舞姫【中編】

友秋

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発覚2

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「要するに、俺達の知らねーとこで最恐最悪のタッグが組まれてたっつー訳だ」

 佐々木が帰った応接室で、星児は窓の外を見ながらクククと笑い出した。

「ほんっとーに、最恐のタッグだよ」

 保は、あり得ねーと手で顔を覆った。

「モノは取りようだぜ。いいじゃねぇか、潰してぇモンが一つになったんだ。手間が省けたぜ」

 羨ましいくらいポジティブだぜ。

 ため息混じりに保は内心で呟いていた。

「とにかく、潰される前に潰さねーと」


†††

「社長、おはようございます」

 社員達や秘書達の挨拶に、津田武は歩みを止める事なく軽く頭を下げる。

 TUD総合警備の自社ビル最上階。武は秘書課の部屋を通り、奥に位置する社長室へ入って行った。

 デスクに着いた椅子に腰を下ろすと武は、机上に置かれている経済雑誌を手にした。今朝発刊の物を、秘書が置いていったのだ。

 パラリと開いた武はあるページでその表情が固まった。

 〝経済界の若きリーダー〟という見出しがついた記事。良く知る男の顔写真と共に掲載されていた。

 兵藤! よくも、いけしゃあしゃあと!

 武は奥歯を噛んだ。

 あのイチカ安保は絶対に欲しかったのだ! それを、この若造が! 私に宣戦布告など百万年早い!

 田崎は何をしている! と苛立たしげに雑誌を閉じた武はそれを乱暴にゴミ箱に捨てた。

 その時、ドアがノックされ外から秘書の一人が声をかけた。

「社長、奥様からお電話です。2番でお取りください」

 由美子から?

 訝しがりながらもデスクの電話の受話器を取り、ボタンを押した。

「アナタ、お仕事中にお電話などいれて申し訳ありませんけど、武明の事で問題が起こりましたの。今晩はお早めにお帰りくださいまし」

 口を差し挟む隙も与ず一方的に話し電話を切った妻の由美子に、武は半ば呆れながら受話器を置いた。

 武明の事?

 武は長男の姿を思い浮かべたが、普段から親子関係など希薄でロクに会話もしていなかった息子に起きた問題など、心当たりが有りようもなかった。



 
「武明がストリッパーと付き合っている?」

 家に戻った武は、リビングに入るなり妻の由美子にまくし立てられ眉をひそめた。

 一人がけのソファーに座る武明は、ひじ掛けに肘を置き頬杖をつき、足を組んで座っている。

 明らかにふて腐れた態度を取っており、父が戻ったにも関わらず顔すら上げない。母との間に相当な応酬があった事が見て取れた。

「あんなに張り切っていた留学を延期する、なんて言い出したおかしいと思って調べたら」
「母さん、恥を知りなよ。興信所なんて息子に対して使うものじゃない」

 物腰の柔らかな普段の武明からは想像も出来ない険しさだった。武は心中で舌打ちする。

 武明は、弟の武弘と違い、何の波風も立てずここまで来た。

 義父である恵三がもっとも気に入る孫だ。従順な息子を意のままに操れば、津田グループ全てを手中に納める事も可能、そう目論んで来たのだ。

 それが、ストリッパーと交際など!

 ソファーに腰を下ろした武が眉根を寄せ、苦々しい表情で黙ったままである事に痺れを切らせた由美子は、武明を諭すように話し出した。

「恥ずかしいのは貴方よ、武明。津田家の跡取りがなんてこと……。ストリッパーなんて汚らわしい! 武明は騙されてるのよ。財産目当てに決まってるじゃないの」

 そっぽを向いたままだった武明が、立ち上がり声を上げた。

「みちるは、彼女はそんな子じゃない!」

 みちる……?

 顔を上げた武は目を見開き、武明を見た。

「武明、そのストリッパーは、どこの劇場にいる?」

 名を呼ばれ、何を言われるかと構えた武明だったが、父の意外なひと言に面喰らった。

「そんな事、聞いてどうするんですか、父さん」
「父親ならそのくらいは聞く権利があるだろう」

 背筋が凍る程の迫力を持つ父の目に睨まれ、武明は警戒し黙り込んだ。そんな武明に代わり、由美子が答えた。

「アナタ、香蘭劇場という劇場らしくてよ」

 由美子の表情は、口にするのも汚らわしい、というものだったが、武はそんな事は気にとめなかった。

 香蘭だと!

 一瞬ほくそ笑んだ不気味な父の表情を、武明は見逃さなかった。

 父さん?

「由美子、この事はお義父さんの耳には入っているのか」

 由美子は、とんでもない、と首を振る。

「こんな事、お父様に知られたら大変よ!」

 武は密かに胸を撫で下ろし、言った。

「由美子、少し席を外してくれ。武明と話しをする」

 人違いでなければ、そのストリッパーは、津田みちるだ。

 どうせ、いずれ田崎に始末させる女だ。今すぐに別れさせる必要はあるまい。





 武明は、自室のロッキングチェアに座り、手を頭の後ろで組み、空を睨んだまま暫く動かなかった。十数分前の父の言葉を反芻する。

『武明、私はすぐに別れろ、とは言わない』

 こちらを油断させるようなセリフの裏には必ず何かがある事など、武明はすぐに読める。黙ったまま、父の次に続く言葉を待った。

 父の言葉は意外なものだった。

『そのストリッパーは、私のかたきである男の娘だ』

 武明の表情が歪んだ。

『父さんの、敵……?』

 意味が分からなかった。武明は改めて、自分が彼女の事を何一つ知らない事を思い知らされる。

 愕然とする武明に、父は尚も続けた。

『彼女は、この津田家を根底から揺るがしかねない秘密を今持っている可能性があるんだ。
武明、今すぐに別れろとは言わない。
だが、別れないのなら、探れ。
彼女が肌身離さず身につけているような、何かがある筈だ。
いいな、武明。
津田家の命運が掛かっているんだぞ』

 やはりそれか。

 武明は内心で吐き捨てた。

 もう沢山だ。

 どうせなら、今まで犯した自らの悪事、捕まるくらいのヘマをしてやればよかった。そうすればこの父親は義父に叱られ、妻に見捨てられ、全てを失っていたかもしれない。

 そうだ、僕はそうやってこの父親をどうにかしてやろうと思っていたんだ!

 そこまで考えて武明は、いや駄目だ、と頭をふった。

 そんなくだらない事で捕まりでもしたら、みちるに会えなくなってしまう!

 激しい鼓動を抑え武明は拳を握りしめた。武はニヤリと笑う。

『津田家に波乱を巻き起こしたくはなかろう? お前は、津田家の当主になる男なのだからな』

〝自分は津田家の当主となる男〟

 父は、津田グループ総裁・津田恵三の内孫として生まれ、その命運と重責とを背負う事を当然として育てられた自分には、この言葉が一番効くと思っているのだろう。

 僕を甘くみるな。

 立ち上がった武明は、壁の時計を見た。

 今夜は会う約束はしていなかったけど、君に会いたい。

 会って君に確かめたい事がある!

 武明は身を翻し、机の上にあった愛車のキーを握りしめ部屋を飛び出した。

†††
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