25 / 64
星児の仕事
しおりを挟む
「私は今日バイトだからお昼は二人で食べてね」
みちるがフォークでサラダをつつきながら星児と保を見、言った。みちるは一年前から星児と保の知り合いが営む近所の喫茶店でアルバイトを始めていた。
「俺はコレ食ったら出掛ける。今日は店回って顔出さねーと」
お店……、とみちるは心の中で呟いていた。
四年前、みちるがが流れ着き拾われたあの、夜の街こそ、星児の〝仕事場〟だった。
「景気はどうだ」
みちるのトーストにバターを塗ってやりながら、保は星児に聞く。
「ダメだな」
星児の顔が険しくなった。
「去年の年始めの暴落にかなりのヤツがやられたんだろう。見た目で分かるくらい客は減った。ポツポツ店を畳むヤツも出て来ている」
「今までが異常だったんだよ。あの高騰好景気は狂っていたとしか思えない。俺らはあのピークに下手な事を始めなかっただけでラッキーだった」
一年前の二月、後にバブル景気と称される事となる異常な好景気が終焉を迎えた。急激に冷え込んだ日本経済はこれから出口の見えない氷河期に突入しようとしていた。
保は、バターを塗り終えたトーストをみちるの皿に置いた。「ジャムは?」と優しく聞かれ、みちるは「だいじょうぶ」と応えた。
トーストをかじりながら二人の顔を交互に見た。難しい話はよく分からないが、二人が仕事の話を始めた時は大人しく側で聞いてきた。
ある程度の大人となり、みちるにも星児の仕事、彼が持つ〝店〟がどんなものか、が薄々は分かるようになった。
星児は都内に10店舗程のヘルスとソープ、そして大きなストリップ劇場を1つ持つ。ホスト時代の人脈と資金を持って景気の波に乗り、自身の〝腕〟を使ってここまで登り詰めた、いわゆる性風俗業界での敏腕経営者だった。
しかし、星児にとってみれば、全ては、たった一つの目的の為。現状はあくまでも通過点でしかない。
「水商売ってのは、文字通り、水物だからな。これまでは自らの力の持てる限りで女を取り込んできたが、ここから先はバックが女だけじゃだめだ。表向きは〝カタギ〟として名の通る、デカイのを掴んでみせる」
「そのうち、俺も一緒になるからさ」
コーヒーを飲みながら朝日が漏れる窓の外へ目を向けた保に、星児は静かに「いや、まだ」と応える。
「不景気の世の中で頭抜けて稼げるのは真っ当なヤツじゃない。悪いヤツなんだよ。善人は生きるので精一杯だ。お前にはまだ今の場所でやってもらいたい事もあるからな」
星児の低い声にみちるは思い出した言葉があった。
『俺は闇に生きてる人間なんだよ』
十八歳になったみちるに、星児が言ったのだ。まるで、〝だからこれ以上自分には近づくな〟と線を引かれたようにみちるは感じた。
何を持ってして〝闇〟というのか。定義は?
マグカップ片手に保と難しい話を続ける星児を、みちるは見つめた。
毎日、こうして近くにいるのに。どうしてこんなに遠く感じるのだろう。
「みちる」
保の優しい声に、みちるはハッと顔を上げた。
「バイトは夕方には終わるだろ? 久々に外で一緒にメシ食おう」
「うんっ」
表情がパッと明るくなったみちるが頷く。保は少し眩しそうに目を細めていた。
みちるがフォークでサラダをつつきながら星児と保を見、言った。みちるは一年前から星児と保の知り合いが営む近所の喫茶店でアルバイトを始めていた。
「俺はコレ食ったら出掛ける。今日は店回って顔出さねーと」
お店……、とみちるは心の中で呟いていた。
四年前、みちるがが流れ着き拾われたあの、夜の街こそ、星児の〝仕事場〟だった。
「景気はどうだ」
みちるのトーストにバターを塗ってやりながら、保は星児に聞く。
「ダメだな」
星児の顔が険しくなった。
「去年の年始めの暴落にかなりのヤツがやられたんだろう。見た目で分かるくらい客は減った。ポツポツ店を畳むヤツも出て来ている」
「今までが異常だったんだよ。あの高騰好景気は狂っていたとしか思えない。俺らはあのピークに下手な事を始めなかっただけでラッキーだった」
一年前の二月、後にバブル景気と称される事となる異常な好景気が終焉を迎えた。急激に冷え込んだ日本経済はこれから出口の見えない氷河期に突入しようとしていた。
保は、バターを塗り終えたトーストをみちるの皿に置いた。「ジャムは?」と優しく聞かれ、みちるは「だいじょうぶ」と応えた。
トーストをかじりながら二人の顔を交互に見た。難しい話はよく分からないが、二人が仕事の話を始めた時は大人しく側で聞いてきた。
ある程度の大人となり、みちるにも星児の仕事、彼が持つ〝店〟がどんなものか、が薄々は分かるようになった。
星児は都内に10店舗程のヘルスとソープ、そして大きなストリップ劇場を1つ持つ。ホスト時代の人脈と資金を持って景気の波に乗り、自身の〝腕〟を使ってここまで登り詰めた、いわゆる性風俗業界での敏腕経営者だった。
しかし、星児にとってみれば、全ては、たった一つの目的の為。現状はあくまでも通過点でしかない。
「水商売ってのは、文字通り、水物だからな。これまでは自らの力の持てる限りで女を取り込んできたが、ここから先はバックが女だけじゃだめだ。表向きは〝カタギ〟として名の通る、デカイのを掴んでみせる」
「そのうち、俺も一緒になるからさ」
コーヒーを飲みながら朝日が漏れる窓の外へ目を向けた保に、星児は静かに「いや、まだ」と応える。
「不景気の世の中で頭抜けて稼げるのは真っ当なヤツじゃない。悪いヤツなんだよ。善人は生きるので精一杯だ。お前にはまだ今の場所でやってもらいたい事もあるからな」
星児の低い声にみちるは思い出した言葉があった。
『俺は闇に生きてる人間なんだよ』
十八歳になったみちるに、星児が言ったのだ。まるで、〝だからこれ以上自分には近づくな〟と線を引かれたようにみちるは感じた。
何を持ってして〝闇〟というのか。定義は?
マグカップ片手に保と難しい話を続ける星児を、みちるは見つめた。
毎日、こうして近くにいるのに。どうしてこんなに遠く感じるのだろう。
「みちる」
保の優しい声に、みちるはハッと顔を上げた。
「バイトは夕方には終わるだろ? 久々に外で一緒にメシ食おう」
「うんっ」
表情がパッと明るくなったみちるが頷く。保は少し眩しそうに目を細めていた。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ドSでキュートな後輩においしくいただかれちゃいました!?
春音優月
恋愛
いつも失敗ばかりの美優は、少し前まで同じ部署だった四つ年下のドSな後輩のことが苦手だった。いつも辛辣なことばかり言われるし、なんだか完璧過ぎて隙がないし、後輩なのに美優よりも早く出世しそうだったから。
しかし、そんなドSな後輩が美優の仕事を手伝うために自宅にくることになり、さらにはずっと好きだったと告白されて———。
美優は彼のことを恋愛対象として見たことは一度もなかったはずなのに、意外とキュートな一面のある後輩になんだか絆されてしまって……?
2021.08.13
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる