この夏をキミと【完結】

友秋

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力をくれるもの2

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 進路指導室の引き戸を開けた篤は、失礼します、と頭を下げた。

「おう、健闘を祈ってるぞ」

 木戸の言葉を聞き、はい、と答えた篤は指導室の戸を閉めた。

 篤が廊下に目を向けると、窓を背に貴史が立っていた。曇天の合間から漏れる陽射しがまるで後光のようだった。

「お疲れさん」

 その後光に爽やかさを際立たせて微笑む貴史を篤は眩しげに見上げた。

「なんだ、待っていてくれたのかよ」
「うん。これを篤に渡そうと思ってね」

 貴史は篤にルーズリーフの束を三つ手渡した。それぞれの表紙には丁寧な字で数Ⅲ、物理、現代文、と書いてあった。

 パラパラとノートをめくった篤は驚いた。ホチキスで綴じられたルーズリーフのそれぞれの一ページ一ページには、きめ細かな字がびっしりと並んでいた。貴史が作った予想問題とその答え、その回答には細かく分かりやすい解説まで書いてあり、ところどころには蛍光ペンでアンダーラインまで引いてあった。

 これはもう、特別誂えの参考書、だ。言葉を失い、ノートを見入る篤に貴史は明るく笑った。

「僕が、試験のヤマを張るの得意なの、知ってるよね」

 事も無げに貴史は言ったが、彼は篤とはクラスが違い、試験科目も微妙に違う筈。篤は目を丸くして貴史を見た。
自身の勉強は?

「ちょっと待てよ、お前自分のテストは」

 篤はノートを手に、込み上げるものをグッとこらえて言った。貴史は肩を竦めてみせた。

「運よくこの教科の先生達、僕、去年習ったからさ。先生達の試験問題のくせ、分かっているからどんな問題出すか、だいたい分かるんだ」

 そう話した貴史がいたずらっぽく笑った。

「僕は、篤と違って試験期間に慌てて勉強とかしないし。それよりなにより篤の成績がこれ以上下がってリードに悪影響及ぼす方が困るからね」
「なんだ、その厭味は。それに俺の成績がこれ以上ってなんだ」

 振り切れかかっていた心の感動バロメーターの針が一気にマイナス方向へ戻って行った。軽く剥れた顔をしてみせた篤に貴史は爽やかな笑顔を返した。

「とりあえずあと二日、死ぬ気でやりなよ、篤。しっかりやってスッキリと最後の大会に挑もうよ!」

 爽やかで厭味のない貴史の笑顔に気圧されたように篤は、ああ、と頷いた。それを見、貴史は安心したように

「じゃあ僕は優香を玄関で待たせているからいくね」

 彼女を待たせていた事をサラリと言い貴史は手を振り、去って行った。
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