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参.試験終わりは新規業務の始まり

第三話

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 表情だけを見れば鴇崎ときさきは笑っているが、目はどう見ても笑っていない。
 片や演劇部の部長と名乗った河内は興味深そうに鴇崎ときさきを観察しているようだ。

「演劇部、ですか。それでどういったご用件でしょうか」
「いや、掲示委員会が僕らについてかなり怒っていると学生会長から聞いてね。事情を知ってそうな部員に話を聞いても要領を得ないものだから直接僕が聞きに来たのだよ」

 どうやら、河内がここにやってきたのは学生会長の差し金のようだ。
 河内は演劇部側に問題があるのが分かってやってきているのでこちらの話も少なからず聞いてくれそうである。ただ、坂井が鴇崎ときさきから聞いている話では演劇部の違反は常習的で何度警告しても聞かないようなので、果たして話し合いが有益な物になるのか分からない。

「部員……三谷さんでしたか。あの人からはなんと聞いていますか?」
「腑に落ちないとかなんとか言ってたね。あれはなまじ頭が良いから思い込んだら人の話を聞かないのだよ。すまないね」

 河内は眉間にシワを寄せている。こちらの態度に不満があるのではなさそうだ。身内の言い分に頭を痛めている、といったところだろうか。

「なら、こちらが問題にしている事はご存じですか?」
「未申請掲示物の掲示。でいいのかな」
「間違いありません」
「ちゃんと申請した上で掲示していると思っていたからね。三谷には先に説教をかましておいた」

 河内は自分の監督責任と、担当者の勝手を鴇崎ときさきに詫びていた。
 物はついでとばかりに鴇崎ときさきは掲示物の申請の際にことごとく許可を出せない物ばかり申請をされていた事を河内に伝える。
 それを聞いた河内は文字通り頭を抱えた。

「何をやってるんだ、あいつ」
「規定を違反している物に許可は出せませんので、その都度修正するようにお願いしていたんですが」
「その感じならば……修正せずに勝手に張って回ったな、あの馬鹿たれ」
「そうですね、こちらで回収した物は申請された物そのままでした」
「申し訳ない。これは完全にこちらの落ち度だ」

 河内は深々と頭を下げる。
 清々しい。坂井はそう感じた。
 この河内なる人物は非が非であると素直に認める事が出来ている。しかも自分の非ではない。上に立つ者はこうであって欲しい潔さだ。
 河内の行動に感銘を受けたのかもしれない。鴇崎ときさきの凍てついていた瞳の奥が和らいだような気がする。

「ところで規定違反とはどの様な内容だったのだ?」
「詳しい規定は三谷さんに確認してください。規定の一覧が記載されている用紙をお持ちのはずです。ここしばらくは全てサイズの規定違反です」
「もう一回説教するついでに規定は確認しておこう。しかし、サイズの違反か……」

 河内はなにか考え始めたのか黙り込んだ。視線がせわしなく動いている。やがて目を閉じ、息を一つ吐く。

「すまないが、サイズの規定だけでも教えてくれないだろうか」
「最小サイズは名刺程度の大きさ、最大サイズはB四版までとしています」

 よどみなく鴇崎ときさきは答える。
 坂井は感銘を受けると同時にもしかすると鴇崎ときさきは規約の全てを憶えているのかと疑う。坂井も掲示物の許可規約を見た事はあるが、細かい数字が設定してあったり、例外があったりと憶えきれる自信はない。必要に迫られて憶えたのだろうが、そこまで坂井の考えは巡らない。

「……なるほど、腑に落ちないとはそういう事か。
 一つだけ確認させて欲しい。学校が規定よりも大きなポスターを持ってきたなら許可を出すのかい」
「出します。例外ですから」
「学校には許可するのにどうして自分たちは駄目なのか、か」

 規定にも例外は存在する。
 多すぎる例外は問題があるが、厳格すぎる規定という物も問題が発生しがちだ。全く問題が存在しないルールを定めるのは大変難しいのである。

「ああ、その辺りなんですが」

 鴇崎ときさきが河内の思考を遮る。

「サイズ規定自体が例外なんですよ。元々の規定にサイズに関する制限はありません。学生向けにだけサイズ規定があります」

 河内は目を見開いた。意外だったのか、それとも。
 そんな河内に気付いていないのか鴇崎ときさきはさらに続ける。

「学校向けの規定は目にする事はないですから、知らなくて当然ですよ。サイズ規定は目立ちたいところが馬鹿みたいなサイズで申請してくるのでその対策です」
「そういう事なら仕方ないな。三谷の馬鹿にはよく言って聞かす」
「そうしていただけるとありがたいです」

 鴇崎ときさきは深々と頭を下げた。
 これで問題の一つが解決すればいいのだが、時間が経過してみなければ分からないだろう。

「まあ、三年生から怒らせないでくれと頼まれていたからね。これ以上問題を起こさせないよ」

 河内は苦笑しながら帰って行く。
 見送る鴇崎ときさきの顔がなにやら複雑そうであったが、それを指摘する勇気は坂井になかった。


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