東京ブラッディ・ムーン

鴨居ダンテ

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第1話 - A part

ドロップ・アウト - Ⅷ(リンゼイ)

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 そのとき、何かが切れる音がした。

 聞き馴染みのあるーーことに戦場で幾度となく聞いてきた音。聴覚に訴える生の音じゃない、数々の戦場を渡り歩いてきた彼女だからこそ聞くことのできる、言語下、意識の底で響く警戒音《アラート》。

 それは人の理性が消え、抗うことのできない圧倒的な狂気が生まれる音だ。

 人が人を殺すには、理性か感情か、そのどちらかを捨てなくてはならない。

 良い兵士が捨てるのは往々にして後者だ。しかし、狂戦士《バーサーカー》は前者を捨てる。感情には限界がある。しかし、狂気に限界はない。それがバーサーカーの最大の強みであり、最大の弱点だ。

 振り向くと、そこには理性の箍を外し、狂気の海に飛び込んだ少年がいた。白目を向き、地面に膝をつきただ空の一点を眺めるその姿は聖職者《プリースト》のそれのようにも見える。祈り《pray》ーー何に対しての祈りなのか。すでに言葉を失った少年には、問いかけることも能わない。

 死への恐怖が少年の狂気を駆り立てた、とリンゼイは心の内でつぶやく。それもそのはず、一般人にとってこの状況は合点のいかないことが多過ぎるのだ。

 そんなことを思った自分に、リンゼイは少しだけ驚いていた。とうに感情など枯れ果てたはずの自分が他人に同情している。まったくもって厄介だな、感情というのは。

 しかし、かの少年の本能が命じたのは「闘争」ではなかった。少年はただ空を見つめるばかりで一向に動こうともしなかった。

 極度の緊張で身体が硬直してしまっている? いや、そんなことはない。そうなってしまってはおよそ本能的行動とはいえない。本能的行動とは生への執着であり、死への拒絶なのだ。生存本能こそが狂気の根源。

 それが彼にはない? ならば、これはーー
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