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Chapter 5 まあ今回は、お手並み拝見で。

scene 18

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「ヴニール・ピスト!」

 クレールのかけ声と共に例の結界が現れ、二体の幻獣がそこに入る。クレール操る水の幻獣、オンディーヌはピストの左端に、ドニの操る岩の幻獣は右端にそれぞれ陣取っている。

「あいつが召喚した幻獣はグノム。雄型の大地を司る幻獣だ」

 クレールが説明をする。

「パワーがあるので侮れないが、決して勝てぬ相手ではない。まあ見ていてくれ」

 一瞬だけこちらを振り返って笑う。普段真面目にしているだけに、彼女の笑顔は一層魅力的に見えた。

「よそ見してて、いいんでやんすかー!」

 そこへ、ドニのヒステリックな怒声が飛んできた。舐められた、とでも思ったのかもしれないが、声色といい口調といい、おおよそ恐怖や威圧を感じさせるものではなかった。

 ドニは使役盤を素早く触る。幻獣グノムは体を丸めると、その姿勢のまま水平にカッ飛んできた。

「!」

 そのスピードに、クレールはガードを選択させるのが精一杯だった。グノムは小さく跳ね返り、離れたところに着地する。

(あー……コイツ、このタイプか。ちょっと面倒くさそうだな)

 大介が内心ぼやく。が、当のクレールは冷静そのもので、脚をぬるりと伸ばしてローキックをグノムの着地際に当てていた。

 クレールの単術(通常技)には、腕や脚を伸ばして攻撃するものが存在する。指令円もといレバーを前に倒しながら、効果円もといボタンを押す、という操作で行える攻撃だ。

(跳ね返りのスキが小さくて、あれしか当てられないのか……まだ試合も序盤だからハッキリとは言えんが、こりゃ存外にオンディーヌで相手するのは大変かもしれんぞ)

 ダメージを与えるチャンスそのものはオンディーヌの方が多いだろうが、火力には大きな差がありそうな印象だ。闇雲に突っかかってくるグノムに対し、オンディーヌがそれをさばききれるかどうかにかかってくるのではないか……? 過去の格ゲーの経験則を踏まえて、大介はそう分析した。

 お互いピストの端と端にいたのに、一瞬でオンディーヌが追い詰められたような図式になった。体力は共に98%。確定で反撃を入れたにも関わらず、削りダメージでトントンになってしまっている。

「ヒヒヒ。性懲りもなくまたこんな壁と門を造ったところで、あっしたちからは逃れられないでやんすよー!」

 使う言葉は三下どころではないドニであったが、その攻撃はよどみなかった。彼はグノムにもう一度体を丸めさせると、今度はぐるぐると回りながら放物線状に飛んでいって、上からオンディーヌへ襲いかかる。

「……あまり……」

 クレールはぼそりと言いながら、レバーを素早く二回下に倒して水のボタンを押した。

 オンディーヌは屈み、地面に両手を置く。すかさずそこから水柱が立ち、飛んできたグノムを対空迎撃する。

「……私たちを、侮るなよ」

 見事な反撃に、大介はヒュー、と口笛を吹いた。今のは決して余裕で対空出来る攻撃ではなかったはずだ。

(反応がいいな……それに、レバー操作への順応も早い)

「ぐああ! 何でやんすか、その反応! おかしいでやんすよ!」

「神の使者様がもたらした、新しい使役盤の形状と操作方法だ。悪いが、今までの常識は通じんよ」

 わめくドニへ、勝ち誇るようにクレールが言った。小柄なこの魔族にとってはかなり想定外の事態らしく、元々赤黒い醜い顔を、さらに赤くして歪めている。

「……」

 一方で、そんなドニの後ろにいるイジドールは、ずっと腕を組んだまま成り行きを見守っている。手下とおぼしきドニがぎゃあぎゃあ言っても、眉一つ動かさない。

(仮にも上長……てところか? 第一印象のまま侮っていい相手ではないかもしれんな、ひょっとしたら)

 イジドール様子を見て、大介は彼への印象を改める。
 と、

「!?」

 唐突に、後ろから視線を感じた。慌てて振り返るも、誰もいない。アデラがひたすら祈りを捧げているのみである。

(気のせい……か?)

 釈然としないが、誰もいない以上気にしても仕方がない。大介は自分にそう言い聞かせ、クレールの戦いに視線を戻す。

 クレールの操るオンディーヌは、小さな方の水のボールを上手に撃ちながら、少しずつグノムを押し返していた。ボールを頻繁に使うことによって、まっすぐ飛んでくる突進攻撃を防いでいる他、グノムの前方へのジャンプを上手に誘い、水柱で打ち落としている。

「すげえな、クレール。まるで、昔からそういう戦い方をしていたみたいだぜ」

「お前の真似をしてるだけだ。すごいのはお前だよ、神の使者殿」

 クレールはそう返すが、飛び道具全体の隙は、オンディーヌのそれの方が大きい。つまり、サラモンドと同じ要領でオンディーヌを扱うのは、より難易度があがるはずなのだ。

(天才かよ……)

 しかし、有利に戦いが進んでいるにも関わらず、クレールの顔色は浮かぬものであった。その憂いは、試合が進むにつれて濃くなっていく。

「……?」

 最初は事態が飲み込めなかった大介だったが、程なく理解した。
 クレールが頻繁に水のボールや水柱を使っているのに対し、ドニはひたすらガードを固めるのみである。グノムの体力は必殺技よろしくズンズン削られているが、オンディーヌはオンディーヌで神通力の減少が目立つようになってきたのだ。

(……と、こいつは俺としたことが見落としだったな)

 オンディーヌの体力は82%で神通力は71%。グノムは体力が65%で神通力は100%に戻っていた。

 サラモンドの飛び道具フランバルは、神通力の消費が1%。対するオンディーヌの飛び道具エクラボシオは消費が2%であった。同じ戦い方をしていたら、オンディーヌの方が神通力の消耗が大きいのは、自明の理である。

(もうしばらくはそのまま行けるが……どうする?)

 大介はまだ、グノムの攻撃力をちゃんと見ていない。一度二度、クレールが対空をミスして跳び蹴りの先端がヒットしたのを見たのみだ。敵の幻獣がパワータイプと聞いている以上、あっという間に戦局がひっくり返るリスクはあると思って間違いないはずだ。

(神通力が50%を切ったら、大技が使えなくなるぜ……どうする気だ、クレール?)

 大介は心の中だけでクレールに問いかける。返事が来るはずもない彼女の表情は、固いものだった。
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