愛の言葉を添えて

友秋

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「曲はもう決まっているのですか?」

 玲の甘い響きを持つ声はやはり硬いままだ。

 マズいなぁ、と思いながらもくるみは答える。

「シューマンの〝ミルテの花〟全曲です」

 ヒュゥッと零下の風が流れて来た、ような気がした。

 しまった、と思った時はもう遅い。

 嘆息(っぽいもの)が聞こえた。

 ロベルト・シューマン作曲の歌曲集【ミルテの花】。

 この歌曲集は、シューマンがクララとの結婚を認められた喜びと幸福をまとめた歌曲集であり、ミルテの花冠を添えてクララに贈られた。

 つまりは、シューマンからクララへの深い深い愛情が綴られた歌曲集なのだ。

 そうですか、という一見感慨深げな声が聞こえてきた。

「あの曲集を、新婚の咲希にオファーしたわけですね」

 柔らかで静かな声だったが、何処となく寂しげで胸が詰まった。

 あああ、マズった。何故、私の口から……。

 くるみは改めて咲希の天然を呪う。

 話しておいてよぉ。

 怒ってると思ったけれど、悲しんでいるのかもしれない。

 溺愛されてる人の天然は罪だ、とくるみは思った。

「と、とりあえず、全てが事後承諾になんてならないように、咲希さんと話し合うのが大事です! 咲希さんは万事あんな調子で、決して隠したりしている訳じゃなくて、本物の天然なんです」

 何もかもを分かってらっしゃるような本物の大人に、私のようなヒヨっ子が何を喋っているのだろう。

 話せば話すほどドツボにハマる事が分かり、生意気すみません、と言葉を締めた。

 耳に、クスリという笑い声が滑らかに滑り込んだ。

「ありがとう、佐橋さん。お気持ち充分伝わってます。咲希は、素晴らしいマネージャーさんに感謝しなければいけない」

 玲が話せばどんな言葉も人の心に素直に響く。

「いえ、とんでもないです。私なんてまだまだ」

 謙遜しながらも、嬉しさが幸せな気持ちを連れてくる。

 うん、頑張ろう。

 くるみは心の中でガッツポーズをした。

「とりあえずは、この先はこちらで上手く調整取りながら進めていきますので、咲希さんにはちゃんと、都度確認します」
「よろしくお願いします」

 相変わらずの甘やかな声に思わず頬が緩ませつつ通話を終了させたくるみは手元のタブレットに触れた。

 何気なく触れた画面にニュースが流れて来た。

 不穏な気配を感じさせるニュースだった。

 中国か。そう言えば、春節が近い。日本に来ちゃったりしないよね。

 ヒタヒタと忍び寄る黒い影が、あっという間に世界を呑み込む事になろうとは。
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