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参 昭和四十二年

無邪気

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「弘一君は、良い子ですね」

 薄暗い竹藪の中を歩きながら、少女は言った。

「みんなの言う通りおりこうさんにしてたら、父ちゃんも母ちゃんも怒らなくなったって、喜んでましたよ」

 最近、奴の振る舞いが変わったのは、こいつらが関係していたのか。

 というか、みんなって、誰だ?

「ここにいるのは、お前ひとりではないのか?」

「来れば分かります」

 竹藪の中は一本道だった。凧糸は必要なかったか、と思っていたら、しばらくして直進か左折かで道が分かれているところに来た。

 女は左に曲がる。俺は凧糸を垂らしながら後へ続いた。

「さあ、こちらです。弘一君、お父さんだよ」

「あ、父ちゃん!」

 弘一の弾むような声が耳に届く。

 家族総出で心配しているのに、呑気なものだ。俺は凧糸を足元に置いて弘一の方へ近づいていき、

 そして、凍りついた。

 弘一のまわりに累々と置かれた、死体、死体、死体。

 その真ん中で、弘一は無邪気に笑っていたのだ。

 死体は、最近のものから、ミイラ化、白骨化したものまで様々だった。あまりの光景に、俺は言葉を失った。

「え? なあに?」

 何も出来ない俺を尻目に、弘一がミイラ化している死体のひとつに声をかけた。

「うん。これがウチの父ちゃん。たまに怒るとこわいけど、いつもはすごく優しいんだよ」

 あっけらかんとそう言って、また笑う。

 ……なんだよ、これ……。

「お父さん……」

 女は、後ろから俺に向かって言った。

「弘一君は、ここにずっといたいそうです。良ければ、お父さんも一緒にどうですか?」

 俺は、女を振り返った。



 間違っていた。
 この女、本物の『おゆいさま』だ……。



「……返してください……」

 自分でも情けないと思えるような、か細い声が出た。

「息子を返してください……あれは、大事な一人息子なんです……」

 俺の哀願を聞いた女は、最初は無表情だったが、いきなり禍々しく嗤いだした。

「勘違いしているようですが」

 両目と口を吊り上げながら、おゆいさまは言った。

「あの子はすでに私たちのものです。あなたに権限があるのは、あなたがこれからどうするか……その一点のみです」

 断言された。

 弘一は、すでに黄泉の住人になってしまったのだ。

 もう、連れては帰れない。

「父ちゃん、どうしたの?こっちでみんなと一緒に遊ぼうよ」

 何もわかっていない様子の弘一が、ただただ辛い。

 俺は、今にも崩れ落ちそうになるのをこらえながら、息子に言った。

「弘一、また来るぞ」

「ええ、帰っちゃうの?」

「そう言うな」

 たまらずに弘一から視線を外して、俺は踵を返した。

「お帰りですか」

 おゆいさまとも視線を合わせず、俺は逃げるようにしてその場を後にした。

 
      *


 凧糸に従い、俺はT字路を左に曲がる。

 足取りは、鉛のように重かった。

 家族に、なんて言えばいいんだろう。

 妻に、親父に、おふくろに。

(……)

 俺の気持ちを示すかのように、竹藪の闇は進むほど暗かった。
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