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Chapter 9 大幻獣、まさかのアレで。

scene 33

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 だだっ広い空間の中、眠れるイフリットの姿は思った以上に激しいものだったのだ。

 おそろしく巨大な火柱が、洞窟の天井まで伸びている。そのちょうど真ん中辺りに、女性型の巨大な幻獣が立ったまま目を瞑っていた。幻獣は何かを身にまとっているように見えなかったが、激しい炎に視界を遮られ、その全貌を拝むことはかなわなかった。

 幻獣の顔ほどの高さに、白骨化した遺体が浮いている。それは何体もいて火柱を囲むように浮いており、ゆっくりと回っていた。

「……大幻獣を眠りにつかせた、11人の魔法使いの、なれの果てさ。彼らは死んだ後も自分たちの体と魂を引き換えにして、イフリットが目覚めないように見張っている」

 副島の説明を、大介は火柱を眺めながら聞いた。

「なかなか壮観だろう。見入ってしまう気持ちも分かる……が、俺の話はここからが本番だ」

 副島の言葉に、大介の視線がそちらへ動く。

 あまり気持ちのよくない歪んだ笑顔には、どこか無理をしているような不自然さがあった。大介はかすかな違和感を口に出さず、目の前の男の次の言葉を待った。

「大幻獣を覚醒させるために俺たちがすることはなにか? ……わざわざお前を呼んだ理由はここにある。心して聞けよ」

 副島は火柱の下、地面と接している部分を指さした。見えにくいが、どうやら巨大な魔法陣が描かれているようだ。

「……?」

 よく見ると、その大きな魔法陣の手前に、小さな丸があった。こちらは何の装飾もない、無愛想なただの丸だ。

「あれは、俺が描いた円だ。ああ見えて大変だったんだぜ? 正確に配合した絵の具を使って、正確に円を描き切らないといけないんだ。少しでも手元が狂ったらやり直しさ。苦労したよ、ホント」

「……」

「ねぎらいの言葉なしか……まあ、いいさ。それで、あれが一体何だ、ていう話なんだが……今から、俺があそこの円を使って、幻獣を一体召喚させる」

「え……?」

「なんだ、その顔は。お前がこっちで幻獣を自在に使えるように、俺もそこそこ色々出来るんだよ。……それで、お前にその幻獣を倒してもらいたいんだ」

 話にいまいちついていけない。大幻獣を目の前にして、通常の幻獣バトルをしろ……というのか?

「大幻獣は一体に見えるが、実は複数の幻獣が合体して構成されている。その中でも俺が召喚しようとしている幻獣は、大幻獣の理性と睡眠を司るものだ。今イフリットは、魔法使いどもの術と大幻獣本人の意思によって、深い眠りについている。それを強制的に起こすために……幻獣を、倒してほしい」

「……」

「覚醒さえしてしまえば、大幻獣から広美の意識を探し出すことも、ゴーチェの爺さんにコレを引き渡すことも出来る。が……依り代がここまでしっかり眠ったままだと、せっかく入り込んだ霊に接触するのも難しくてな。頼むよ、秦名」

「……」

 あくまで気乗りしない大介。
 それを見て、副島の表情が曇る。

「ダメか? ……どうせなら、ちゃんと納得してこの仕事をしてほしいんだが」

「……」

「せめて意思表示くらいちゃんとしたらどうだ? まあ、言ったところでお前に拒否権なんて、本当は無いがな」

「……」

 だんまりを決め込む大介に、副島は大きくため息をついた。

「仕方ない……おい、いいぞ。出てこい」

 副島は不意に、大介の後ろに声をかけた。
 さすがに気になり振り返ると、見慣れた中年男が曲がり角から姿を現した。

 ユーグだ。
 トーガ姿の男は、黙って剣をこちらに向ける。

「……」

「お前は知らんだろうが、そいつは凄腕の剣士だ。これを突破してここから逃げれるとは……思わん方がいいぞ?」

 ユーグは姿勢を崩さず、無感情な顔でこちらを見ていた。

のはずのコイツがわざわざ南門に来たんで、違和感はあったが……そういう事か)

 仕方がない。大介は己にそう言い聞かせた。
 そもそも、ノーと言える相手ではないのだ。

「……分かりました。善処します」

「善処な……やる気のない政治家みたいな返事しやがって」

「……」

「まあいい。じゃ、幻獣を召喚するぜ?」

 副島の言葉に、ユーグが剣を下す。しかし鞘にしまいはせず、むき出しのまま直立で待機している。

(あくまで、俺が逃げないように備えてるってか? ……あんたもご苦労だな)

 尻目に確認する大介。しかし、すぐに副島へ向き直る。

 小さな円の前に立ち、聞きなれない言語を口にする。低い声が一帯に響く。

(……)

 どれほどの時間がかかるのかと思いきや、案外あっさりと異変は起こった。

 小さな円がほのかに赤く光り出した次の瞬間、円いっぱいに火柱が立ち上がった。爆発音に似たけたたましい音が鳴り響く。

 驚き、肩をビクつかせる大介。副島は一切無表情だ。

 だが、火柱はすぐに姿を消した。後に残ったのは、女性を形どった赤い幻獣だった。

 イフリットだ。

 大幻獣そのままの姿をしているイフリット。衣服の代わりに炎をまとっているが、その肢体を大きく隠してはいなかった。

「……成功だな。ホッとしたよ。じゃ、頼むぜ秦名」

 こともなさげに副島が言う。小さなイフリットは無表情そのもので、ピクリとも動かない。使役する者がいないので、動こうにも動けないのか?

(まあ……いいや。抵抗しないなら、楽な仕事だ。トレモみたいなもんだと思って、とっとと終わらそう)

 大介はピストを展開し、自分のサラモンドと目の前のイフリットをその中に入れた。

「さてと……秦名のお手並み拝見、と行くか」

 傍らでは、妙にリラックスした雰囲気で副島がこちらを見守っている。それを尻目に、大介はサラモンドを一歩前進させる。それが呼び水となったのか、イフリットもこちらへ向かって歩き出した。一歩、二歩、三歩……。

(ちぇ。結局やる気になっちまったか)

 大介は内心困っていた。幻獣には大きく分けて炎・水・風・土・光・闇の6属性があり、これに男性型と女性型の分類が加わることで、計12種類に分けられるのだが、この炎属性の女性型、イフリットは極めて珍しい幻獣で、クレールも存在以外をほとんど知らないと言っていたほどなのだ。

 つまり、大介はイフリットのことをまったく知らない。幻獣戦が格ゲーに似た性質をしている以上、どこかで見たような動きをする可能性は高いが、今予断を持つのは賢明に思えなかった。
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