22 / 44
弐.中休みは最初の訓練
第七話
しおりを挟む
坂井は無意識に後ずさっていた。
表情も少しひきつっているような、そんな気がしている。
「そんなに身構えなくてもいいだろう。確かに科学は苦手なヤツが多いけども」
鴇崎は苦笑していた。坂井の動きが滑稽だったのかもしれない。その手はページをめくり、目は文章を追っている。
坂井からその内容は見えない。見えたとしてもその内容が理解できるかどうかは分からないが。
「ああ、やっぱりあったよ。そうか、熱力学か」
聞き覚えのない言葉だった。「学」が言葉の最後についている事を考えると何らかの学問であるのは推測できるが、考えられるのはそこまでだ。
鴇崎はポカンとしている坂井にかなり噛み砕いた説明を始める。
一般に物理と呼ばれている学問は複数の学問の集合体であり、熱力学もその一つである。熱力学はその名前が示すとおり、熱に関係するあれやこれやを扱う。温かさの尺度である温度の定義ももちろん含まれる。
困った事に熱力学とは「何故そうなるのか」ではなく「そういう事」を積み重ねる学問だそうだ。他の物理学とは毛色が違うらしい。
熱力学のあるカテゴリから別の物理学へ発展するが、坂井の知りたい内容とは違うため割愛された。
坂井は目眩がしそうだった。
中学生の頃、理科は得意でも不得意でもなかった。好きか嫌いかと問われれば嫌いな方だったかもしれない。等速直線運動や慣性の法則や元素記号や……今後の人生で使うのかも分からないものだらけと思っていたからだ。それを言うなら数学もなのだが、数学はわりと好きな部類だ。
そんな理科の一分野が自分の前にやってきて、必要ですよと手を振っている。こんな事ならちゃんと勉強しておけば良かったと今更ながら後悔する。
自分の異能は冷やす事だと分かっていたのに科学と関連づけられなかった自分も自分だなあ、と呆れてみるがそれだけだ。
色々と理解しきれない自分の理解力に坂井は少々落ち込みながら、鴇崎の話に耳を傾ける。
温度には何種類か単位が存在している。
普段良く目にするのは摂氏――セルシウス温度だろう。アメリカでは華氏――ファーレンハイト温度が慣用的に使われている。国際的に定められている単位としての温度はケルビンである。これまでに挙げた三種以外にも温度をあらわす単位は存在するが、一般的ではないだろう。
華氏は日本ではまず使われない。だからなのか鴇崎が持っている本の中では言及がされていないようだ。
水が氷になる温度を零度、水が沸騰して気化する温度を一〇〇度とし、その間を百等分してそれの温度差を摂氏の一度の目盛としている。その目盛を零度以下にも一〇〇度以上にも適用する事で一般に知られる摂氏になっている。
摂氏の基準は水であり、物質の特性によらない温度の決め方が必要になる事もある。
そこで定義されているのがケルビンだ。ボイルの法則を使うと理想気体一モルにおける比例定数が気体を問わず共通になる事が分かっており――と本来なら話は続くのだ。
強引にまとめると、摂氏の目盛の取り方で理論上考えられる最低温度を零度とした温度目盛を絶対温度と呼んで単位をケルビンにした。という事だ。
理想気体と聞いて、坂井は化学の話を思い出す。
アボガドロ定数やらなんやらあったなあ。と思い出す程度だが、実は今回のテスト範囲なのだ。しばらく後に思い出して奇声を上げてしまうのだが、それはそれである。
では、温度とはなんだろう。
物質が溜め込んでいる熱の量を分かりやすく表現したものとも言えるだろう。
物質というと固形物だけを思い浮かべるだろうか。気温も温度だが物質と言われるとなんだか違うようなそんな気がするかもしれない。
物質には三つの形状があり、それをまとめて物質の三体と呼ぶ。気体、液体、固体の三形状である。
気体も物体だから気体の温度である気温も物質の溜め込んでいる熱の量と表現しても差し支えない訳だ。
ちなみに物質の三体は物理分野ではなく化学分野の話である。科学と括ってしまえば同じ学問の話なのだが、教科として区切られているので別々のモノと思ってしまいがちだ。
「あっ」
ひらめいた。
いや、坂井は気付いた。
自分の異能がなにをしているのかを。
「熱を吸い取ってるのか。なぁ?」
締まらない。
が、自信はあった。
そう考えると納得できる部分も多いからだ。
「熱か。それはまた物理やら化学やらが応用できそうな性質だな」
「うへぇ」
「嫌いか?」
「あんまり好きじゃないです」
それは坂井の正直な感想だった。
嫌いではないだけマシだろう。
「まあ、うん。好きになるしかないな」
「そんな身も蓋もない」
鴇崎の言い分も理解できる。理解できるが、納得できるほど坂井は人間が出来ていない。
遠い目をしつつ、見た目に分かりやすい関本の異能をうらやむ坂井だった。
表情も少しひきつっているような、そんな気がしている。
「そんなに身構えなくてもいいだろう。確かに科学は苦手なヤツが多いけども」
鴇崎は苦笑していた。坂井の動きが滑稽だったのかもしれない。その手はページをめくり、目は文章を追っている。
坂井からその内容は見えない。見えたとしてもその内容が理解できるかどうかは分からないが。
「ああ、やっぱりあったよ。そうか、熱力学か」
聞き覚えのない言葉だった。「学」が言葉の最後についている事を考えると何らかの学問であるのは推測できるが、考えられるのはそこまでだ。
鴇崎はポカンとしている坂井にかなり噛み砕いた説明を始める。
一般に物理と呼ばれている学問は複数の学問の集合体であり、熱力学もその一つである。熱力学はその名前が示すとおり、熱に関係するあれやこれやを扱う。温かさの尺度である温度の定義ももちろん含まれる。
困った事に熱力学とは「何故そうなるのか」ではなく「そういう事」を積み重ねる学問だそうだ。他の物理学とは毛色が違うらしい。
熱力学のあるカテゴリから別の物理学へ発展するが、坂井の知りたい内容とは違うため割愛された。
坂井は目眩がしそうだった。
中学生の頃、理科は得意でも不得意でもなかった。好きか嫌いかと問われれば嫌いな方だったかもしれない。等速直線運動や慣性の法則や元素記号や……今後の人生で使うのかも分からないものだらけと思っていたからだ。それを言うなら数学もなのだが、数学はわりと好きな部類だ。
そんな理科の一分野が自分の前にやってきて、必要ですよと手を振っている。こんな事ならちゃんと勉強しておけば良かったと今更ながら後悔する。
自分の異能は冷やす事だと分かっていたのに科学と関連づけられなかった自分も自分だなあ、と呆れてみるがそれだけだ。
色々と理解しきれない自分の理解力に坂井は少々落ち込みながら、鴇崎の話に耳を傾ける。
温度には何種類か単位が存在している。
普段良く目にするのは摂氏――セルシウス温度だろう。アメリカでは華氏――ファーレンハイト温度が慣用的に使われている。国際的に定められている単位としての温度はケルビンである。これまでに挙げた三種以外にも温度をあらわす単位は存在するが、一般的ではないだろう。
華氏は日本ではまず使われない。だからなのか鴇崎が持っている本の中では言及がされていないようだ。
水が氷になる温度を零度、水が沸騰して気化する温度を一〇〇度とし、その間を百等分してそれの温度差を摂氏の一度の目盛としている。その目盛を零度以下にも一〇〇度以上にも適用する事で一般に知られる摂氏になっている。
摂氏の基準は水であり、物質の特性によらない温度の決め方が必要になる事もある。
そこで定義されているのがケルビンだ。ボイルの法則を使うと理想気体一モルにおける比例定数が気体を問わず共通になる事が分かっており――と本来なら話は続くのだ。
強引にまとめると、摂氏の目盛の取り方で理論上考えられる最低温度を零度とした温度目盛を絶対温度と呼んで単位をケルビンにした。という事だ。
理想気体と聞いて、坂井は化学の話を思い出す。
アボガドロ定数やらなんやらあったなあ。と思い出す程度だが、実は今回のテスト範囲なのだ。しばらく後に思い出して奇声を上げてしまうのだが、それはそれである。
では、温度とはなんだろう。
物質が溜め込んでいる熱の量を分かりやすく表現したものとも言えるだろう。
物質というと固形物だけを思い浮かべるだろうか。気温も温度だが物質と言われるとなんだか違うようなそんな気がするかもしれない。
物質には三つの形状があり、それをまとめて物質の三体と呼ぶ。気体、液体、固体の三形状である。
気体も物体だから気体の温度である気温も物質の溜め込んでいる熱の量と表現しても差し支えない訳だ。
ちなみに物質の三体は物理分野ではなく化学分野の話である。科学と括ってしまえば同じ学問の話なのだが、教科として区切られているので別々のモノと思ってしまいがちだ。
「あっ」
ひらめいた。
いや、坂井は気付いた。
自分の異能がなにをしているのかを。
「熱を吸い取ってるのか。なぁ?」
締まらない。
が、自信はあった。
そう考えると納得できる部分も多いからだ。
「熱か。それはまた物理やら化学やらが応用できそうな性質だな」
「うへぇ」
「嫌いか?」
「あんまり好きじゃないです」
それは坂井の正直な感想だった。
嫌いではないだけマシだろう。
「まあ、うん。好きになるしかないな」
「そんな身も蓋もない」
鴇崎の言い分も理解できる。理解できるが、納得できるほど坂井は人間が出来ていない。
遠い目をしつつ、見た目に分かりやすい関本の異能をうらやむ坂井だった。
0
お気に入りに追加
0
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる