弟は転生者♡

うめみ

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031.我慢しました

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 部屋は、ベッドの対面にある書き物机の小さなランプだけが光源という闇。手探りで見た時計は、午前5:00を指している。窓の外は真っ暗でまだ夜だ。早く寝た分、早く起きてしまった。ベッドの上でうーんとひとつ伸びをする。気持ちいい。疲れた足を伸ばし過ぎて、あっ、つっちゃうかもって思ったけど、ぎりぎりセーフ。毛布をめくって柔らかい絨毯じゅうたんにそっと足を降ろした。




 昨夜、ひどく辛く感じた筋肉の痛みは、一晩で薄らいでいる。けれど、絨毯に着いた指先や踵かかとに違和感があった。見れば、指の一本一本にていねいにテープが巻かれ、踵に少し大きめの傷あてがされている。ふと夕べ脱いだ靴下が血まみれだったことを思い出す。合わない靴だったつもりはないけれど、踊り続けた2時間でわずかに休憩できたのは、マロンとパトラッシュが手を取ってソファーに腰掛けてくれたそれぞれ1曲分だけという状況に堪えられるほどのものではなかった。




 眠ってしまって記憶にはないけれど、湯浴みの後にロードが手当てしてくれたに違いない。一番に「ありがとう」って言わなくちゃ。







 ベッドサイドのテーブルには、ランプのかすかな光にも映える白い封筒が置かれている。




 昨日の夕食後、2日目の通過者・脱落者の発表は19:00~20:00の間に各部屋への使者の訪いによってされること、通過者は明日の予定を受け取りそのまま就寝、脱落者はすぐに退館となること、が朝と同じ慇懃いんぎんな執事の口からとっても遠回しな言い方で説明された。つまり、のん気に今までぐーすか眠っていられたということは、僕は、通過者だ。




 かっこいいところはちっとも見せられなかった実技試験だったのに……とため息が出る。2日目通過という結果は、それまでの筆記試験で何とか補ってのものだったに違いない。いっそ不合格にしてくれれば気が楽だったよね……。

 ダメダメ!一生懸命取り組もうと決めたじゃないか。ちらりと頭をよぎった悪魔の囁ささやきを打ち消して、『3日目の予定』を確認するため通過通知に手を伸ばした。










“『ゴルゴ52』様 3日目の予定をご案内いたします。3日目のあなたの番号は『1番』です。この番号は2日目の成績優秀者順に割り振られています。”










 書き出しから眼球めだまがポーンと飛び出してしまいそうなことが記されている。

 どこをどう審査すれば、僕が1番になるっていうの!?おかしいよ。

 信じられない結果に気持ちが落ち着かなくて、薄暗い部屋の中をうろうろと歩き回りながら続きに目を通した。







7:00    起床

7:30~   朝食

8:30    西庭園集合

12:00~  昼食

14:00   解散







 …………。

 8:30の『西庭園集合』って、何!?集合した後どうするの。昼食まで3時間半もある。あやし過ぎる。







 “おかしい”とか“あやしい”とか考えているうちに窓いっぱいの夜色に閉ざされた部屋は夜明けの光に青く染まり、次第にその色は白へと変わった。そんな7:00ちょうどきっかりに昨日と同じコンッという優しい音で客室の扉がノックされた。







「おはよう!」




 扉の前で待ち構えていた僕は、本当ならコン、コン、コン、コンッと4回ノックされるはずの1回目のコンと同時に扉をあけて元気に挨拶をした。いつも無表情なロードがすぐに出てきた僕を見て、ちょっと驚いた顔をしたのがうれしい。

 だけど、すぐにいつもの無表情に戻って、




「おはようございます。今日も一日、王宮でお過ごしになるゴルゴ様のお世話を、わたくしロードが担当させていただきます。よろしくお願いいたします」




 昨日と同じセリフを言って、昨日と同じきれいな姿勢で深くお辞儀をした。おかっぱ頭の髪がさらりと揺れたのもまったく同じ。だけど、声は昨日よりももっと柔らかい気がする。

 そんなロードを部屋に入るよう促しながら、僕は右側の廊下をチェックした。マロンとパトラッシュ、それぞれの部屋の前にいつもの従僕が立っている。




「今、ここに残っているのは2日目通過者だけだよね?」




 念のために確認する。




「はい。本日、参加のご予定のない皆さまには、昨夜のうちにご退館いただいております」




ということは、マロンもパトラッシュも2日目を通過した3日目の参加者だ。今日も二人と一緒に過ごせる。なぞの空白時間も二人が一緒なら楽しいものになるに違いない。安心して部屋の奥に戻る。




 改めてロードに向き直って、挨拶のことばと昨日の礼を口にした。




「今日もよろしく。それから、昨日はありがとう。足の手当てと通知の受け取り。僕、寝ちゃってたから、全然気づかなかった」

「勝手をいたしました」

「ううん。とっても疲れてたから、頼めなかっただけ。足の手当ても通知の受け取りも助かった。おかげでぐっすり眠れたよ」

「お役にたてて、何よりです」




 じっと目を見て話してみる。すると、目も一昨日より昨日、昨日より今日の方が柔らかいことに気が付いた。うれしいなって思いながら目線を降ろすとその先にロードが持っている箱がある。




「もう一度、傷の具合を見せていただきたく傷薬をお持ちしました。よろしいでしょうか」




 僕の視線に気づいて、「それは何?」って聞く前に答えてくれる。ロードはとっても優秀な従僕だ。

 2時間も前から起きていて身支度はばっちりだから、朝食までの30分間、何もすることがないし、お腹は空きすぎて逆にもう食欲もないから、朝食会場に急いで行こうっていう気持ちにもならない。痛みは薄らいでいるけれど、念のために見てもらうのがちょうどいい。




「もちろん、お願い」




 僕はにっこり笑顔でそう答えると、傍そばにあったソファーに腰掛けて靴と靴下を脱いだ。







 水の入った桶おけと清潔な布、そして薬箱が手早く足元に並べられる。薬箱の中には、薬だけじゃなく、傷用テープにガーゼ、はさみなど色々なものが入っている。手当の準備が済むと、ロードが跪ひざまずいて僕の足を手に取った。捧げ持つような格好になるからちょっと恥ずかしい。そう思っているうちに昨夜巻かれたテープがていねいに剥はがされていく。指が自由になった。巻かれているときは気にならなかったけれど、外されると、今まで束縛されていたことに気付く。すっきりして自由になった指を曲げたり伸ばしたりむぎゅむぎゅ動かしてみる。少しだけヒリヒリ痛いけど、まぁ大丈夫。ロードは、桶の水でていねいに僕の足を洗ったあと、布で水気をさっと取ると、仕上げにとろりとした薬をちょんちょんとつけてくれた。




 が、……そのちょんちょん、が全然大丈夫じゃなかった。涙目になるほど堪たまらなく沁しみた。

びくっと足が動いてしまった。上がっていた口角はどんどん下がっていく。まだ片方だけなのに。




「それ、昨夜も塗ってくれた?」

「いえ、昨夜より化膿かのう止めの効果の高いお薬をご用意致しました」

「……そう。」




 そうだよね。もし昨夜もこの薬を塗ってくれていたなら、跳び起きてたよね。知らないうちに手当なんてできないよね。




「少し、沁みますか?」

「……ううん「そうですか。もう少し我慢なさってくださいね」




 少しじゃないよ。だいぶ沁みるよと言いたかったのに言わせてもらえなかった。足がびくっとしたから、絶対に気付いているはずなのに。少しじゃなく、もうだいぶ我慢しなければいけないらしい。




 痛いと分かっている手当の様子をじっと見ていることはできなくて、目を逸そらして遠くを見ながら僕は心の中で“痛いの痛いの飛んでいけー!お山の向こうにとんでいけー!とんでいった痛いのはウサギにぱくりと食べられて、ウサギのおならにプッと出てきえろー!”っておまじないをしながら、ソファーのひじ掛けをぎゅっと掴つかんで耐たえた。




 5回くらいおまじないをしたら、やっともう片方の足も終わった。

 足は前と変わらない指の一本一本にていねいにテープが巻かれ、踵に少し大きめの傷あてがされている状態に戻っていた。

 全身から力が抜ける。壮絶そうぜつな戦いが終わった。
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