舞姫【前編】

友秋

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星児の仕事

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「私は今日バイトだからお昼は二人で食べてね」

  みちるがフォークでサラダをつつきながら星児と保を見、言った。みちるは一年前から星児と保の知り合いが営む近所の喫茶店でアルバイトを始めていた。

「俺はコレ食ったら出掛ける。今日は店回って顔出さねーと」

 お店……、とみちるは心の中で呟いていた。

 四年前、みちるがが流れ着き拾われたあの、夜の街こそ、星児の〝仕事場〟だった。

「景気はどうだ」

 みちるのトーストにバターを塗ってやりながら、保は星児に聞く。

「ダメだな」

 星児の顔が険しくなった。

「去年の年始めの暴落にかなりのヤツがやられたんだろう。見た目で分かるくらい客は減った。ポツポツ店を畳むヤツも出て来ている」
「今までが異常だったんだよ。あの高騰好景気は狂っていたとしか思えない。俺らはあのピークに下手な事を始めなかっただけでラッキーだった」

 一年前の二月、後にバブル景気と称される事となる異常な好景気が終焉を迎えた。急激に冷え込んだ日本経済はこれから出口の見えない氷河期に突入しようとしていた。

 保は、バターを塗り終えたトーストをみちるの皿に置いた。「ジャムは?」と優しく聞かれ、みちるは「だいじょうぶ」と応えた。

 トーストをかじりながら二人の顔を交互に見た。難しい話はよく分からないが、二人が仕事の話を始めた時は大人しく側で聞いてきた。

 ある程度の大人となり、みちるにも星児の仕事、彼が持つ〝店〟がどんなものか、が薄々は分かるようになった。

 星児は都内に10店舗程のヘルスとソープ、そして大きなストリップ劇場を1つ持つ。ホスト時代の人脈と資金を持って景気の波に乗り、自身の〝腕〟を使ってここまで登り詰めた、いわゆる性風俗業界での敏腕経営者だった。

 しかし、星児にとってみれば、全ては、たった一つの目的の為。現状はあくまでも通過点でしかない。

「水商売ってのは、文字通り、水物だからな。これまでは自らの力の持てる限りで女を取り込んできたが、ここから先はバックが女だけじゃだめだ。表向きは〝カタギ〟として名の通る、デカイのを掴んでみせる」
「そのうち、俺も一緒になるからさ」

 コーヒーを飲みながら朝日が漏れる窓の外へ目を向けた保に、星児は静かに「いや、まだ」と応える。

「不景気の世の中で頭抜けて稼げるのは真っ当なヤツじゃない。悪いヤツなんだよ。善人は生きるので精一杯だ。お前にはまだ今の場所でやってもらいたい事もあるからな」

 星児の低い声にみちるは思い出した言葉があった。

『俺は闇に生きてる人間なんだよ』

 十八歳になったみちるに、星児が言ったのだ。まるで、〝だからこれ以上自分には近づくな〟と線を引かれたようにみちるは感じた。

 何を持ってして〝闇〟というのか。定義は?

 マグカップ片手に保と難しい話を続ける星児を、みちるは見つめた。

 毎日、こうして近くにいるのに。どうしてこんなに遠く感じるのだろう。

「みちる」

 保の優しい声に、みちるはハッと顔を上げた。
  
「バイトは夕方には終わるだろ? 久々に外で一緒にメシ食おう」
「うんっ」

 表情がパッと明るくなったみちるが頷く。保は少し眩しそうに目を細めていた。


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