舞姫【中編】

深智

文字の大きさ
19 / 57

情報

しおりを挟む
「柏木、悪いな、忙しいのに色々調べさせちまった」
「いや、いいよ別にさ。俺は東大じゃないから相当なコネがないと、どんなにガツガツやったって局長以上なんて行けねーし」
「まだ諦めるのは早いんじゃねえの?」

 事務所を2人で空けるのは避けたい星児に酷使されてきた保が、久しぶりに貰った休み。赤坂見附駅近くのカフェまで出向いていた。

 ファーの襟が付いたラフな皮ジャンに、細身のビンテージジーンズスタイルの保に対し、友人は明らかにエリートサラリーマンといったスーツ姿だ。

 保とは大学の同期である友人・柏木は、現在経産省の官僚だった。

 持つべきものは、エリートの友人だ。
 
 早く社会に出て働きたい、と言っていた保に星児は、「お前は必ず大学を出ろ。それも一流大学だ」と諭した。

 こういう事か。

 星児の言葉の意味を特に実感する場面が最近増えた。

 さすがに東大は無理だったが、私学の雄として名が通る大学は出た。それが今、人脈という形で功を奏している。

「それよりお前、こんな名前何処から引っ張り出して来たんだよ」

 軽食として頼んだホットドッグがテーブルに運ばれてくると、それにかぶり付く柏木が書類の入ったB5サイズの茶封筒を保に渡した。保はそれを受け取りながら答える。

「ちょっと知り合い絡みでね。そんな重要じゃねーんだけど早く知りたかったからさ」

 大嘘だ。これが重要じゃない筈はない。

 実のところ、あの、亀岡からの情報を、保は星児に報告していない。

〝郡司武とみちるの父親・津田恵太との間にあった接点と、確執〟。

 開店準備に追われる星児に今はまだ、と思っているうちに話しそびれてそのままだったのだ。

「もう20年以上も前にうちにいた役人じゃないか」

 柏木はそう言うと、ホットドッグ片手にコーヒーを啜りながら書類を指差す。

「ああ、だから調べても分からないかと思ってた」

 保は一口サンドイッチをかじり、封筒から書類を出した。

「それがさ、資料室にうちの役所の生き字引みたいなオジサンがいてさ」

 ホットドッグを完食した柏木は、タバコを1本取り出しくわえた。
 
「省内で言えば、まぁ負け組の部類なんだろうけど。何でも知ってるからある意味重宝されてんのかな」

 なるほど、と保はコーヒーカップを手に取り口をつけ〝調査報告書類〟に目を通し始めた。書類を指差し柏木が言う。

「悪いけどな、あそこにあった資料に大したモノはない。そこには役所の動きだけだ。やっぱり興味深いモノは〝生き証人〟に限るな。
なんかさ、探偵業って俺向いてるかも。
天下りなんか期待しないでそっちにかけるか」

 本気とも冗談ともつかない柏木の言葉に保はハハハと困った顔で笑うしかなかった。

 20年前の通称産業省。保は書類を斜め読みして行く。

 特に知りたいのは、化学工場の立地、建設、操業に関係していそうな局の動きだ。沿革書類を見ればだいたい分かる。

 パラパラと捲り読んでいた保の目が止まった。

 津田恵太の名前があったのだ。

 保の目が瞬きも忘れる。

 これだ、この事件だ!

「お前から聞いた郡司武ってのさ、資料室のオジサンの話ではかなりやり手で政治家とのパイプも太くてさ、悪どい事だいぶしてたんじゃないか、って」

「ああ、そうだろうな」

 保は片手にコーヒーカップを持ち、テーブルに置いた状態で目を落としている書類を凝視したまま答えた。

 柏木はくわえたタバコを外し煙を吐き出しながら続ける。

「その男には謎が多くてさ、事務次官のポストも確約されてたのに、通産省をスパッと退職しちまったって。
事務次官なんて、俺らにしてみりゃ喉から手が出るくらい欲しいポストなのになぁ」

 保は、その話には適当に相槌を打った。

 あの男にしてみりゃ、事務次官なんていうポストより、津田グループの次期総裁の地位の方が魅力的だったって訳か。

 そりゃそうだ。

 一省庁の役人のトップより、日本経済の屋台骨を形成していると言っても過言ではない巨大グループのトップの方が遥かに〝力〟がある。

 それより、これだ。

 保は1枚の資料を柏木に見せた。

 書かれていたのは、津田恵太が失脚する大きな要因となった工場誘致に関する不正融資事件だ。

「ここにある〝津田恵太〟っていう男の事件についてその資料室の〝番人〟とやらは何か話してなかったか?」

 差し出された書類に目を通した彼は、ああ! と言う。

「オジサンから聞いた一番興味深いネタの1つにこんなのがあったんだ」

 興味深いネタ?

「この、津田恵太っていう男と、郡司武の間にあった確執だよ」

 柏木はそこで一旦言葉を切り、カップを取るとグイッとコーヒーを飲み干した。

「これは当時でもあまり知られてなかったらしいけど、その2人の間にあったのは妬みと嫉妬と〝痴情の縺れもつれだ」

 痴情の縺れ?

 保は予想外なその一言に、固まった。

 郡司にとって津田恵太が妬み嫉みの相手であった事は想像に難くない。非嫡出子であろうと津田姓を名乗る正真正銘、津田恵三の血を引く息子なのだから。

 しかし、そこに痴情の縺れ?

 男女関係の何か、という事か?
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

診察室の午後<菜の花の丘編>その1

スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。 そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。 「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。 時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。 多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。 この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。 ※医学描写はすべて架空です。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...