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「では、今回の話は佐橋さんが持って来られたのではなく、先方から咲希に〝熱烈な〟オファーがあった、という事ですね」
「はい、そうなんです」
大手レコード会社のクラシック部門で営業、マネジメントを担当する佐橋くるみはスマートフォンを耳に当て苦笑いする。
相手は、くるみがマネジメントを担当するピアニスト、春樹咲希の夫、手塚玲だ。
手塚さん、もしかして怒ってらっしゃる?
「咲希は、この件は即?」
「はい。何しろ、幼なじみだったとかでして……」
電話の向こうがツンドラ気候になった、多分。
「あ、あのですね」
うわぁ、めんどくさい事になりそうです、咲希さん!
〝咲希さん、大喜びでお受けしてました〟なんて口が裂けても言えない!
心の中で〝help!〟と叫びながら、くるみは今顔が見えない相手に愛想笑いを送る。
手塚玲は、誰もが見惚れる美貌の敏腕弁護士だ。
仕事ぶりは沈着冷静。容赦しないやり口は有名で、泣く子も黙る法廷の魔王、とまで言われてるとか。
血も涙もない冷血とまで言われた辣腕弁護士さんも、奥様にはメロメロなんですね。
嫉妬だ、嫉妬ですよ、これは。
耳に当てるスマートフォンの向こうで吹き荒れているであろう氷点下の嵐を想像しながら、深呼吸して聞く。
「咲希さんから、どういった感じの説明がありましたか?」
微かに笑う気配があった。
超ド級の育ちの良さ。物腰柔らかく、仕事を離れてしまえば、本当に優しい、誰もが認める人格者。
その手塚玲さんが、凍りつかせるような笑いを漏らしてる。
くるみは背筋を伸ばした。
「相変わらずですよ、咲希は。少しも悪びれる様子も無く、満面の笑みで僕に報告してくれました」
スマートフォンを持ち、見るものを震え上がらせる美しい笑みを浮かべる玲が容易に想像出来た。
「幼なじみが今世紀最高のテノールと謳われるまでになった、共演できる日が来るなんて夢のよう」
抑揚が柔らかい。これは恐らく咲希の言葉そのまま。真似をしている。
笑うべきか、黙るべきか、どっち?
「あははは……」
人間、追い詰められると笑ってしまうらしい。
くるみは唇をヒクヒクさせながら笑っていた。
咲希さん、ヤバイですって!
手塚さんが、怒ってます!
「はい、そうなんです」
大手レコード会社のクラシック部門で営業、マネジメントを担当する佐橋くるみはスマートフォンを耳に当て苦笑いする。
相手は、くるみがマネジメントを担当するピアニスト、春樹咲希の夫、手塚玲だ。
手塚さん、もしかして怒ってらっしゃる?
「咲希は、この件は即?」
「はい。何しろ、幼なじみだったとかでして……」
電話の向こうがツンドラ気候になった、多分。
「あ、あのですね」
うわぁ、めんどくさい事になりそうです、咲希さん!
〝咲希さん、大喜びでお受けしてました〟なんて口が裂けても言えない!
心の中で〝help!〟と叫びながら、くるみは今顔が見えない相手に愛想笑いを送る。
手塚玲は、誰もが見惚れる美貌の敏腕弁護士だ。
仕事ぶりは沈着冷静。容赦しないやり口は有名で、泣く子も黙る法廷の魔王、とまで言われてるとか。
血も涙もない冷血とまで言われた辣腕弁護士さんも、奥様にはメロメロなんですね。
嫉妬だ、嫉妬ですよ、これは。
耳に当てるスマートフォンの向こうで吹き荒れているであろう氷点下の嵐を想像しながら、深呼吸して聞く。
「咲希さんから、どういった感じの説明がありましたか?」
微かに笑う気配があった。
超ド級の育ちの良さ。物腰柔らかく、仕事を離れてしまえば、本当に優しい、誰もが認める人格者。
その手塚玲さんが、凍りつかせるような笑いを漏らしてる。
くるみは背筋を伸ばした。
「相変わらずですよ、咲希は。少しも悪びれる様子も無く、満面の笑みで僕に報告してくれました」
スマートフォンを持ち、見るものを震え上がらせる美しい笑みを浮かべる玲が容易に想像出来た。
「幼なじみが今世紀最高のテノールと謳われるまでになった、共演できる日が来るなんて夢のよう」
抑揚が柔らかい。これは恐らく咲希の言葉そのまま。真似をしている。
笑うべきか、黙るべきか、どっち?
「あははは……」
人間、追い詰められると笑ってしまうらしい。
くるみは唇をヒクヒクさせながら笑っていた。
咲希さん、ヤバイですって!
手塚さんが、怒ってます!
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