幻獣使役はアケコンで!

小曽根 委論(おぞね いろん)

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Chapter 3 初っ端なのに、ヤバい相手で。

scene 10

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 大介はぼんやりと……本当に、ただぼんやりとピストの中を眺めていた。
 立ち上がったまま、何もしないサラモンド。ガードさえしないその姿勢は明らかに戦意を喪失していた。あとは敵の攻撃を受けて、ただ勝負が終わるのを見届けるのみである……はず、だった。

「……?」

 ルーナの様子がおかしいことに気が付いたのは、ほんの一瞬後であった。
 もともと黒い肌をしているルーナだったが、今サラモンドに密着して立っているソレはまさに黒一色で、まるで影のようであった。

 違和感を覚えた大介だったが、すぐに理解した。真っ黒なそれは幻獣本体ではない。ルーナ自体は、影から少し下がったピストの端で、少し腰を低くして構えていた。
 奇妙な間が空いた。が、それはすぐに解消される。影は姿を消し、幻獣の姿勢も元に戻った。

「ほほう、手を出さぬか。思いのほか冷静ですな。いや、これは善哉也ぜんざいなり

 ゴーチェが低く笑う。大介は我に返る心地だった。そうか、今の影……あれは触れたらいけないヤツだったんだ。頭が空っぽになったあの状態が、奇しくも大介自身を救ったのだ。

(助かったのは、完全に偶然……だが、それでもいい。俺はまだ戦える)

 止まった大介の脳細胞が、再び動き出す。
 ただし、状況そのものは相変わらず大介の味方をしていない。中途半端に遠い間合いは、こちらの手足が届かない。弾を撃とうとも思ったが、さっきの瞬間移動をもしドンピシャのタイミングでやられたら、今度こそゲームオーバーになりかねない。

(分かんねえ……何も分かんねえよ。俺に出来ることと言ったら……)

 あまりずっと立ちっぱなしなのも危ない。大介は自分の幻獣を座らせると、炎の効果円をトントンとさわる。
 届かない、コンパクトなパンチを屈んだまま振るサラモンド。ゴーチェはそれを見て、また笑う。

「これはこれは、何がしたいのでしょうな? そんな、まるで届きもしない拳を気ままに振って、私を牽制しているおつもりですか?」

「……」

 大介は答えない。ただ黙々と、決まったタイミングにならないようにパンチを打たせている。ゴーチェの笑い声に呆れたニュアンスが混ざる。

「仕方ありませんね。では、そろそろ終わらせましょうか。今日の仕事はこれだけではない。忙しい身なのですよ、私もね」

 老人風の魔族の男は、使役盤を操作する。ルーナの足が動いた。例の、地を這う衝撃波だ。
 咄嗟にガードに転じられるはずもなく、大介はそのままパンチをサラモンドに振らせてしまう。

「あ」

 やっちまった。
 そう思った、次の瞬間。

 ペチ。

 サラモンドのしゃがみパンチは、ルーナが蹴り上げようとしていた足を一方的に潰した。
 衝撃波は、出ていない。

 ……。
 ……。

「? ……どうした、ルーナ? 言うことは聞きなさい」

 もう一度、使役盤を触れるゴーチェ。幻獣はもう一度、足を構える。
 しかし同じであった。蹴り上げようとするその足が前に来た瞬間、サラモンドのパンチに当たり、黒い幻獣はそのままのけぞる。
 衝撃波は、やはり出ない。

 ……。
 ……。

「……どういうことだ?」

 初めて、ゴーチェの声に焦りを感じた。同時に大介の心へ、潤いと余裕が急激に満ちていく。

「おや? おやー? どうやらその黒い飛び道具を撃つヤツって、こっちのしゃがみパンチと相性悪いみたいっすねー。どうします? 何か他の技使ったほうがいいんじゃないっスかー?」

 途端に、ベラベラと相手を煽りだす大介。昔、ゲームセンターで対戦相手と煽り合っていた口の悪さが、久しぶりに出た感じだ。さっきまで死にそうな面構えだったというのに、ゲンキンにもほどがある。

「フン。急にベラベラとやかましい……」

 ゴーチェは憮然としてボソリと言うと、ルーナに紫色の何かを投げさせた。巨大な頭蓋骨を落とす技だ。

「その距離でそれは、駄目っスねー!」

 わざとらしい敬語を使うと、大介は使役盤を素早く触った。

「必殺! バグデなんちゃら!」

 バグ・デ・シャロウである。サラモンドは片手を振り上げたままのルーナに、肩から思い切り突っ込んだ。
 赤い幻獣の後ろに頭蓋骨が落ちる。ルーナはサラモンドのタックルをもろに喰らい、ピスト端の見えない壁に打ち付けられた。

「……ありゃ。この技意外と減らねえな。まあいいや、事態は打開出来たんだ」

 ルーナの体力は、まだ85%だ。体力差は依然大きい。

「でもこの状況は美味しいね。画面端は、弾持ちキャラの独壇場だぜ?」

 調子に乗った大介は適度に下がり、幻獣にフランバルを連続して撃たせる。ルーナはガードをしつつ、時折前にジャンプをする。それをサラモンドは、赤く光るアッパー・クープスペリアによってことごとく落としていった。

「小賢しい……なんだ、その戦法は!」

「あらー、トリカゴ戦法をご存じない! 敵を知るのは、戦いの初歩ですよー!」

 トリカゴ戦法とは、飛び道具で相手の行動の自由を奪い、仕方なく飛んできたところを対空技で落とす、というものである。ゲームによっては一度ハマると本当に逃げられなくなるところから『トリカゴ』という名前がついた戦法だ。ちなみに格闘ゲームの用語であるため、これをゴーチェが知っているわけがない。

「ふざけるな! まだやりようはあるわ!」

 ゴーチェの口振りが荒くなっている。相当イライラしているようだ。彼は叫ぶと、ルーナをその場から消した。
 さっき見せたワープ技だ。しかし、フランバルをガードした直後のそのタイミングは状況が良くない。出現後、サラモンドが先に動けるからだ。

「おっと、残念ながらそれも……え?」

 また真後ろに現れると見込んだ大介は、敵の幻獣が出て来そうなタイミングでサラモンドに拳を振らせる。が、相手が出て来た場所は想定した位置よりもかなり遠く、パンチは悲しく空を切った。

「いや、ズルいだろ……そんなに一気に離れられるもんなの?」

「青ざめたり調子に乗ったり、腹を立てたりと忙しい男だな」

 一方で、ゴーチェの方は落ち着きを取り戻しつつあった。

「やれやれ、こいつは面倒だ。小技を使って、見たこともない攻めを展開してくる……そうかと思えば、使役盤の扱い自体には妙に不慣れときた……一体何者です、あなたは?」

「知らん間にこっちの世界に連れてこられた、元格ゲーマーだよ」

「……なるほど。ちゃんと会話をする気はない、と」

「待った待った。悪かったって、知らん言葉使ってさ。でも、俺とあんたは敵同士なんだから、かくかくしかじかって一通り説明する義理なんて、無いと思うぜ」

 大介の言葉に、ゴーチェは低く笑い声をあげる。

「フフフ……そうですか。ならば余計なことは考えず、今はただ戦いましょうか」

 完全に冷静さを取り戻したゴーチェ。こちらの煽りでいい感じに荒れていたのに。
 失敗したか? 大介は心の中だけで舌打ちした。
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