舞姫【前編】

友秋

文字の大きさ
上 下
6 / 64

『みちる、帰るぞ』

しおりを挟む
「こんな弁当であんなに喜ぶなんてな」
「ああ」

 仕出しの弁当箱を見ながらボソリと呟いた星児の言葉に、保が同意する。

 空になったそれは、ちゃんと蓋がされ、使った割り箸も袋に入れられた状態でテーブルの上にきちんと置かれていた。

 ソファで眠るみちるに、星児は自分のコートを掛けた。

 あの後、みちるはずっと事務所で2人の仕事が終わるのを待っていた。そんな彼女に、星児が弁当を頼んでやったのだ。

 手放しに喜んだみちるの姿は、本当にまだ15歳の少女だった。

 すっかり安心しきった無防備な、あどけない少女の寝顔。

「2日くらい何も食べてなかったらしい」

 少女を見ながら保が言った。

「着の身着のままで逃げ出したんだな」

 みちるの傍らに立っていた星児が彼女の顔にかかる髪をそっとかきあげた。

 髪の毛の下の額に微かな傷があった。

「……」

 背児は何も言わず髪を下ろし、優しく頭を撫でた。

「星児」

 保がソファに座ったまま口を開く。

「その子、みちるはホントに処女だと思うのか? ロリパブなんかで働いてたんだぞ」

「処女だよ。間違いねぇ」

 星児はみちるの顔を覗き込んだまま静かに答え、保に視線を移すとニッと笑った。

「だいたい見た目でわかるだろ」

 保はその言葉にムッとする。

「好きな女しか抱かない俺は、誰とでもヤるお前と違う。お前みたいに女の事なんかよく知らねーよ」

 スゲー言われようだ、とクククと笑った星児はデスクまで行きタバコを手に取った。箱から一本出してくわえると、ライターで火を点ける。

「女を〝商品〟として扱う商売してんだ。
ただヤりたいだけでヤってるわけじゃねぇよ」

 タバコの煙に目を細めながら、星児は吐き捨てるように呟いた。

 商品か。

 テーブルに拡げられた顔写真の付いた履歴書類に視線を落とした保は、小さくため息をついた。

「みちるに関しては」

 タバコの煙を吐きながら星児が話を続ける。

「確証みてーなもんもある」
「確証?」
「ああ。源さんとこで働いてたって事だ」

 〝源さん〟というのは、この街では少し名の知れたロリコン変態オヤジだ。

「源さんとこで働いてたから?」

 保は、意味が分からない、という顔をする。

「源さんは確かに変態だけどな。本当に心底女のコが大好きなだけなんだよ。あのオッサンにしてみれば女のコは大事な大事なお人形みてーなもんでさ。その〝大事なお人形〟には手を出すなんてもっての外、売春させるなんてのは論外なんだよ」

 性癖なんて人それぞれだ、と星児はタバコをくわえながら笑った。

「まあ、アソコで働いてたって、カネが欲しいヤツとかは勝手に躰売ったりしてたみたいだけどな。でもよ、コイツ、みちるは出来なかったんだろ。売春できるような器用さとかがありゃ、財布空っぽでボロボロになるまで街をさ迷っていたりしねーだろうよ」

 自分達と重ね合わせたのか。

 心中でそっと呟いた保は静かに寝息を立てるみちるに目をやった。

 白い肌。長い睫毛。さくらんぼのような唇。改めて少女を見た保だったが、スッと目を逸らした。

 なんでこんな子供に。

 目を逸らした自分に驚き、戸惑った。保の中に、何かの予感が掠めて行った。

「お前はロリコンじゃねーよな」

 星児のその言葉にカチンときた保はあからさまに不快な顔をしてみせた。

「お前、いつかどっかで刺されろ」

 投げつけられたその言葉に、星児はタバコを指に挟んだままケケケッと笑った。

 心底可笑しそうに笑う星児からフンッと顔を背けた保はテーブルの上からタバコを取った。

 箱から一本取り出しくわえた保はカチカチとライターの火を点ける。その様子から、彼の苛立ちが見てとれた。

 何に、イラついているのか。星児の不躾な言葉か。それとも――。

 保を見ながら星児は心の中で呟いた。

 お前じゃなくても思ってるさ。確実に〝上玉〟だよ。

 タバコの煙越しに見える、眠るみちるの姿に錯綜する想いは保とは違った。

 星児は考える。

 利用できるかどうか。その為には足元掬われないよう慎重に。

「保。みちるの事、念のためちょっと調べてみてくれ。捜索願とか出ていれば厄介だ」

 分かったよ、と未だむくれそっぽを向いたままの保を尻目に星児は煙を吐き出した。

 みちるに目をやり、考える。

 まだ15のガキだ。まともな親なら。

 そう。〝まともな親〟ならな。

 星児はタバコを灰皿に押し付け揉み消し、みちるに目をやった。

「みちる、起きろ。帰るぞ」





 その人の声は、甘く、色っぽく。みちるの心に痺れるような余韻を残す。

「どこに?」

 ソファでゆっくりと身体を起こし、恐る恐る尋ねるみちるに星児は優しく笑いかけ、答えた。

「俺達の家だ」

〝俺達の〟?

「もちろん、お前もだぞ」

 私も?

「保、車出して来てくれ」
「りょーかい」

 保は立ち上がりながらタバコをテーブルの上の灰皿に押し付けた。緊張しているのか戸惑うような困惑顔のみちるの頭をクシャッと撫でる。

「俺達は取って喰いやしないから、安心していい」

 軽く覗き込んだみちるの顔が、保と目が合った時微かに緩んだ。

 ほんの少し茶色を帯びたような柔らかな瞳の、大きな二重瞼の保の目は星児の涼しげなそれとは違う。

 保に柔らかに見入られて、みちるは素直に「はい」と返事をしていた。

 トクントクン、とみちるの中に生まれた鼓動は初めてのもの。

「よし、いい子だ」

 保は笑いながらみちるの頭をもうひと撫ですると車のキーをポケットから取り、出ていった。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...