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壱 平成二十六年

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「!?」

 何か言う暇も無かった。長いものはもがく翔太を持ち上げて2メートルほどの高さまで伸びると、弄ぶかのようにブラブラと揺らし始めた。

 それが恐ろしく長い腕であることに気づくには、しばらくの時間が要った。だって、あんなところから腕が出るわけがないし、万一出せたとしてもこんな滅茶苦茶な長さの腕なんかある訳がない。その手は翔太の首を締め上げたまま、揺らし方を見る見る激しくしていった。彼の体が竹に何度もぶつかる。

 翔太は何か叫んでいた。が、首をしっかり握り締められているうえに、無茶苦茶な振り回し方をされているので、全く聞き取れない。

「かわいそうな人。よっぽどひどい殺され方をしたのね」

 無感情におゆいさまは言う。この人は、この光景を見て事情を理解出来るのだろうか。

「……」

 ほどなく、長い手はゆっくりと翔太を降ろした。そして、全く動かなくなった翔太を尻目に、手は闇に溶け込んで見えなくなった。

 おゆいさまは、翔太の方へ一瞥をくれると、そのまま私の方へ近寄ってきた。

「……え?」

 黄泉の世界の案内人が、しっかりと目を合わせてくる。私は恐怖のあまり、逆に視線を逸らせないでいた。翔太が死んだのか気絶しただけなのか、気にする余裕もない。

「……あなた……」

 少しして、おゆいさまはにんまりと笑った。中学生らしいさわやかさなんか微塵も感じない、禍々しい笑顔だ。

「……今日は、良い日……」

 ささやくような小さな声。独り言なのだろうか?正確に聞き取れた自信がない。
 だが、

「……ようこそ。待ってたよ……」

「え?」

 次に聞こえたおゆいさまの言葉に、私は耳を疑った。言い伝えで聞いてきた『おゆいさま』が、『私』を待っていたとは、どういう事なのか。

「何それ、どういう事……?」

 私が聞き返しても、おゆいさまは答えない。ただただ不気味な笑い顔のまま、こちらを見ている。

 戸惑っていると、さらにおゆいさまはこちらの息づかいが伝わりそうな距離まで詰め寄ってきた。

 正直、臭う。

 至近距離で食い入るように私を見詰めるおゆいさま。何をされるか気が気じゃない私に向かって、彼女の口がさらに何か言おうとした、その時。

「誰だ! そこで何をしている!」

 唐突に怒鳴り声がした。実家の近所に住んでいるおじさんの声だ。

 いきなりの事態に、おゆいさまの顔が憎悪に歪んだ。その姿はみるみる透明になっていく。

「貴様……」

 そう言ったかと思うと、彼女は右手で咄嗟に私の下っ腹を引っ掻く素振りをした。そして、それが当たったか当たらないかのタイミングで、おゆいさまの姿は完全に消えた。

「おい! お前美咲ちゃんじゃねえか! どうした! こんなところで、何してたんだ!?」

 代わりに現れたのは、声の主のおじさんだった。懐中電灯でこちらを照らしながら近寄ってくる。

 緊張感が切れた。私は状況の説明が一切できないまま、その場で泣き崩れてしまった。

「おい! どうした美咲ちゃん!? おい! おい!?」

 優しいおじさんは、肩を抱いて心配そうに私の顔を覗き込む。私は何も言い返せず、ただひたすら泣きじゃくった。


 ニワトリの泣き声が聞こえる。
 恐ろしい夜は、終わったのだ。
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