この夏をキミと【完結】

友秋

文字の大きさ
上 下
42 / 42

ナツノキセキ

しおりを挟む
 十月になり、気づけば季節は秋を迎えていた。秋季大会が始まった為、運動部が試合に出かけ、グラウンドが静かになる日があった。

 誰もいない野球部のグラウンドに、三年の元レギュラー五人組が集まっていた。

「あの~、俺たち受験生なんスけど~」
「グローブ持ってグラウンド集合ってなんだよ」
「俺、これから予備校だし」
「まあまあ、何だかんだ言って、みんなちゃんとグラブ持って集まってるじゃん」

 ぶーぶーと次々に文句を言う権田、倉元、室橋を貴史が笑いながらなだめた。彼らはみんな、キャプテン篤の招集礼に文句を言いつつも集まってきたのだった。全員グローブ片手にジャージ姿だ。集まる条件は、グラブ持参、だけだったはずなのだが。

 何が始まるかは言われてないが、篤の考えていることは簡単に予測はついた。

 四人の姿を見た篤は満足そうに言った。

「よーしっ、始めるぞ――!」
「何をだよっ!」
「ばーか、決まってんだろ! グラブ持ってサッカーするか? 野球だよ、試合だよ!」

 一同、はあ!? と聞き返す。

「五人でか!?」
「じゅーぶん。俺ピッチャーなー」

 さっさとマウンドに向かおうとする篤を慌てて権田が追う。

「ちょっと待てー!」

 室橋がため息交じりに呟いた。

「あと二か月くらい落ち込んでてくれりゃよかった」
「なんか言ったかー?」
「なんも言ってねーよっ!」



 三階の教室の窓から、野球部のグラウンドが見えた。当然、そこで繰り広げられているまるでコントのような篤たち五人の〝野球ゲーム〟が見渡せる。

「楽しそうだねー」

 夏菜子と真美は窓辺で頬杖を突いてグラウウドを見つめていた。わーわー言いながらやっている彼らの楽し気な雰囲気がここまで伝わってくる。夏菜子は「うん」と笑いながら頷いた。

 爽やかで心地よい秋の風が、夏菜子の髪をふわりと揺らした。今が一番いい季節だ。遠く見える連山の尾根が赤く色づくのが微かに見えていた。

「結局さー」

 隣で真美がため息交じりに話し出した。

「夏菜子は、鈍感男の緒方をこうして遠くから眺めるだけで高校生活を終えるのかしら。もう受験生だし、進展は難しいのかなあ」

 夏菜子は頬杖を外して顔を上げ、真美を見た。

 どうしよう、話そうか。夏菜子の顔に迷いの色が差した。

「うーん、そう、だねぇ……」

 妙な言葉の詰まらせ方をした夏菜子に、真美は敏感に反応した。身体を起こして夏菜子の方を向いた。

「あれ? ちょっとー、夏菜子、私に何か話してないことあるんじゃないの?」

 詰め寄られ、夏菜子は困った顔をした。

「あ、あのね……」

 言いかけて、夏菜子は口を噤んだ。

 やっぱり、やめよう。

「なんでもない」

 真美は、えー! と声を上げた。

「気になるじゃないの! もしかして、緒方と何かあった?」

 ニッと笑う真美に、夏菜子の頬が真っ赤に染まった。

「あーっ! やっぱりだ! 話しなさい! この真美サマに話しなさい!」

 肩を掴まれ揺すられて、夏菜子は笑った。

「ごめん、まみサマー、今度ちゃんと話すからー」

 えーっ、と残念がる真美に、夏菜子は「ごめん」と顔の前で手を合わせた。

「今度、ちゃんと話してよ」

 軽くむくれる真美に頷き、また二人で並んで窓からグランドを見た。

 ちょうど、ピッチャーをやっていた篤が倉元にホームランを打たれていたところだった。がっくりとする篤に、仲間たちが笑っていた。夏菜子も真美と一緒に笑った。

 私は、無心に白球を追う篤を好きになった。そんな篤を見ているだけでいいと思った。でも最近、ほんの少しだけ、欲張りになった。

『夏菜子、今度これ、一緒に観に行こう。受験勉強の合間でいいからさ』

 数日前、夕焼け空の下ではにかみながら、グイッと差し出した映画のチケット。ハリウッドのアクションものだった。

 白球と、仲間しか映っていなかったその目の端でいいから、私を映して。

 夏の終わりにきっと少しだけほんの僅かに、距離が縮まったのかもしれない。夏菜子は思う。

 ちょっとだけ、期待してもいい?

 一緒に、大人になろうよ。

 一緒に、キセキを描いていこうよ。この夏のような。

「ゆっくりで、いいんだから」

 聞こえるか聞こえないかの声で呟いた夏菜子の顔を、真美は見た。そして静かに言った。

「いいんじゃない?」

 グラウンドからは相変わらず陽気で元気な声が聞こえていた。

Fin.
しおりを挟む
感想 6

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(6件)

うさぎ
2018.04.09 うさぎ

準決勝、嫌な予感はしましたけど、やっぱり負けてしまったんですね(^_^;)
でも勝つことが全てじゃないし、負けたからこそ社会人野球って選択肢が出て、進路が決まるんですもんね~。人生なんてわからないですよね(о´∀`о)
篤と夏菜子ちゃん、良かったです d(⌒ー⌒)!

読んだ後の率直な感想は
『甘酸っぱいなぁ(///ω///)♪』です。
若いっていいですね(笑)。大人になると色々考え過ぎちゃうので。

そうそう、篤のことも最後辺りには結構お気に入りになりましたよ(o^-^o)

友秋
2018.04.09 友秋

うさぎさん、最後までありがとうございました!
初めて書いた思い入れのある作品をうさぎさんに読んでいただけて感想までいただけて、これ以上ない幸せを感じてます(*^^*)
とにかく眩しい男の子を書いてみたいな、という気持ちで書いた作品だったこと、思い出しました。
自分にとって色々な意味で初心に帰る作品を丁寧に読んでくださって本当にありがとうございました!(*^▽^*)

解除
うさぎ
2018.04.05 うさぎ

そうなんですね、良かった~(*´ー`*)

今まで、このサイトでいろんな小説を読ませて頂く中で、作品やエピソード自体にケチというか文句や不満の感想が投稿されてるのを見ていたので、ともあきさんの作品にそんなことされるのが嫌だったんです。(^_^;)

ホント、差し出がましくてスミマセンでした。
<(_ _*)>

でも『氷点』、ともあきさんもお気に入りだったんですね!
うちも高校時代にハマってました(*^_^*)
久しぶりに思い出したので、また読んでみたくなりました~(o^-^o)

友秋
2018.04.05 友秋

お気遣い嬉しいです。
ありがとうございます(*´∇`*)
私自身も気を付けないとです。
うさぎさんには、ちゃんと丁寧に書かなきゃ!と気持ちを引き締めさせていただきました。
本当に感謝ですm(_ _)m

*氷点は、私も高校時代に読みました(*^^*)

解除
うさぎ
2018.04.05 うさぎ

今思い出したので、こちらに書くのはどうなのか、とも思ったのですが…。

『Rhapsody~』の美羽の卒業式の答辞が白紙だった、って出来事ですが、三浦綾子氏の『氷点』と同じだ!!Σ( ̄□ ̄;)と思って。

ともあきさんが、それを知った上でのエピソードならうちは構わないんですけど、知らないで書いてしまったのに『盗作』なんて指摘されたら嫌なので、一応…。
カブって全然OKなら安心ですが、ちょっと心配になったので(^_^;)

『Rhapsody~』もお気に入りなので、ケチはつけられたくなかったもので(;´д`)
差し出がましくて、スミマセン<(_ _*)>

友秋
2018.04.05 友秋

ご指摘、ありがとうございますm(_ _)m
そうなんです、大好きな作品でかなり影響受けて書いたものでした。
プロ意識が強い書き手ならしない事なのですが、あくまで趣味の範囲を出ない書き手なので似たような展開をなぞってしまいました。
多分、煮詰まったのもその辺りにあるかな、と思います(ノД`)
もし、改めて書くときはちゃんと練り直して書こうと思います!
うさぎさん、本当にありがとうございます!
指摘してくださる方はなかなかいないので、とても嬉しいです。
また気になった事があれば教えてくださいm(_ _)m

解除

あなたにおすすめの小説

ephemeral house -エフェメラルハウス-

れあちあ
恋愛
あの夏、私はあなたに出会って時はそのまま止まったまま。 あの夏、あなたに会えたおかげで平凡な人生が変わり始めた。 あの夏、君に会えたおかげでおれは本当の優しさを学んだ。 次の夏も、おれみんなで花火やりたいな。 人にはみんな知られたくない過去がある それを癒してくれるのは 1番知られたくないはずの存在なのかもしれない

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

かれん

青木ぬかり
ミステリー
 「これ……いったい何が目的なの?」  18歳の女の子が大学の危機に立ち向かう物語です。 ※とても長いため、本編とは別に前半のあらすじ「忙しい人のためのかれん」を公開してますので、ぜひ。

ボッチによるクラスの姫討伐作戦

イカタコ
ライト文芸
 本田拓人は、転校した学校へ登校した初日に謎のクラスメイト・五十鈴明日香に呼び出される。  「私がクラスの頂点に立つための協力をしてほしい」  明日香が敵視していた豊田姫乃は、クラス内カーストトップの女子で、誰も彼女に逆らうことができない状況となっていた。  転校してきたばかりの拓人にとって、そんな提案を呑めるわけもなく断ろうとするものの、明日香による主人公の知られたくない秘密を暴露すると脅され、仕方なく協力することとなる。  明日香と行動を共にすることになった拓人を見た姫乃は、自分側に取り込もうとするも拓人に断られ、敵視するようになる。  2人の間で板挟みになる拓人は、果たして平穏な学校生活を送ることができるのだろうか?  そして、明日香の目的は遂げられるのだろうか。  ボッチによるクラスの姫討伐作戦が始まる。

Black Day Black Days

かの翔吾
ライト文芸
 日々積み重ねられる日常。他の誰かから見れば何でもない日常。  何でもない日常の中にも小さな山や谷はある。  濱崎凛から始まる、何でもない一日を少しずつ切り取っただけの、六つの連作短編。  五人の高校生と一人の教師の細やかな苦悩を、青春と言う言葉だけでは片付けたくない。  ミステリー好きの作者が何気なく綴り始めたこの物語の行方は、未だ作者にも見えていません。    

oldies ~僕たちの時間[とき]

ライト文芸
「オマエ、すっげえつまんなそーにピアノ弾くのな」  …それをヤツに言われた時から。  僕の中で、何かが変わっていったのかもしれない――。    竹内俊彦、中学生。 “ヤツら”と出逢い、本当の“音楽”というものを知る。   [当作品は、少し懐かしい時代(1980~90年代頃?)を背景とした青春モノとなっております。現代にはそぐわない表現などもあると思われますので、苦手な方はご注意ください。]

僕とコウ

三原みぱぱ
ライト文芸
大学時代の友人のコウとの思い出を大学入学から卒業、それからを僕の目線で語ろうと思う。 毎日が楽しかったあの頃を振り返る。 悲しいこともあったけどすべてが輝いていたように思える。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。