしく、幕末には肝煎(庄屋・名主の意)の娘がキツネ憑きになったという話も聞いたことがある。

 この件に関しては、生き証人が辛うじて何名かいるはずなのだが、大っぴらにそれを口にすることは全くと言っていいほど無い。

 もちろん、この辺の話はすでに先生には伝えてある。初めて沖津根神社の話をしたときなどは『お稲荷様とは違うのか』と聞かれたものであったが。

「ごちそうさまでした」

 あまり長居しても店に悪い。

 僕たちは体が充分休まったのを見計らい、店主にお代を払って飯屋を後にした。
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