舞姫【中編】

友秋

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惑う

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 TUD総合警備株式会社の本社ビルは丸ノ内線赤坂見附駅から数分の場所に本社ビルを構える。

 最上階に位置する、南向きの一角を広くとった社長室で執務をこなしていた津田武の元に、ベテラン秘書がA3版の茶封筒を届けた。

「社長、以前ご依頼されたものでございます」

 顔を上げた津田は「ああ」と受け取ったが不機嫌そうに言った。

「随分時間が掛かったじゃないか」
「申し訳ありません。何せ対象のお方のガードが非常に固かったものですから。ありとあらゆる人脈を駆使してやっとという事でございます」
「そうか」

 津田は秘書の言葉に少なからず納得したように頷いた。

「下がって良い」

 秘書は「失礼いたしました」と頭を下げ出ていった。

 秘書がドアの向こうに消えるのを確認した津田は封筒を開け、中身を出した。

 中からは分厚い書類に写真が数枚添付されていた。

 御幸右京に関する調査報告書類だった。

 写真は〝津田みちる〟を隠し撮りしたものが数枚と、その他にも男の写真があった。

 津田、みちる!

 御幸右京、何故今更あんな名前を出して来たのかと思えば、東京にいたのか!

 書類を捲る津田の目が止まった。瞬きも忘れたように2人の男の写真と報告が書かれたページを凝視する

 津田はおもむろにデスクにある電話を取りボタンを押した。数回の呼び出し音の後に相手が出る。

「ああ、私だ。津田だ。ちょっと相談したい事が出来た。ああ、依頼と思っていい」

 じゃあ待っている、と話し電話を切った津田は書類をバサッとデスクに投げるように置くと、その傍にあった木彫りのケースから葉巻を1本取り出した。

 シガーカッターで先を切り落とし、咥えるとライターで炙り火を点ける。

 目を細めながらゆっくりと吸い、吐き出した煙を津田は眺めていた。

 御幸右京の身辺を洗ってみただけでこんなに面白いものが出てくるとはな。

 机上の書類に目をやった津田はゆっくりとそれを捲りながらクックと笑い出した。

 一年くらい前にうちに来て兵藤の息子と名乗ったあの若造。何処に消えたかと思いきや、剣崎の息子まで釣れるとはな。

 葉巻をくわえ、薫る煙に目を細めながら尚も笑い続ける。

 コイツらが何を知っているか、なんていうのはどうでもいい。ただ、俺の過去に関わるもの、〝汚点〟と言えるものは全て消してやる。

 津田は葉巻を咥えたまま書類の1ページ目に映る女性、みちるを見ていた。

 艶やかな黒髪に、見る者を惹き付けて止まないであろう二重瞼の大きな目。

 そっくりだな……。

 フッと湧いた郷愁に似た感情を即座に掻き消した津田は書類の束をまとめてグッと掴み、デスクの引き出しに乱暴にしまった。


†††

「みちる……」
「保さん、起こしちゃった? ごめんね」
「いや、眠ってはいなかった」

 このところ、みちるの方が帰りが遅い。

 保は、ベッドにそっと、スルリと入って来たみちるを抱き締めた。石鹸とシャンプーの優しい香りがした。

 今夜は星児はいない。

 星児と保、どちらかがいない時は、みちるを抱かない。

 それが星児と保の間に言葉にはせずとも交わされた暗黙の了解、約束だった。

 暗闇の中でそっと唇を重ねた。

 ゆっくりと優しく舌を絡めた保にみちるが応える。抱き締めた躰がピクンと小さく震えた。

 みちる、聞いてもいいか?

 その一言が言えなかった。保の中で苦闘が始まる。

 俺は〝みちる、好きなヤツが出来たのか?〟なんて聞けねーよ。

 みちるの躰を抱く保の腕に、微かに力が加わった。

「ん、たもつさん?」

 腕の中でみちるが悶える感触があったが、抱き締める力は緩むどころか、より一層強くなった。

 みちる、君の心が他の男に奪われるなんて。

 俺は、どうしたらいいんだろうな。
 俺は、みちるに何か言える立場にはないんだ。

 目を固く閉じた保は苦悶の表情を浮かべる。しかしそれは、暗闇に紛れみちるには見えないだろう。

「なんか、情けねーな、俺」
「え……?」

 小さく呟いた保の言葉にみちるが反応する。保はフッと笑ってみせた。

「なんでもない、独り言」

 保は再びみちると唇を重ねた。

 保さん、私は。

 みちるの中に生まれた微かな迷いは背徳感か。

 この肌を拒む事は出来なくて、忘れる事も否定する事も出来ないの。

 だって、私の身体の一部だから。

 締め付ける感覚がみちるの胸を覆う。

 ごめんなさい。

 無意識に心の中に湧き、浮かび上がった言葉にみちるは戸惑った。

 誰に? 誰に対して?

 保さん、助けて。私は、悪い子です。

 みちるは、潰れそうな胸の痛みにギュッと目を瞑り保にしがみついていた。




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