胡蝶の舞姫

友秋

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スミ子とパピヨン

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 鏡の前に座る万里子を覗き込んでスミ子は微笑んだ。

「アタシ達は、お互いを通して別の誰かを見ているみたいね」

 万里子の茶色がかった柔らかな長い髪の毛を櫛でかすスミ子は、三年前のあの夜の事を思い出していた。

 あの時と同じ。こうして髪の毛を梳いてあげて、長い髪の毛を切ってあげたんだった。

 鏡の中の女性は、親友と同じ混血児だ。白磁のような綺麗な肌に碧い瞳、彫りの深い造作の顔。どれも恵美子を思い出させる。

 でも、とスミ子は思う。エミーとは決定的に違うところがある。

 スミ子の言葉に万里子は小首を傾げて微笑んでいた。

 色気があるのよネ、とスミ子は心の中で呟いた。

 万里子はどこかアンニュイな雰囲気を纏う。恵美子はどちらかと言えば、スッキリとしていて、……勇ましい。

 でも、あれから三年も経ったのだからもしかしたらーー、いや、無いわね。

 スミ子は内心で首を振った。

 エミーは外的要因に流され変わる子じゃない。多分基本的には変わっていないだろう。だって、そうじゃないと、そうあってくれないと、見つけられない

 手際よくカーラーで髪の毛を巻いていき、スミ子は万里子に聞いた。

「パピヨンちゃん、アタシに『トミさん』って言い掛けたでしょ」
「うん、スミ子さん見たらいつも思い出す大事な人の名前、思わず呼んじゃった」

 人差し指を口元に当ててフフッと笑う万里子の何気ない仕草一つにもフワッと甘い色が漂う。

 これは、男は堪らないだろうなぁ。スミ子は肩を竦めながら、万里子に応える。

「そのトミさん、っていう人は、アタシみたいな人だったの?」

 万里子は少し考えながら「そうかもしれない」と笑う。

「〝そうかも〟? なんだ、ハッキリしないの」
「だって、もう三年前にお別れしたっきりで、あの時はまだあたしもよく分からなかったの。今になって、ああそうだったのね、って分かったの。〝お母さん〟みたいな人だった。スミ子さんみたいにとっても優しい人だった。だから、スミ子さんを見たら思い出したの」

 ああそうだったのね、とスミ子は納得した。

「スミ子さんは、あたしにどんな人を重ねて見ているの?」

 スミ子は万里子の顔に白粉をはたきながら、あのね、と嬉しそうに話す。

「パピヨンちゃんと同じ混血児の、大事な大事な親友。離れ離れになった時期も、それから会ってないところもパピヨンちゃんとトミさんと一緒。アタシは、彼女を追って東京に来たんだけど、どこにいるやら」
「そうなの? スミ子さんは、どこか遠くから来たの?」

 アイラインを塗ってもらう為に目を閉じた万里子にスミ子は静かに話し始めた。

「アタシは、青森から来たのヨ。本当は、高校卒業してからこっちに来るつもりだったんだけど、アタシ、こんなだから親に勘当されちゃって」

 目を開けた万里子の表情が曇る。スミ子はニコッと笑う。

「ごめんね、パピヨンちゃんの可愛いお顔を悲しそうにさせちゃったワ。心配しないで。これは覚悟していた事だし、今のアタシは自分らしく生きる道を選べた事が嬉しいのヨ」
「自分らしく?」
「そう。自分らしく、自分に嘘を吐かずに生きるって、アタシ達のような人間にとって、とっても大事なことなの。パピヨンちゃんと同じ混血児の親友が、アタシに勇気をくれたの。アタシの本当の姿を認めてくれて。だから、アタシは〝自分〟を持って生きていくの」

 スミ子は万里子の肩に掛けていたケープを外した。

「踊り子パピヨンちゃん、完成」

 鏡の中を覗き込んで微笑むスミ子に万里子も美しい笑みを返した。

 綺麗な子だな、とスミ子は改めて思う。どこか美しさに加えミステリアスな雰囲気も相まって、見つめられた男は虜になるんじゃなかろうか。

 何故こんなところに、という言葉は禁句だ。

 彼女の人生など分からない。大事な親友は今、どこでどうしているのだろうか。ここにいなくてホッとしている自分がいる。

 不安と安堵と、親友に似た女性に対する情。綯い交ぜになる感情を胸にしまい、スミ子は語りかける。

「ごめんね、アタシ、自分の身の上ばっかりベラベラ喋って。きっと、親友が恋しくなっちゃったのネ。今度、パピヨンちゃんのお話も聞かせてね。あ、もちろん、話せる事だけ。無理にとは言わないから」

 万里子はクスッと肩を竦めた。

「スミ子さんはやっぱり優しいの」
「え?」
「あたし、スミ子さんにならなんでも話しちゃいそう」
「アラ、そう? ウフッ、アタシは口が固いから心配いらないわヨ~」

 アハハと万里子が笑う。笑顔を見てスミ子は気付いた。

 この子、こんな色気を纏っているけれど、素の姿はもっと愛らしく可愛いのかもしれない。

「スミ子さん」

 真っ直ぐに向けられた万里子の視線をスミ子は受ける。

「あたしも、自分らしく生きられる道を探して頑張るね」

 あら、とスミ子は嬉しそうな顔をした。思いの外、響いていたのか。素直な子だった。

「こんなアタシだけど、微力ながら応援するわヨ」
「ありがとう、嬉しい」

 蝶をモチーフにした色とりどりのスパンコールを付けた衣装で鏡の前に立った万里子は踊り子パピヨンになっていた。



 目まぐるしく回る妖しいライトの中で舞うパピヨンは、初舞台からまだふた月しか経っていないというのに、観客を瞬く間に虜にさせる。

 照明室から万里子の舞いと観客の興奮を眺める徹也の心は晴れない。

 自分は、大切な女性を二人もこんな場所に送り込んでしまったんだ。人気が出る事は、皮肉以外の何者でもない。

「百合子はともかく、マリーは自分で一番の踊り子になるって宣言したんだろ。アイツは、色々と見がいがあるぜ」

 巽がいつの間にか側に立っていた。しかも、徹也の心の内を覗いたかのような言葉を吐く。

「見がいって何だよ」

 吐き出す徹也に巽は煙草を咥えながらクックと笑った。

「お前は甘いんだよ、昔から。そんなだからいつまで経ってもドサ回りの踊り子引っ張ってくるのは俺の仕事になっちまう」

 主に二人の仕事の分担としては、巽が外回りで徹也が中の仕事になっていた。

「そのうち、規制が厳しくなって今まではギリギリで出来た人身売買紛いの商売はできなくなる。これからは興行屋と手を組んでやっていく。〝凌ぎ〟も入ってくるからよ。お前も覚悟しておけ」

 徹也は、煙草の煙と共に照明室を出て行った巽の残像を追った。

 巽は既に、片足を突っ込んでいる。徹也は誓う。

 俺は、そんな沼には嵌らない。彼女達は、俺が守る。

 ステージに目をやると、ショーはクライマックスを迎えていた。

 長い手足でしなやかに舞い、抜けるような白い肌がライトが映える。美しさもさることながら、脱ぐ時に見せる表情は、客の興奮をマックスまで盛り立てた。

 中でも、イった時に見せるような表情が、男達を釘付けにする。

 触れたい一心で手を伸ばす男達は、パピヨンがデベソという張り出した舞台に来れば、衣装の隙間にチップの札を差し込んでいた。

 百合子の人気に追いつく勢いで万里子は駆け上がって行く。名の通り、蝶のように軽やかに。
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