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四.寮務員は合法ロリの化け狸
第七話
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何か諦めたように田貫は大きく息を吐いた。
「ところで少年。おぬしはどうしてここにおるのじゃ?」
田貫は顎に指を置き、コテンと首を傾げる。
そう言えば。と。
坂井は己について田貫に何も語っていない事にようやく気付いた。
「いやいや。鴇崎が儂の事について話しておったから掲示委員会に連なる者なのは分かっておるんじゃ。ただ、儂が留守にする前には見た事がなかったからの」
「そりゃそうですよ。私が坂井に初めて会ったのは千里さんが留守にしている間です」
鴇崎と初めて会ったのは六月の始めの方。今は七月始めなのでもうすぐ一ヶ月だ。
一ヶ月前に今の状況を予測できたかと問われれば素直に「無理」と答えられる。予想する方が不可能だろう。人生何が起こるか分からないとはよく言ったものだ。
「えっと、坂井です。坂井辰道と言います。六月から委員会にお世話になってます」
「坂井か。分かった。これからよろしく頼む」
田貫が手を差し出す。坂井は素直にその手を取った。
その見た目から想像がつかない程の力で田貫に腕をブンブンと振り回されたのは果たして愛嬌と言えるのだろうか。
一分も経たずに解放されたのだが、腕が軽く痺れていた。
「しかし、鴇崎。おぬしの足でもしくじるんじゃのう」
「うーん、しくじったっていうんですかね、アレ」
「ん? 何かあったのか?」
鴇崎は坂井と初めて出会った時の状況を話し始める。内容はそれなりにかい摘まんでいるようだ。
話題の登場人物として鴇崎からの視点は新鮮味がある。助けた側と助けられた側。印象は随分と違うようだ。
「それは、確かにしくじったとは言い切れんのう。珍しい事もあるものじゃ」
唸る田貫。
田貫でも珍しいと言うほど早々お目に掛かれない事態だったようだ。坂井は「狸側では珍獣扱い」とは田貫の言である。
「おかげで後輩が出来たので、まあ何とも言えませんが」
鴇崎が眉間にシワを寄せる。
委員会として人員の増加はありがたい事だ。だが、鴇崎個人の考えはどうだろう。少々複雑なのではないだろうか。手放しで喜べない気持ちが眉間のシワに現れているように感じる。
「そうか。坂井は一年生じゃな」
坂井は頷いた。
制服だけを見ても学年は判りづらいが、襟元につけているバッチで判別できる。ただ、校舎の玄関での騒動で学年を言及された覚えはあるので、田貫はそれを憶えていただけかも知れない。
「それとですね。もう一人、一年がいます」
「もう一人とな?」
「関本と言います。今日は多分こちらに来ないので後日会ってもらいます」
田貫は怪訝そうな表情を浮かべるが、鴇崎は淡々と言葉を並べた。
関本の事は隠す必要のない事であるし、早かれ遅かれ知られるだろうから、事務的に述べたのだろう。
どうやら、そのまま事務についての話をするようだ。
「うむ。分かった。寮の変更手続きはどうなっておる?」
「ある程度は準備していますよ。ただ、夏休みも近いのでその辺りに」
「仕方ないのう。話は通しておるのか?」
「千里さんがいないのに出来る訳ないでしょう。学生の領分じゃないです」
「そうかの? おぬしなら問題なさそうじゃ」
一度は緩んでいた鴇崎の眉間にシワが寄る。先程より刻んでいるシワが深そうだ。
そして、地を這うような低い声が鴇崎から発せられる。
「……面倒なんで、これ以上仕事増やさないでもらえますか?」
「分かった分かった。無理は言わんよ」
田貫には鴇崎がそのように答えるのが判っていたようだ。カカカッと笑って鴇崎の願いを聞き入れる。
もとより断るのを理解していて、冗談交じりに頼んでみただけ。と、言った所だろう。
「あ、そうだ。寮の権限お返しします」
「急がんでもいいじゃろうて」
「思い出した時にやっておかないと忘れるんですよ。私が」
鴇崎がどこからか鍵の束を取り出す。あまりじっくりと見た事はないので定かではないが、おそらく四号館の鍵だろう。
鴇崎が委員長だから問題ないのだと思いたいが、ただの一学生が寮の玄関の鍵を持っていたのを他の学生に知られればそれなりに問題になるのではないのだろうか。坂井はこのユルさに若干不安を覚えるが、二人のやりとりを見ていると仕方がないように思えてくる。
どうも「寮の権限」とは鍵だけの事ではないようだ。
何やらモヤッとしたものが鴇崎から田貫の間を移動している。
「うむ。これで大丈夫じゃ」
「何も問題はなかったと思いますが、確認はしてくださいね」
「言われんでも分かっておるよ」
「言わないとしないから言ってるんですが」
「ぐぬぬぬ」
まるっきり図星のようだ。
鴇崎の辛辣さが少し気になるが、おそらく田貫が以前問題でも起こしたのだろう。
「と、ともかくじゃ! 坂井よ、おぬしが四号館に来る日を楽しみにしておるからな!」
そんな捨て台詞を吐いて、田貫は姿を消した。
人が突然、文字通り姿を消す事に大して驚かなくなっている自分に感心するというか、何というか、なんとも言えない気分になってしまった坂井だった。
「ところで少年。おぬしはどうしてここにおるのじゃ?」
田貫は顎に指を置き、コテンと首を傾げる。
そう言えば。と。
坂井は己について田貫に何も語っていない事にようやく気付いた。
「いやいや。鴇崎が儂の事について話しておったから掲示委員会に連なる者なのは分かっておるんじゃ。ただ、儂が留守にする前には見た事がなかったからの」
「そりゃそうですよ。私が坂井に初めて会ったのは千里さんが留守にしている間です」
鴇崎と初めて会ったのは六月の始めの方。今は七月始めなのでもうすぐ一ヶ月だ。
一ヶ月前に今の状況を予測できたかと問われれば素直に「無理」と答えられる。予想する方が不可能だろう。人生何が起こるか分からないとはよく言ったものだ。
「えっと、坂井です。坂井辰道と言います。六月から委員会にお世話になってます」
「坂井か。分かった。これからよろしく頼む」
田貫が手を差し出す。坂井は素直にその手を取った。
その見た目から想像がつかない程の力で田貫に腕をブンブンと振り回されたのは果たして愛嬌と言えるのだろうか。
一分も経たずに解放されたのだが、腕が軽く痺れていた。
「しかし、鴇崎。おぬしの足でもしくじるんじゃのう」
「うーん、しくじったっていうんですかね、アレ」
「ん? 何かあったのか?」
鴇崎は坂井と初めて出会った時の状況を話し始める。内容はそれなりにかい摘まんでいるようだ。
話題の登場人物として鴇崎からの視点は新鮮味がある。助けた側と助けられた側。印象は随分と違うようだ。
「それは、確かにしくじったとは言い切れんのう。珍しい事もあるものじゃ」
唸る田貫。
田貫でも珍しいと言うほど早々お目に掛かれない事態だったようだ。坂井は「狸側では珍獣扱い」とは田貫の言である。
「おかげで後輩が出来たので、まあ何とも言えませんが」
鴇崎が眉間にシワを寄せる。
委員会として人員の増加はありがたい事だ。だが、鴇崎個人の考えはどうだろう。少々複雑なのではないだろうか。手放しで喜べない気持ちが眉間のシワに現れているように感じる。
「そうか。坂井は一年生じゃな」
坂井は頷いた。
制服だけを見ても学年は判りづらいが、襟元につけているバッチで判別できる。ただ、校舎の玄関での騒動で学年を言及された覚えはあるので、田貫はそれを憶えていただけかも知れない。
「それとですね。もう一人、一年がいます」
「もう一人とな?」
「関本と言います。今日は多分こちらに来ないので後日会ってもらいます」
田貫は怪訝そうな表情を浮かべるが、鴇崎は淡々と言葉を並べた。
関本の事は隠す必要のない事であるし、早かれ遅かれ知られるだろうから、事務的に述べたのだろう。
どうやら、そのまま事務についての話をするようだ。
「うむ。分かった。寮の変更手続きはどうなっておる?」
「ある程度は準備していますよ。ただ、夏休みも近いのでその辺りに」
「仕方ないのう。話は通しておるのか?」
「千里さんがいないのに出来る訳ないでしょう。学生の領分じゃないです」
「そうかの? おぬしなら問題なさそうじゃ」
一度は緩んでいた鴇崎の眉間にシワが寄る。先程より刻んでいるシワが深そうだ。
そして、地を這うような低い声が鴇崎から発せられる。
「……面倒なんで、これ以上仕事増やさないでもらえますか?」
「分かった分かった。無理は言わんよ」
田貫には鴇崎がそのように答えるのが判っていたようだ。カカカッと笑って鴇崎の願いを聞き入れる。
もとより断るのを理解していて、冗談交じりに頼んでみただけ。と、言った所だろう。
「あ、そうだ。寮の権限お返しします」
「急がんでもいいじゃろうて」
「思い出した時にやっておかないと忘れるんですよ。私が」
鴇崎がどこからか鍵の束を取り出す。あまりじっくりと見た事はないので定かではないが、おそらく四号館の鍵だろう。
鴇崎が委員長だから問題ないのだと思いたいが、ただの一学生が寮の玄関の鍵を持っていたのを他の学生に知られればそれなりに問題になるのではないのだろうか。坂井はこのユルさに若干不安を覚えるが、二人のやりとりを見ていると仕方がないように思えてくる。
どうも「寮の権限」とは鍵だけの事ではないようだ。
何やらモヤッとしたものが鴇崎から田貫の間を移動している。
「うむ。これで大丈夫じゃ」
「何も問題はなかったと思いますが、確認はしてくださいね」
「言われんでも分かっておるよ」
「言わないとしないから言ってるんですが」
「ぐぬぬぬ」
まるっきり図星のようだ。
鴇崎の辛辣さが少し気になるが、おそらく田貫が以前問題でも起こしたのだろう。
「と、ともかくじゃ! 坂井よ、おぬしが四号館に来る日を楽しみにしておるからな!」
そんな捨て台詞を吐いて、田貫は姿を消した。
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