20 / 83
参 昭和四十二年
無邪気
しおりを挟む
「弘一君は、良い子ですね」
薄暗い竹藪の中を歩きながら、少女は言った。
「みんなの言う通りおりこうさんにしてたら、父ちゃんも母ちゃんも怒らなくなったって、喜んでましたよ」
最近、奴の振る舞いが変わったのは、こいつらが関係していたのか。
というか、みんなって、誰だ?
「ここにいるのは、お前ひとりではないのか?」
「来れば分かります」
竹藪の中は一本道だった。凧糸は必要なかったか、と思っていたら、しばらくして直進か左折かで道が分かれているところに来た。
女は左に曲がる。俺は凧糸を垂らしながら後へ続いた。
「さあ、こちらです。弘一君、お父さんだよ」
「あ、父ちゃん!」
弘一の弾むような声が耳に届く。
家族総出で心配しているのに、呑気なものだ。俺は凧糸を足元に置いて弘一の方へ近づいていき、
そして、凍りついた。
弘一のまわりに累々と置かれた、死体、死体、死体。
その真ん中で、弘一は無邪気に笑っていたのだ。
死体は、最近のものから、ミイラ化、白骨化したものまで様々だった。あまりの光景に、俺は言葉を失った。
「え? なあに?」
何も出来ない俺を尻目に、弘一がミイラ化している死体のひとつに声をかけた。
「うん。これがウチの父ちゃん。たまに怒るとこわいけど、いつもはすごく優しいんだよ」
あっけらかんとそう言って、また笑う。
……なんだよ、これ……。
「お父さん……」
女は、後ろから俺に向かって言った。
「弘一君は、ここにずっといたいそうです。良ければ、お父さんも一緒にどうですか?」
俺は、女を振り返った。
間違っていた。
この女、本物の『おゆいさま』だ……。
「……返してください……」
自分でも情けないと思えるような、か細い声が出た。
「息子を返してください……あれは、大事な一人息子なんです……」
俺の哀願を聞いた女は、最初は無表情だったが、いきなり禍々しく嗤いだした。
「勘違いしているようですが」
両目と口を吊り上げながら、おゆいさまは言った。
「あの子はすでに私たちのものです。あなたに権限があるのは、あなたがこれからどうするか……その一点のみです」
断言された。
弘一は、すでに黄泉の住人になってしまったのだ。
もう、連れては帰れない。
「父ちゃん、どうしたの?こっちでみんなと一緒に遊ぼうよ」
何もわかっていない様子の弘一が、ただただ辛い。
俺は、今にも崩れ落ちそうになるのをこらえながら、息子に言った。
「弘一、また来るぞ」
「ええ、帰っちゃうの?」
「そう言うな」
たまらずに弘一から視線を外して、俺は踵を返した。
「お帰りですか」
おゆいさまとも視線を合わせず、俺は逃げるようにしてその場を後にした。
*
凧糸に従い、俺はT字路を左に曲がる。
足取りは、鉛のように重かった。
家族に、なんて言えばいいんだろう。
妻に、親父に、おふくろに。
(……)
俺の気持ちを示すかのように、竹藪の闇は進むほど暗かった。
薄暗い竹藪の中を歩きながら、少女は言った。
「みんなの言う通りおりこうさんにしてたら、父ちゃんも母ちゃんも怒らなくなったって、喜んでましたよ」
最近、奴の振る舞いが変わったのは、こいつらが関係していたのか。
というか、みんなって、誰だ?
「ここにいるのは、お前ひとりではないのか?」
「来れば分かります」
竹藪の中は一本道だった。凧糸は必要なかったか、と思っていたら、しばらくして直進か左折かで道が分かれているところに来た。
女は左に曲がる。俺は凧糸を垂らしながら後へ続いた。
「さあ、こちらです。弘一君、お父さんだよ」
「あ、父ちゃん!」
弘一の弾むような声が耳に届く。
家族総出で心配しているのに、呑気なものだ。俺は凧糸を足元に置いて弘一の方へ近づいていき、
そして、凍りついた。
弘一のまわりに累々と置かれた、死体、死体、死体。
その真ん中で、弘一は無邪気に笑っていたのだ。
死体は、最近のものから、ミイラ化、白骨化したものまで様々だった。あまりの光景に、俺は言葉を失った。
「え? なあに?」
何も出来ない俺を尻目に、弘一がミイラ化している死体のひとつに声をかけた。
「うん。これがウチの父ちゃん。たまに怒るとこわいけど、いつもはすごく優しいんだよ」
あっけらかんとそう言って、また笑う。
……なんだよ、これ……。
「お父さん……」
女は、後ろから俺に向かって言った。
「弘一君は、ここにずっといたいそうです。良ければ、お父さんも一緒にどうですか?」
俺は、女を振り返った。
間違っていた。
この女、本物の『おゆいさま』だ……。
「……返してください……」
自分でも情けないと思えるような、か細い声が出た。
「息子を返してください……あれは、大事な一人息子なんです……」
俺の哀願を聞いた女は、最初は無表情だったが、いきなり禍々しく嗤いだした。
「勘違いしているようですが」
両目と口を吊り上げながら、おゆいさまは言った。
「あの子はすでに私たちのものです。あなたに権限があるのは、あなたがこれからどうするか……その一点のみです」
断言された。
弘一は、すでに黄泉の住人になってしまったのだ。
もう、連れては帰れない。
「父ちゃん、どうしたの?こっちでみんなと一緒に遊ぼうよ」
何もわかっていない様子の弘一が、ただただ辛い。
俺は、今にも崩れ落ちそうになるのをこらえながら、息子に言った。
「弘一、また来るぞ」
「ええ、帰っちゃうの?」
「そう言うな」
たまらずに弘一から視線を外して、俺は踵を返した。
「お帰りですか」
おゆいさまとも視線を合わせず、俺は逃げるようにしてその場を後にした。
*
凧糸に従い、俺はT字路を左に曲がる。
足取りは、鉛のように重かった。
家族に、なんて言えばいいんだろう。
妻に、親父に、おふくろに。
(……)
俺の気持ちを示すかのように、竹藪の闇は進むほど暗かった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
【完結済】ダークサイドストーリー〜4つの物語〜
野花マリオ
ホラー
この4つの物語は4つの連なる視点があるホラーストーリーです。
内容は不条理モノですがオムニバス形式でありどの物語から読んでも大丈夫です。この物語が読むと読者が取り憑かれて繰り返し読んでいる恐怖を導かれるように……
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する
黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。
だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。
どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど??
ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に──
家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。
何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。
しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。
友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。
ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。
表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、
©2020黄札
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド
まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。
事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。
一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。
その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。
そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。
ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。
そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。
第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。
表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる