この夏をキミと【完結】

友秋

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決戦7

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 その後は、篤の巧みなリードで貴史が緩急織り交ぜたピッチングを展開し、野手陣のファインプレーもあり、三者凡退でこの回を終えた。

 三回の表、打順は篤からだった。ベンチ前でバットを振る篤に監督の木戸が声を掛けた。

「ま、思い切りいけや」

 篤は、フィールドを見つめ、腕組したまま動かない木戸を見、バットの重りを外しながら、相変わらず簡単な指示しかしないんだな、と苦笑いした。裏を返せば、それだけ信頼している、という事でもあることは篤も重々承知していた。

「思い切り、行ってきます」

 頷く監督の顔を確認して、篤はバッターボックスへと向かった。



「さっきはどうも」

 バッターボックスに入った篤の言葉に、片膝突く北田がマスクの奥でニヤッと笑ったのが見て取れた。

「きっちり返させてもらうぜ」

 バットを空に向けて持ち、グッと伸びをしながら言った篤に北田はクッと笑った。

「やれるもんならな」

 フン、と篤は地面をならし始めた。立つ位置を決め、マウンドを睨み、バットを回しながら打つべき球を考える。

 自分は狙い球を絞るタイプだがこれは最初の打席だ。動画で何度もチェックはしたが、実際に打席に立ってみないことには絞る球は決められない。

 ともかく、数球粘って、このバッテリーの配給の癖を読む!

 主審の声が掛かり、マウンド上のピッチャー五味がセットポジションに入った。神経を研ぎ澄ます篤は、リリースの時にほんの僅かに腕が下がったのを見逃さなかった。見送ると、ボールとなった。

 木戸が話していた通り、五味は本調子ではない。キレはさほど良くない。その上にストライクが入りにくくなっている為変化球は釣り玉としている、と篤は判断した。

 しかし、そこは名門校のエース。ストライクに入らなくともベース上で変化する為、大抵の者は振ってしまう。そこで篤は絞り玉を考えた。

 球威の無いストレートだ! バットを握り直した篤は、もう一球見逃した。

「選球眼、ってわけでもなさそうだな」

 主審の「ボールッ」という声を聞いて、北田が呟いていたが、篤にはもう何も聞こえなくなっていた。スタンドの声も聞こえない。ただ、見つめる先はマウンドにいる投手のみ。投手が放つ白球のみ。

 少しでも長く〝ここ〟にいる為に、篤は粘る。カットして粘り、フルカウントまで持ち込んだ。そして、篤の目にリリースポイントの高い腕の振りが映った。

 ストレートだ! イチかバチか。自分の読みが正しければ、この振りで会心の当たりになる。

 篤は思い切りバットを振り抜いた。

 張り詰めていた緊張で止まっていた時流空間を引き裂くような快音がフィールドに響き渡った。

 真っ青な夏空に白球が描く弧がぐんぐん伸びる。スタンドから吹いた風に押し戻されることなく力強く飛んで行った打球は、レフトスタンドに飛び込んで行った。

 バットを投げて走り出していた篤は雄たけびと共に拳を挙げた。スタンドが沸き、スコアボードに〝1〟という数字が表示された。



「やった! やったやったやった」
「わかったわかった、落ち着いて、かな」

 座っていられず立ち上がって何度も何度も跳ねる夏菜子は、完全に舞い上がっており、止めなければこのままスタンド下まで転がっていきかねない、と誠は腕を掴んだ。

「落ち着いて、ほら」

 とりあえず座らせたが、まだ夏菜子は興奮冷めやらぬ状態でピョンピョン飛び跳ねていた。

「まこ、みた!? みたみたみた!?」
「見た見た」

 一緒に観戦しているんだから観ていないわけがないだろう、と心中で突っ込みながら誠は苦笑いした。

 篤がうらやましいよ。泣き出さんばかりの初恋の女性を見て複雑な想いを抱えて誠はそっとため息を吐いていた。

 しかしこの夏菜子が、どんな涙を流すことになるのかは、この時は誠にも想像は出来なかった。

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