この夏をキミと【完結】

友秋

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 夏休みに入っても、校舎内は部活や補習があったり、と生徒の賑やかな声があふれていた。ブラスバンド部が練習する管楽器の合奏も聴こえた。

 視聴覚室は多少の防音設備を備えている為か、外の喧騒はあまり聞こえてこなかった。

「篤、オーバーヒートしてショートした回線は復旧したか?」

 室橋寛太がキヒヒと笑いながら後ろから話しかけてきた。

「ショートした回線……か」

 上手いことを言う、と篤は苦笑いした。

「八割方かな。あんなに勉強したのは生まれて初めてかもしれねぇ。二、三本回線繋ぎ間違えてっかもしれん」
「篤、赤点無しだったんだってね。僕、何かおごってもらおっかなー」

 少し遅れてやって来た貴史が篤の隣に座り、会話に入る。

「わりーな。俺、喉元過ぎたら全部忘れるタチなんだわ」
「ぎゃー! さいてー!」
「準備できたから始めるぞー」

 視聴覚室のコントロールルームにいた木戸の声がマイクを通して室内に響き渡った。

 二日後に迫った準々決勝の、対戦相手校の試合を観る為に部員達は視聴覚室に集まっていた。

 篤にはどうしても観ておきたい選手がいた。

 北田譲(じょう)。一年生の秋季大会で対戦した相手校に、同じ一年生ながら五番に座る‘ヤツ’がいた。

 ベンチ入りしてはいたが代打で出番を待つ自分と、甲子園常連の常勝校の五番――篤の目は最初から最後まで、彼に釘付けだった。

 適時二塁打を含む五打数四安打。一年生とは思えぬ圧倒的な存在感を放っていた。

 ゾクゾクした。それは、武者震い。コイツと同じ土俵で戦える選手になりたい! あの日、篤はそう決意したのだ。

 去年の夏、あと一つ勝てば当たるはずだった。あの時……あの打席で……自らの手で逃してしまったのだ……

 あれから、北田は高校通算50本塁打を放ち、今なお量産し続ける超高校級スラッガーへと成長していた。



 ビデオは二年生部員が一生懸命撮影してきたもので、バックネット裏に近いベストポジションから観戦できた。

 北田の打席。しっかりと表情までみてとれそうなくらいズームになる。監督よりも恐い緒方先輩の為に撮影した二年生が気を利かせたらしかった。

 ビデオからでも伝わるその威圧感、オーラ。背が高くガタイがよく、明らかに当たればスタンド、という立ち姿。とても他の選手達と同じ高校生とは思えなかった。

 左バッターボックスで構えた彼は、ピッチャーが球を放った瞬間一呼吸置いたように見えた――次の瞬間。乾いた金属音と共に白球はレフトスタンドに飛び込んでいった。

「あんな飛距離の球、流す必要があんのか?」
「引っ張りすぎない為なんじゃね?」

 諦めモードに近い、投げやりな会話がどこからともなく聞こえてきたが。

「スゲー! スゲーよ!」

 篤が叫ぶ。ほとんど雄叫びに近い。思わず立ち上がっていた。

――そうだよ、これだ! これだよ! 俺はコイツと戦いたかったんだ!

 両拳に力がこもる。

「篤、とりあえず座って」

 隣の貴史に言われて我に返り、篤は座った。それでも全身の血が煮えたぎるような興奮が冷めない。

――早く戦いてーよ!

 同じポジション、同じ打順。それも篤の闘志を掻き立てた。握った拳が血流を圧迫し、腕は紅潮し血管が浮き上がる。そんな篤を見て、貴史はクスリと笑った。

「とりあえず、この一番から四番。長短打ち分け、苦手コース、球種は見当たらん」

 木戸がビデオを観ながら説明を始めた。

「北田の前にランナーは貯めたくないしな」

 後方の座席に座り、解説をしながら頭を掻いた。考え込むと頭を掻く癖があるらしかった。

「ただな……こっちには良いデータもあるわけよ」

 木戸は続ける。

「エースの調子が上がってないな」

 部員達は、春の選抜で活躍し一躍有名になっていたエースの五味大悟のピッチングに注目した。それは、上手く打ち取ってはいるが明らかに逃げのピッチング。

「逃げてるなー。あれはリードのせいか?」
「いやそれだけじゃないな……」

 それぞれが思う意見を述べ始めた。

「リードとキャッチングは確実に篤の方が上だよ」

 ずっと黙って観ていた貴史がポツリと言った。視線は画面から動かない。篤はチラッと貴史を見る。

「それじゃあ……バッテリーはうちの方が上だな」
「うちの一番から三番だって捨てたもんじゃねーぜ。忘れんなよ」

 後ろから室橋の声がした。振り向くと、日に焼けた顔に白い歯を見せ、ニッと笑う顔。

「わかってるさ」

 篤は再び画面を睨む。

――そうだ。俺たちの夏はここでは終わらない。

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