25 / 83
肆 昭和十九年
お使い
しおりを挟む
数日後。
「ちい、少し頼まれてくれんか」
この間と同じ感じで、祖父が声をかけてきた。
私は彼をにらむ。
「なんじゃ、まだ怒っとるんか。少尉殿に謝ることが出来たんだ、良かったじゃないか」
「そういう問題ではありません」
読みかけの森鴎外をその場に伏せて、祖父を見る。
「そう言うなって、ちい。少しタバコを買ってきてくれ」
「タバコ? いつも自分で買ってるでしょ?」
「つれないのう。お釣りは駄賃でやるから、な? 頼むよ」
「ええ?」
それは、父がよく使う手だった。父は、お使いと称していつもお金を多めにくれる。おかげで私はお小遣いが増え、本を多く買える。
私からすれば、本一冊も高級品だ。資金を得られる機会があるのなら、それに越したことはない。
「……しょうがないなあ」
「いい加減、機嫌直してくれよ」
一応、悪いとは思っているのだろう。これが祖父なりの謝り方なのだと考えたら、少し機嫌が良くなった。
「じゃあ、ちょっと時間も遅いし、さっさと行ってくるね」
「悪いな」
祖父は笑顔でお金を私に手渡した。
家からタバコ屋までは、歩いてだいたい15分のところにある。大した距離ではない。
「タバコください」
特に何の問題もなく、店に着く。私が声をかけると、店主のおじさんは間の抜けた顔でこちらを見てきた。
「あれ、ちいちゃん? 今日はもうお父さん来たよ?」
「いえ、今日はおじいちゃんのお使いです」
「草(そう)さん?いや、草さんも来たよ」
「え?」
予想外の返答に戸惑う私。
あんまり考えたくないけど、ひょっとして私またやられたのかな。
「もしかして、追加でほしくなったのかな。配給切符は?」
おじさんの言葉に、私の頭が真っ白になる。
「……ああ、もらってない!?」
「ありゃりゃ。じゃあ、どのみち売れないね」
そうなのだ、私としたことが。
タバコは配給切符がないと買えないのだ。いつもやっていることなのに、何で今日に限って忘れるのか。
「やばいな。草さん、ちょっとボケたかな?」
「まさか……」
言いかけて、私は固まった。ひょっとしてこの間の件も、何かの拍子で軍服さんが引っ越しの挨拶に来たと、本気で勘違いしたのかもしれない。
……いや、やっぱり考えすぎか……。
「まあ、悪いけど今回は無駄骨だね。そのお金、全部もらっちゃったら?」
店主は、私が買い物のお釣りを駄賃としてもらっている事を知っているので、それを踏まえて提案してきた。悪そうな笑顔を見せている。
私もつられて悪笑いをする。
「そうしようかな? この前、別のお使いに行ったから、それと合わせて……という事で」
「なるほど」
私とおじさんが一斉に笑い声を出したその時、不意に半鐘の音がけたたましく鳴り響いた。
「ちい、少し頼まれてくれんか」
この間と同じ感じで、祖父が声をかけてきた。
私は彼をにらむ。
「なんじゃ、まだ怒っとるんか。少尉殿に謝ることが出来たんだ、良かったじゃないか」
「そういう問題ではありません」
読みかけの森鴎外をその場に伏せて、祖父を見る。
「そう言うなって、ちい。少しタバコを買ってきてくれ」
「タバコ? いつも自分で買ってるでしょ?」
「つれないのう。お釣りは駄賃でやるから、な? 頼むよ」
「ええ?」
それは、父がよく使う手だった。父は、お使いと称していつもお金を多めにくれる。おかげで私はお小遣いが増え、本を多く買える。
私からすれば、本一冊も高級品だ。資金を得られる機会があるのなら、それに越したことはない。
「……しょうがないなあ」
「いい加減、機嫌直してくれよ」
一応、悪いとは思っているのだろう。これが祖父なりの謝り方なのだと考えたら、少し機嫌が良くなった。
「じゃあ、ちょっと時間も遅いし、さっさと行ってくるね」
「悪いな」
祖父は笑顔でお金を私に手渡した。
家からタバコ屋までは、歩いてだいたい15分のところにある。大した距離ではない。
「タバコください」
特に何の問題もなく、店に着く。私が声をかけると、店主のおじさんは間の抜けた顔でこちらを見てきた。
「あれ、ちいちゃん? 今日はもうお父さん来たよ?」
「いえ、今日はおじいちゃんのお使いです」
「草(そう)さん?いや、草さんも来たよ」
「え?」
予想外の返答に戸惑う私。
あんまり考えたくないけど、ひょっとして私またやられたのかな。
「もしかして、追加でほしくなったのかな。配給切符は?」
おじさんの言葉に、私の頭が真っ白になる。
「……ああ、もらってない!?」
「ありゃりゃ。じゃあ、どのみち売れないね」
そうなのだ、私としたことが。
タバコは配給切符がないと買えないのだ。いつもやっていることなのに、何で今日に限って忘れるのか。
「やばいな。草さん、ちょっとボケたかな?」
「まさか……」
言いかけて、私は固まった。ひょっとしてこの間の件も、何かの拍子で軍服さんが引っ越しの挨拶に来たと、本気で勘違いしたのかもしれない。
……いや、やっぱり考えすぎか……。
「まあ、悪いけど今回は無駄骨だね。そのお金、全部もらっちゃったら?」
店主は、私が買い物のお釣りを駄賃としてもらっている事を知っているので、それを踏まえて提案してきた。悪そうな笑顔を見せている。
私もつられて悪笑いをする。
「そうしようかな? この前、別のお使いに行ったから、それと合わせて……という事で」
「なるほど」
私とおじさんが一斉に笑い声を出したその時、不意に半鐘の音がけたたましく鳴り響いた。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
禁踏区
nami
ホラー
月隠村を取り囲む山には絶対に足を踏み入れてはいけない場所があるらしい。
そこには巨大な屋敷があり、そこに入ると決して生きて帰ることはできないという……
隠された道の先に聳える巨大な廃屋。
そこで様々な怪異に遭遇する凛達。
しかし、本当の恐怖は廃屋から脱出した後に待ち受けていた──
都市伝説と呪いの田舎ホラー
【連作ホラー】幻影回忌 ーTrilogy of GHOSTー
至堂文斗
ホラー
――其れは、人類の進化のため。
歴史の裏で暗躍する組織が、再び降霊術の物語を呼び覚ます。
魂魄の操作。悍ましき禁忌の実験は、崇高な目的の下に数多の犠牲を生み出し。
決して止まることなく、次なる生贄を求め続ける。
さあ、再び【魂魄】の物語を始めましょう。
たった一つの、望まれた終焉に向けて。
来場者の皆様、長らくお待たせいたしました。
これより幻影三部作、開幕いたします――。
【幻影綺館】
「ねえ、”まぼろしさん”って知ってる?」
鈴音町の外れに佇む、黒影館。そこに幽霊が出るという噂を聞きつけた鈴音学園ミステリ研究部の部長、安藤蘭は、メンバーを募り探検に向かおうと企画する。
その企画に巻き込まれる形で、彼女を含め七人が館に集まった。
疑いつつも、心のどこかで”まぼろしさん”の存在を願うメンバーに、悲劇は降りかからんとしていた――。
【幻影鏡界】
「――一角荘へ行ってみますか?」
黒影館で起きた凄惨な事件は、桜井令士や生き残った者たちに、大きな傷を残した。そしてレイジには、大切な目的も生まれた。
そんな事件より数週間後、束の間の平穏が終わりを告げる。鈴音学園の廊下にある掲示板に貼り出されていたポスター。
それは、かつてGHOSTによって悲劇がもたらされた因縁の地、鏡ヶ原への招待状だった。
【幻影回忌】
「私は、今度こそ創造主になってみせよう」
黒影館と鏡ヶ原、二つの場所で繰り広げられた凄惨な事件。
その黒幕である****は、恐ろしい計画を実行に移そうとしていた。
ゴーレム計画と名付けられたそれは、世界のルールをも蹂躙するものに相違なかった。
事件の生き残りである桜井令士と蒼木時雨は、***の父親に連れられ、***の過去を知らされる。
そして、悲劇の連鎖を断つために、最後の戦いに挑む決意を固めるのだった。
【連作ホラー】伍横町幻想 —Until the day we meet again—
至堂文斗
ホラー
――その幻想から、逃れられるか。
降霊術。それは死者を呼び出す禁忌の術式。
歴史を遡れば幾つも逸話はあれど、現実に死者を呼ぶことが出来たかは定かでない。
だがあるとき、長い実験の果てに、一人の男がその術式を生み出した。
降霊術は決して公に出ることはなかったものの、書物として世に残り続けた。
伍横町。そこは古くから気の流れが集まる場所と言われている小さな町。
そして、全ての始まりの町。
男が生み出した術式は、この町で幾つもの悲劇をもたらしていく。
運命を狂わされた者たちは、生と死の狭間で幾つもの涙を零す。
これは、四つの悲劇。
【魂】を巡る物語の始まりを飾る、四つの幻想曲――。
【霧夏邸幻想 ―Primal prayer-】
「――霧夏邸って知ってる?」
事故により最愛の娘を喪い、 降霊術に狂った男が住んでいた邸宅。
霊に会ってみたいと、邸内に忍び込んだ少年少女たちを待ち受けるものとは。
【三神院幻想 ―Dawn comes to the girl―】
「どうか、目を覚ましてはくれないだろうか」
眠りについたままの少女のために、 少年はただ祈り続ける。
その呼び声に呼応するかのように、 少女は記憶の世界に覚醒する。
【流刻園幻想 ―Omnia fert aetas―】
「……だから、違っていたんだ。沢山のことが」
七不思議の噂で有名な流刻園。夕暮れ時、教室には二人の少年少女がいた。
少年は、一通の便箋で呼び出され、少女と別れて屋上へと向かう。それが、悲劇の始まりであるとも知らずに。
【伍横町幻想 ―Until the day we meet again―】
「……ようやく、時が来た」
伍横町で降霊術の実験を繰り返してきた仮面の男。 最愛の女性のため、彼は最後の計画を始動する。
その計画を食い止めるべく、悲劇に巻き込まれた少年少女たちは苛酷な戦いに挑む。
伍横町の命運は、子どもたちの手に委ねられた。
――賽櫻神社へようこそ――
霜條
ホラー
賽櫻神社≪サイオウジンジャ≫へようこそ――。
参道へ入る前の場所に蝋燭があるので、そちらをどうかご持参下さい。
火はご用意がありますので、どうかご心配なく。
足元が悪いので、くれぐれも転ばぬようお気をつけて。
参拝するのは夜、暗い時間であればあるほどご利益があります。
あなた様が望む方はどのような人でしょうか。
どうか良縁に巡り合いますように。
『夜の神社に参拝すると運命の人と出会える』
そんな噂がネットのあちこちで広がった。
駆け出し配信者のタモツの提案で、イツキとケイジはその賽櫻神社へと車を出して行ってみる。
暗いだけでボロボロの神社にご利益なんてあるのだろうか。
半信半疑でいたが、その神社を後にすればケイジはある女性が何度も夢に現れることになる。
あの人は一体誰なのだろうか――。
冥恋アプリ
真霜ナオ
ホラー
大学一年生の樹(いつき)は、親友の幸司(こうじ)に誘われて「May恋(めいこい)」というマッチングアプリに登録させられた。
どうしても恋人を作りたい幸司の頼みで、友人紹介のポイントをゲットするためだった。
しかし、世間ではアプリ利用者の不審死が相次いでいる、というニュースが報道されている。
そんな中で、幸司と連絡が取れなくなってしまった樹は、彼の安否を確かめに自宅を訪れた。
そこで目にしたのは、明らかに異常な姿で亡くなっている幸司の姿だった。
アプリが関係していると踏んだ樹は、親友の死の真相を突き止めるために、事件についてを探り始める。
そんな中で、幼馴染みで想い人の柚梨(ゆずり)までもを、恐怖の渦中へと巻き込んでしまうこととなるのだった。
「第5回ホラー・ミステリー小説大賞」特別賞を受賞しました!
他サイト様にも投稿しています。
嘘つきミーナ
髙 文緒
ホラー
いつメン五人、いつもの夏休みのはずだった。
ミナの14才の夏休みはいつもの通り何もなく過ぎていくはずだった。
いつメンで涼しい場所を探して、猫のように街をぶらつき、公園でとりとめなく話す。今年もそうなるとミナは思っていた。しかしメンバーのうち二人は付き合いそうな雰囲気があり、一人は高校生の彼氏が出来そうだし、親友のあやのは家庭の事情がありそうで、少し距離を感じている。
ある日ミナがついた「見える」という嘘を契機に、ミナには見えていない霊を見たという生徒が増えて、五人は怪異に巻き込まれていく。
実話怪談集『境界』
烏目浩輔
ホラー
ショートショートor短編の実話怪談集です。アルファポリスとエブリスタで公開しています。
基本的に一話完結で、各話に繋がりもありません。一話目から順番に読んでもらっても構いませんし、気になった話だけ読んでもらっても構いません。
お好きな読み方でご自由にお読みくださいませ。
遅筆なので毎日の更新は無理だと思います。二、三日に一話を目指してがんばります。
というか、最近は一週間〜十日ほどあいたりすることもあります。すみません……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる