この夏をキミと【完結】

友秋

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家族の中の軋轢3

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 ダイニングに入ると、カウンターキッチンの向こうに夕飯の準備をする母の姿が見えた。

 最近は篤の顔を見れば小言ばかりの奈緒。キッチンに入り冷蔵庫から飲み物を取り出した篤は出来るだけ素早くここを退散しようとドアに向かった。しかし、ノブに手を掛けた瞬間、奈緒に呼び止められた。

「ちょっと待ちなさい」

 奈緒は手を止め、カウンター越しに声をかけた。

「ねえ、進路希望調査、あったっていうじゃないの。母さんそんな話ちっとも聞いてないんだけど」
「ああ、あったかもな」

 はじまった――篤は心の中で舌打ちした。

「昼間池袋で貴史君のお母さんにばったり会って、初めて聞いたのよ。貴史君があんたを追っかけて同じ高校に入った時からずっとだけど、今日改めてまた沢山嫌味言われたわ。恥ずかしいったら……」
「うるせーなー。今はそれどころじゃない、っていつも言ってるだろ」

 くどくどと話し始めた奈緒の言葉を遮るように篤は吐き捨てた。

「じゃあ、いつになったらそれどころの´それ´を考える訳?」
「この大会が終わったらだよ!」

 お互いの声が徐々に大きくなり、言い争いの様相を呈してきた。

「あなたはまだ進学か就職か、すら決めていないらしいじゃないの! あなたはね、忍や誠とは違うのよ!」

 感情的になった母の言葉に、篤の中にあった感情の均衡を保つ何かがブチンと音を立てて切れた。

「心配すんなよ! 俺は叔父さん達のように、じいさんの会社に入れてくれ、とか言わねーからよ!」
「なんて言い方するのよ! 篤!」

 奈緒の言葉を最後まで聞かずに篤は外に飛び出した。


 気付けば中庭で素振りをしていた。楽しい事があった時も、辛い時も悔しい時も、自分の感情を解き放ってくれるのは、野球だけ。

 本当に野球バカだ。篤は自分自身にホトホト呆れた。

「また母さんと喧嘩したか?」

 背後からの声に振り向くと、ちょうど仕事から帰った背広姿の父が立っていた。

 父、和也はエラの張った大きめの四角い顔が低めの背をより低く見せ、男前で背が高く貫禄のある祖父、大介とは違い、貧弱だった。篤は、兄弟の中で一番父似だった。

「ほっとけよ」

 篤はそんな父に一瞥をくれただけで素振りを再開した。

「怒りまかせにバット振るとフォーム崩すぞ」

 篤がバットを振り切った体勢で固まった。メガネがずり落ちる。

「せっかくの今日の好調を維持する為にもバッティングセンターにでもいくか?」

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