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路地
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新宿駅から靖国通りを渡って程なく、歓楽街の入口が口を開けて待っている。
みちるは、つば広ハットを目深に被り辺りを伺いながら街の奥へ入って行った。
コマ劇場の少し先、ちょっと奥まったところに星児のハコはあった。この街にあるストリップ劇場では3番目くらいの規模だと、みちるは保から聞いていた。
派手な電飾看板に飾られた表口を、みちるはドキドキしながら物陰から見つめた。
誰か、出てくるかな。
少しして、関係者が表からは出入りしない事を思い出した。それ以上にマズい事も。
あ、ちょっと待って。私馬鹿だ!
表口前から離れようとした時だった。
「みちるちゃん⁈」
「え、みちるちゃん? どこどこ?」
道の向こう側から誰かが呼んだ。ちょうど踊り子達の出勤時間だったのだ。
裏口に直接車を付ける踊り子もいるが、若手の大半は、みちるが今通って来た方角から歩いて来る。
どうしよう、絶対に見つかるわけにいかないのに!
振り向けず、かと言って走り出せず、焦っているみちるの腕を何者かが掴んだ。
「ひぁっ⁉︎」
「みちるちゃん、こっちに」
路地裏に身体が引き込まれて全身鳥肌が立った。
「だ、ーー」
叫ぼうとして、口を塞がれ、一瞬で勝手な行動を取った後悔が脳内を駆け巡る。
もうダメ、と思ったが、「ごめん」という優しく制する声が耳から入り込んでみちるは目を見開いた。
「みちるちゃん、手荒な事してごめん。でも今は静かに」
この声!
腰を抱く腕も、口を塞いでいた手も、あの時のものとは違って優しかった。
「あれ、いない。みちるちゃーん?」
表通りから声が聞こえる。
「ホントにみちるちゃんだった~?」
「幻覚じゃないの?」
「おっかしいな。絶対いたよ、この辺りに」
「いる筈ないよ~。だって麗子さんが言ってたんだから」
「そうかなぁ、おっかしいな~」
薄暗い路地裏から、よく知る賑やかな女の子達の姿が見え、通り過ぎて行った。
腕と手が緩み、みちるは開放され、ゆっくりと振り返る。
「武明さん……」
表通りからの薄明かりが差し込む路地裏。
武明はイタズラっぽく笑って人差し指を口の前に立て、静かにのジェスチャーをした。
「ひとまず、ここから退散しようか」
「え」
手を握られる。
少し冷たくて、しなやかで、心地よい手だった。
「た、武明さん!」
「こっち」
みちるの手を取った武明は、表通りには出ず路地の奥へと走り出した。
迷路のような路地裏を武明は迷う事なく縫って走る。時折「あら、武明ちゃん」という女性の声がし、軽く手を挙げ応える余裕もあった。
何故?
武明さんは、何者なの?
15、6分くらい走ると、伊勢丹デパートの脇に出た。
「ここまで来たら大丈夫」
ハアハアと息を切らすみちるに対し、武明は少し呼吸を整えるだけだった。
「た、武明、さん。あなた、どうして」
この、カオスなワンダーランドと言っでも良い町をまるでホームグラウンドのように。
武明は肩を竦め笑った。
「僕は、あまり〝いい子〟じゃないから」
まるでいたずら好きな少年のような笑みにみちるは胸を掴まれた。同時に、不穏な予感が胸を過ぎる。
あの街を良く知る人?
まさか、武明さんは。
「君のこと、知ってた」
みちるは、つば広ハットを目深に被り辺りを伺いながら街の奥へ入って行った。
コマ劇場の少し先、ちょっと奥まったところに星児のハコはあった。この街にあるストリップ劇場では3番目くらいの規模だと、みちるは保から聞いていた。
派手な電飾看板に飾られた表口を、みちるはドキドキしながら物陰から見つめた。
誰か、出てくるかな。
少しして、関係者が表からは出入りしない事を思い出した。それ以上にマズい事も。
あ、ちょっと待って。私馬鹿だ!
表口前から離れようとした時だった。
「みちるちゃん⁈」
「え、みちるちゃん? どこどこ?」
道の向こう側から誰かが呼んだ。ちょうど踊り子達の出勤時間だったのだ。
裏口に直接車を付ける踊り子もいるが、若手の大半は、みちるが今通って来た方角から歩いて来る。
どうしよう、絶対に見つかるわけにいかないのに!
振り向けず、かと言って走り出せず、焦っているみちるの腕を何者かが掴んだ。
「ひぁっ⁉︎」
「みちるちゃん、こっちに」
路地裏に身体が引き込まれて全身鳥肌が立った。
「だ、ーー」
叫ぼうとして、口を塞がれ、一瞬で勝手な行動を取った後悔が脳内を駆け巡る。
もうダメ、と思ったが、「ごめん」という優しく制する声が耳から入り込んでみちるは目を見開いた。
「みちるちゃん、手荒な事してごめん。でも今は静かに」
この声!
腰を抱く腕も、口を塞いでいた手も、あの時のものとは違って優しかった。
「あれ、いない。みちるちゃーん?」
表通りから声が聞こえる。
「ホントにみちるちゃんだった~?」
「幻覚じゃないの?」
「おっかしいな。絶対いたよ、この辺りに」
「いる筈ないよ~。だって麗子さんが言ってたんだから」
「そうかなぁ、おっかしいな~」
薄暗い路地裏から、よく知る賑やかな女の子達の姿が見え、通り過ぎて行った。
腕と手が緩み、みちるは開放され、ゆっくりと振り返る。
「武明さん……」
表通りからの薄明かりが差し込む路地裏。
武明はイタズラっぽく笑って人差し指を口の前に立て、静かにのジェスチャーをした。
「ひとまず、ここから退散しようか」
「え」
手を握られる。
少し冷たくて、しなやかで、心地よい手だった。
「た、武明さん!」
「こっち」
みちるの手を取った武明は、表通りには出ず路地の奥へと走り出した。
迷路のような路地裏を武明は迷う事なく縫って走る。時折「あら、武明ちゃん」という女性の声がし、軽く手を挙げ応える余裕もあった。
何故?
武明さんは、何者なの?
15、6分くらい走ると、伊勢丹デパートの脇に出た。
「ここまで来たら大丈夫」
ハアハアと息を切らすみちるに対し、武明は少し呼吸を整えるだけだった。
「た、武明、さん。あなた、どうして」
この、カオスなワンダーランドと言っでも良い町をまるでホームグラウンドのように。
武明は肩を竦め笑った。
「僕は、あまり〝いい子〟じゃないから」
まるでいたずら好きな少年のような笑みにみちるは胸を掴まれた。同時に、不穏な予感が胸を過ぎる。
あの街を良く知る人?
まさか、武明さんは。
「君のこと、知ってた」
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