上 下
34 / 43
Chapter 8 枢機卿と、……俺で?

scene 31

しおりを挟む
 腕組みをしてニヤニヤする副島。さきほどまでの仕草が嘘のように、その態度はふてぶてしいものになった。完全に、大介が知る副島だ。

「お前が大活躍していると聞いて、俺は耳を疑ったよ。まあ、そりゃそうだよな。お前が俺の部下だったのは、もう20年も昔の話だ。もし今でも当時ままだとしたら、お前に生きる意味なんてまるでねぇからな」

 容赦のない言い草。副島は、己が無能と判断した人物を徹底的にこき下ろす。

「……たまたまです」

「運も実力のうちさ。せっかく俺が褒めてるんだ。もっと喜べよ」

「……」

「なんだよ、黙りこくって。性格の暗さは相変わらずか? ん?」

「いや、その……すみません」

「別にいいさ。お前にとっては、今が人生の春なんだろう? 女ふたりはべらせて、いい御身分じゃないか」

「あ……別に、そういうわけでは……」

「どっちがお前のタイプなんだ? どうせ今も独り身なんだろ? 神の使者、とかいう都合のいい肩書もあることだし、その気になりゃいつでも自分のものに出来るだろ? 違うか?」

「……」

「それとも、ふたりと関係を持ちたいとでも思ってるのか? 正直、それはおすすめしないが」

 話が勝手に進む。はっきり否定も出来ず、大介はその場に固まる。それを見て、副島は軽くため息をついた。

「やっぱり、相変わらずなんだな。もう少しちゃんとした大人になってると思ったのに、残念だ」

「……すみません」

 気の抜けた返事だと思いつつ、大介にはそれが精いっぱいだった。副島はそれへ、肩をすくめるだけで応えとし、奥へ進む。封印の間、という名前でありながら、そこは天井の高い洞窟のようになっていて、まだまだ奥に道が続いていた。

「この先のことについて、どれくらい説明を受けている?」

 足を動かしながら、副島が尋ねてきた。

「え? ……いえ、とくには何も……」

「事前に質問くらいしておけよ、そういうとこだぞ」

 そんな時間があっただろうか……という疑問は、この男の前では無力だ。少なくとも、大介はそのように調教されている。もっとも、それが錯覚である可能性は高いのだが。

 ため息と同時に、副島は言う。

「仕方ない。いちから説明するぞ。ここは封印の間。雌型の炎の幻獣、イフリットを閉じ込めている部屋だ」

 副島によると、ここは大幻獣イフリットにより、炎の力が異常に発達した場所であるという。本来、幻獣は一日に一回、一体しか召喚できないはずなのだが、ここでは炎の幻獣に限り何体も出現させることができるという。

「ここではイフリットが活性化すると、サラモンドが自然発生する。これを押さえ込もうとすると、こちらもサラモンドで対処するしかなくなるんだ。さっき、マリーが言ってたのは、これさ」

 他にも、ウイドキア全体で起こる異変として、サラモンドの強化や召喚に伴うリスクの軽減があるという。召喚したサラモンドが敗北をした時も、脳や精神へのダメージは少なく、何ならそのまま次のサラモンドを召喚することさえできるらしいのだ。

「……ま、この辺は蛇足か。今俺が言いたいのは、せっかくマリーが倒してくれたサラモンドが、再び出現する前に仕事を済ませよう、ということだ。急ぐぞ」

「はい」

 洞窟を進むふたり。体感温度は、少しずつ高くなっていく。

「……秦名。なにか面白い話はあるか?」

 不意に、無茶振りのような要望が副島から飛んできた。

「え? ……いや、そういうのは……」

「だろうな。じゃあ、俺の話でも聞いてくれ。この先は、まだ少し歩く」

「あ……ハイ」

 いきなり、何だろうか……と思っていると、副島はおもむろに切り出した。

「広美の話は、お前にしたことがあったか?」

 それは、大介が副島と共に働いていた当時、副島が付き合っていた女性の名前だった。詳細は知らないが、名前は何度か聞いたことがある。

 副島が振り向いたので、大介はハイと返事をして頷く。それを確認して、彼は刹那的に止めた足をまた動かし出した。

「あれな……死んだよ。お前が会社辞めた、その年の年末にな」

「え?」

 まさか、そんな話をされるとは思わなかった。大介は図らずも声を出してしまう。

「お前みたいなやつでも、驚いてくれるんだな。そう……広美は死んだんだ。飲酒運転のクソ野郎に轢かれてさ……あいつは何も悪くない。店の外で俺の支払いを待っている間に、いきなり歩道を乗り上げて突っ込んで来たんだ。避けれるはずがない」

「……」

「広美はいい女だったが、いくらなんでも死に様が酷すぎた。ご両親は丁寧に娘を弔っていたが、俺は本当に彼女が成仏出来ているのか、知りたくて仕方がなかった」

「……」

「……信じられん、だろうな。お前がいた頃の俺は常々、神や幽霊の存在を否定していたからな。だが、広美がああなって、俺は変わったよ。名のある僧侶や霊能力者を片っ端から当たって、広美が今どこにいるか尋ねまくった」

 大介は話の成り行きに、ただ驚きをもって受け止める。歩幅が狭まったのか、ふたりの距離は少し開いていた。

 先導する副島はそれに気づくはずもなく、ただ話を続ける。

「しかし、結果は散々だったよ。聞くヤツ聞くヤツ、言うことがバラバラだったんだ。どれを信じたらいいものか……いや、そんなもんじゃない。結局、あいつら何にも分かってなかったんだ! だってそうだろう? 分かってたら、そこで意見がバラつくなんて、ありえないのだから!」

「……」

「……気休めでもいいから、何か言えよ。だから、そういうトコだぞ?」

 副島はそう言うが、衝撃的な内容に、大介は言葉を発せられなかった。

「……まあ、いいや。とにかく、そんなわけで霊能力者どももアテにならなかったんだ。でも、じゃあ誰に訊いたら真相を教えてくれるんだ? 雲をつかむような展開に、俺は絶望したよ。だが……」

「……」

「天は俺を見捨てなかったよ。あるひとりの親切な老人が、俺を導いてくれた……」


「え、まって 待ってください!」


 それは、ほとんど無意識だった。大介は声を張り上げ、副島の語りをさえぎる。

 かつての上司が立ち止まり、ゆっくり振り返る。優秀なビジネスマンでも、恋を失った傷心の男でもないソレが、醜く口元を歪めた。

「察しは随分と良くなったようだな……そうとも。そのご老人こそ……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

屋台飯! いらない子認定されたので、旅に出たいと思います。

彩世幻夜
ファンタジー
母が死にました。 父が連れてきた継母と異母弟に家を追い出されました。 わー、凄いテンプレ展開ですね! ふふふ、私はこの時を待っていた! いざ行かん、正義の旅へ! え? 魔王? 知りませんよ、私は勇者でも聖女でも賢者でもありませんから。 でも……美味しいは正義、ですよね? 2021/02/19 第一部完結 2021/02/21 第二部連載開始 2021/05/05 第二部完結

わがまま姉のせいで8歳で大聖女になってしまいました

ぺきぺき
ファンタジー
ルロワ公爵家の三女として生まれたクリスローズは聖女の素質を持ち、6歳で教会で聖女の修行を始めた。幼いながらも修行に励み、周りに応援されながら頑張っていたある日突然、大聖女をしていた10歳上の姉が『妊娠したから大聖女をやめて結婚するわ』と宣言した。 大聖女資格があったのは、その時まだ8歳だったクリスローズだけで…。 ー--- 全5章、最終話まで執筆済み。 第1章 6歳の聖女 第2章 8歳の大聖女 第3章 12歳の公爵令嬢 第4章 15歳の辺境聖女 第5章 17歳の愛し子 権力のあるわがまま女に振り回されながらも健気にがんばる女の子の話を書いた…はず。 おまけの後日談投稿します(6/26)。 番外編投稿します(12/30-1/1)。 作者の別作品『人たらしヒロインは無自覚で魔法学園を改革しています』の隣の国の昔のお話です。

処理中です...