黄泉小径 -ヨモツコミチ-

小曽根 委論(おぞね いろん)

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肆 昭和十九年

きつね屋敷

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 いよいよ戦争が他人事ではなくなってきた、なんて言い方をしたら、少し大袈裟だろうか。

 私の家があるのは、正直かなりの田舎だ。都市部の方では、大人の男性に赤紙が送られてきたり、空襲に備えて色々と準備をしたりと、けっこうきな臭い状況になってきているらしいが、私の近所ではそういう話はあまり聞かなかった。

「疎開?」

 だから、下校中にその言葉を聞いたときも、何の事かすぐに理解出来なかった。

「え、姉ちゃんもしかして疎開知らないの?」

 四つ年下の弟が、小馬鹿にした口調で言う。こいつはいつも、どこか偉そうで本当に気にくわない。

「そんなわけ、ない、でしょ」

 私は返事をしがてら、弟の耳たぶを強くつまんだ。

「痛え、痛え! もう、姉ちゃんすぐにソレなんだから!」

「またお父さんに告げ口するの、誠?」

「うるさい!」

 弟の誠は完全にかんしゃくを起こして、走って行ってしまった。

「ちいちゃん、またケンカ?」

 私たちのやり取りを隣で見ていた友人の里子が、うんざり顔で言う。

「だって、わざわざ迎えに来てやってるのに、あんな言い草ないでしょう?」

 そう。実を言うと、私自身はすでに学校に通っていない。今年の3月に国民学校の初等科を卒業してからは、家事や畑の手伝いをしながら過ごしている。

 ちなみにこの時間は 、誠のお迎えが日課である。まあ実際は、高等科に進学した里子とおしゃべりしたいがための口実なのだが。

 したがって、この日も誠を追いかけたりは全くせず、里子とゆっくり家路についていた。

「でもさ、里子」

「ん?」

「疎開って事は、知らない都会の子たちがこの辺に住むって事でしょ?」

「そうだね」

「こんな何もないところへいっぱい人が来られても、住む場所ないよね」

「きつね屋敷とかあるじゃない」

「ちょっとやめてよ」

「それか、黄泉小径の竹藪を切り倒して何か建てるとかさ」

「馬鹿。もっと駄目でしょ、それ」

 うちの村には、いわくつきな場所が多い。きつね屋敷というは、うかつに中に入ると狐にとり憑かれてしまうと言われている廃屋の事で、一方の黄泉小径とは、死後の世界とつながっているとされる竹藪の中の細道の事だ。

「でもさ、黄泉小径はいいとして、きつね屋敷は一応、家なわけでしょ?」

「んー、まあねえ」

「実際あそこ結構大きいし、せっかくあるんだから使わなきゃもったいない、とか言い出しそうじゃない?」

「私だったら住みたくないけどな、そんな嫌な噂がある家なんて」

 里子に言われてそう返すにとどめたが、確かに彼女の言うとおりになる可能性もある。

 私は直接知らないが、兵隊さんの中には融通がきかない人も多いと聞く。

 実際には、疎開はまだ検討段階という事だが、いざ決まってしまえば多分きつね屋敷は宿泊所候補になるはずだ。

 まだ先の話とはいえ、私は不安を感じていた。
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