上 下
11 / 43
Chapter 3 初っ端なのに、ヤバい相手で。

scene 10

しおりを挟む
 大介はぼんやりと……本当に、ただぼんやりとピストの中を眺めていた。
 立ち上がったまま、何もしないサラモンド。ガードさえしないその姿勢は明らかに戦意を喪失していた。あとは敵の攻撃を受けて、ただ勝負が終わるのを見届けるのみである……はず、だった。

「……?」

 ルーナの様子がおかしいことに気が付いたのは、ほんの一瞬後であった。
 もともと黒い肌をしているルーナだったが、今サラモンドに密着して立っているソレはまさに黒一色で、まるで影のようであった。

 違和感を覚えた大介だったが、すぐに理解した。真っ黒なそれは幻獣本体ではない。ルーナ自体は、影から少し下がったピストの端で、少し腰を低くして構えていた。
 奇妙な間が空いた。が、それはすぐに解消される。影は姿を消し、幻獣の姿勢も元に戻った。

「ほほう、手を出さぬか。思いのほか冷静ですな。いや、これは善哉也ぜんざいなり

 ゴーチェが低く笑う。大介は我に返る心地だった。そうか、今の影……あれは触れたらいけないヤツだったんだ。頭が空っぽになったあの状態が、奇しくも大介自身を救ったのだ。

(助かったのは、完全に偶然……だが、それでもいい。俺はまだ戦える)

 止まった大介の脳細胞が、再び動き出す。
 ただし、状況そのものは相変わらず大介の味方をしていない。中途半端に遠い間合いは、こちらの手足が届かない。弾を撃とうとも思ったが、さっきの瞬間移動をもしドンピシャのタイミングでやられたら、今度こそゲームオーバーになりかねない。

(分かんねえ……何も分かんねえよ。俺に出来ることと言ったら……)

 あまりずっと立ちっぱなしなのも危ない。大介は自分の幻獣を座らせると、炎の効果円をトントンとさわる。
 届かない、コンパクトなパンチを屈んだまま振るサラモンド。ゴーチェはそれを見て、また笑う。

「これはこれは、何がしたいのでしょうな? そんな、まるで届きもしない拳を気ままに振って、私を牽制しているおつもりですか?」

「……」

 大介は答えない。ただ黙々と、決まったタイミングにならないようにパンチを打たせている。ゴーチェの笑い声に呆れたニュアンスが混ざる。

「仕方ありませんね。では、そろそろ終わらせましょうか。今日の仕事はこれだけではない。忙しい身なのですよ、私もね」

 老人風の魔族の男は、使役盤を操作する。ルーナの足が動いた。例の、地を這う衝撃波だ。
 咄嗟にガードに転じられるはずもなく、大介はそのままパンチをサラモンドに振らせてしまう。

「あ」

 やっちまった。
 そう思った、次の瞬間。

 ペチ。

 サラモンドのしゃがみパンチは、ルーナが蹴り上げようとしていた足を一方的に潰した。
 衝撃波は、出ていない。

 ……。
 ……。

「? ……どうした、ルーナ? 言うことは聞きなさい」

 もう一度、使役盤を触れるゴーチェ。幻獣はもう一度、足を構える。
 しかし同じであった。蹴り上げようとするその足が前に来た瞬間、サラモンドのパンチに当たり、黒い幻獣はそのままのけぞる。
 衝撃波は、やはり出ない。

 ……。
 ……。

「……どういうことだ?」

 初めて、ゴーチェの声に焦りを感じた。同時に大介の心へ、潤いと余裕が急激に満ちていく。

「おや? おやー? どうやらその黒い飛び道具を撃つヤツって、こっちのしゃがみパンチと相性悪いみたいっすねー。どうします? 何か他の技使ったほうがいいんじゃないっスかー?」

 途端に、ベラベラと相手を煽りだす大介。昔、ゲームセンターで対戦相手と煽り合っていた口の悪さが、久しぶりに出た感じだ。さっきまで死にそうな面構えだったというのに、ゲンキンにもほどがある。

「フン。急にベラベラとやかましい……」

 ゴーチェは憮然としてボソリと言うと、ルーナに紫色の何かを投げさせた。巨大な頭蓋骨を落とす技だ。

「その距離でそれは、駄目っスねー!」

 わざとらしい敬語を使うと、大介は使役盤を素早く触った。

「必殺! バグデなんちゃら!」

 バグ・デ・シャロウである。サラモンドは片手を振り上げたままのルーナに、肩から思い切り突っ込んだ。
 赤い幻獣の後ろに頭蓋骨が落ちる。ルーナはサラモンドのタックルをもろに喰らい、ピスト端の見えない壁に打ち付けられた。

「……ありゃ。この技意外と減らねえな。まあいいや、事態は打開出来たんだ」

 ルーナの体力は、まだ85%だ。体力差は依然大きい。

「でもこの状況は美味しいね。画面端は、弾持ちキャラの独壇場だぜ?」

 調子に乗った大介は適度に下がり、幻獣にフランバルを連続して撃たせる。ルーナはガードをしつつ、時折前にジャンプをする。それをサラモンドは、赤く光るアッパー・クープスペリアによってことごとく落としていった。

「小賢しい……なんだ、その戦法は!」

「あらー、トリカゴ戦法をご存じない! 敵を知るのは、戦いの初歩ですよー!」

 トリカゴ戦法とは、飛び道具で相手の行動の自由を奪い、仕方なく飛んできたところを対空技で落とす、というものである。ゲームによっては一度ハマると本当に逃げられなくなるところから『トリカゴ』という名前がついた戦法だ。ちなみに格闘ゲームの用語であるため、これをゴーチェが知っているわけがない。

「ふざけるな! まだやりようはあるわ!」

 ゴーチェの口振りが荒くなっている。相当イライラしているようだ。彼は叫ぶと、ルーナをその場から消した。
 さっき見せたワープ技だ。しかし、フランバルをガードした直後のそのタイミングは状況が良くない。出現後、サラモンドが先に動けるからだ。

「おっと、残念ながらそれも……え?」

 また真後ろに現れると見込んだ大介は、敵の幻獣が出て来そうなタイミングでサラモンドに拳を振らせる。が、相手が出て来た場所は想定した位置よりもかなり遠く、パンチは悲しく空を切った。

「いや、ズルいだろ……そんなに一気に離れられるもんなの?」

「青ざめたり調子に乗ったり、腹を立てたりと忙しい男だな」

 一方で、ゴーチェの方は落ち着きを取り戻しつつあった。

「やれやれ、こいつは面倒だ。小技を使って、見たこともない攻めを展開してくる……そうかと思えば、使役盤の扱い自体には妙に不慣れときた……一体何者です、あなたは?」

「知らん間にこっちの世界に連れてこられた、元格ゲーマーだよ」

「……なるほど。ちゃんと会話をする気はない、と」

「待った待った。悪かったって、知らん言葉使ってさ。でも、俺とあんたは敵同士なんだから、かくかくしかじかって一通り説明する義理なんて、無いと思うぜ」

 大介の言葉に、ゴーチェは低く笑い声をあげる。

「フフフ……そうですか。ならば余計なことは考えず、今はただ戦いましょうか」

 完全に冷静さを取り戻したゴーチェ。こちらの煽りでいい感じに荒れていたのに。
 失敗したか? 大介は心の中だけで舌打ちした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

錆びた剣(鈴木さん)と少年

へたまろ
ファンタジー
鈴木は気が付いたら剣だった。 誰にも気づかれず何十年……いや、何百年土の中に。 そこに、偶然通りかかった不運な少年ニコに拾われて、異世界で諸国漫遊の旅に。 剣になった鈴木が、気弱なニコに憑依してあれこれする話です。 そして、鈴木はなんと! 斬った相手の血からスキルを習得する魔剣だった。 チートキタコレ! いや、錆びた鉄のような剣ですが ちょっとアレな性格で、愉快な鈴木。 不幸な生い立ちで、対人恐怖症発症中のニコ。 凸凹コンビの珍道中。 お楽しみください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

処理中です...