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肆 昭和十九年

お使い

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 数日後。

「ちい、少し頼まれてくれんか」

 この間と同じ感じで、祖父が声をかけてきた。

 私は彼をにらむ。

「なんじゃ、まだ怒っとるんか。少尉殿に謝ることが出来たんだ、良かったじゃないか」

「そういう問題ではありません」

 読みかけの森鴎外をその場に伏せて、祖父を見る。

「そう言うなって、ちい。少しタバコを買ってきてくれ」

「タバコ? いつも自分で買ってるでしょ?」

「つれないのう。お釣りは駄賃でやるから、な? 頼むよ」

「ええ?」

 それは、父がよく使う手だった。父は、お使いと称していつもお金を多めにくれる。おかげで私はお小遣いが増え、本を多く買える。

 私からすれば、本一冊も高級品だ。資金を得られる機会があるのなら、それに越したことはない。

「……しょうがないなあ」

「いい加減、機嫌直してくれよ」

 一応、悪いとは思っているのだろう。これが祖父なりの謝り方なのだと考えたら、少し機嫌が良くなった。

「じゃあ、ちょっと時間も遅いし、さっさと行ってくるね」

「悪いな」

 祖父は笑顔でお金を私に手渡した。

 家からタバコ屋までは、歩いてだいたい15分のところにある。大した距離ではない。

「タバコください」

 特に何の問題もなく、店に着く。私が声をかけると、店主のおじさんは間の抜けた顔でこちらを見てきた。

「あれ、ちいちゃん? 今日はもうお父さん来たよ?」

「いえ、今日はおじいちゃんのお使いです」

「草(そう)さん?いや、草さんも来たよ」

「え?」

 予想外の返答に戸惑う私。

 あんまり考えたくないけど、ひょっとして私またやられたのかな。

「もしかして、追加でほしくなったのかな。配給切符は?」

 おじさんの言葉に、私の頭が真っ白になる。

「……ああ、もらってない!?」

「ありゃりゃ。じゃあ、どのみち売れないね」

 そうなのだ、私としたことが。

 タバコは配給切符がないと買えないのだ。いつもやっていることなのに、何で今日に限って忘れるのか。

「やばいな。草さん、ちょっとボケたかな?」

「まさか……」

 言いかけて、私は固まった。ひょっとしてこの間の件も、何かの拍子で軍服さんが引っ越しの挨拶に来たと、本気で勘違いしたのかもしれない。

 ……いや、やっぱり考えすぎか……。

「まあ、悪いけど今回は無駄骨だね。そのお金、全部もらっちゃったら?」

 店主は、私が買い物のお釣りを駄賃としてもらっている事を知っているので、それを踏まえて提案してきた。悪そうな笑顔を見せている。

 私もつられて悪笑いをする。

「そうしようかな? この前、別のお使いに行ったから、それと合わせて……という事で」

「なるほど」

 私とおじさんが一斉に笑い声を出したその時、不意に半鐘の音がけたたましく鳴り響いた。
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