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「柏木、悪いな、忙しいのに色々調べさせちまった」
「いや、いいよ別にさ。俺は東大じゃないから相当なコネがないと、どんなにガツガツやったって局長以上なんて行けねーし」
「まだ諦めるのは早いんじゃねえの?」
事務所を2人で空けるのは避けたい星児に酷使されてきた保が、久しぶりに貰った休み。赤坂見附駅近くのカフェまで出向いていた。
ファーの襟が付いたラフな皮ジャンに、細身のビンテージジーンズスタイルの保に対し、友人は明らかにエリートサラリーマンといったスーツ姿だ。
保とは大学の同期である友人・柏木は、現在経産省の官僚だった。
持つべきものは、エリートの友人だ。
早く社会に出て働きたい、と言っていた保に星児は、「お前は必ず大学を出ろ。それも一流大学だ」と諭した。
こういう事か。
星児の言葉の意味を特に実感する場面が最近増えた。
さすがに東大は無理だったが、私学の雄として名が通る大学は出た。それが今、人脈という形で功を奏している。
「それよりお前、こんな名前何処から引っ張り出して来たんだよ」
軽食として頼んだホットドッグがテーブルに運ばれてくると、それにかぶり付く柏木が書類の入ったB5サイズの茶封筒を保に渡した。保はそれを受け取りながら答える。
「ちょっと知り合い絡みでね。そんな重要じゃねーんだけど早く知りたかったからさ」
大嘘だ。これが重要じゃない筈はない。
実のところ、あの、亀岡からの情報を、保は星児に報告していない。
〝郡司武とみちるの父親・津田恵太との間にあった接点と、確執〟。
開店準備に追われる星児に今はまだ、と思っているうちに話しそびれてそのままだったのだ。
「もう20年以上も前にうちにいた役人じゃないか」
柏木はそう言うと、ホットドッグ片手にコーヒーを啜りながら書類を指差す。
「ああ、だから調べても分からないかと思ってた」
保は一口サンドイッチをかじり、封筒から書類を出した。
「それがさ、資料室にうちの役所の生き字引みたいなオジサンがいてさ」
ホットドッグを完食した柏木は、タバコを1本取り出しくわえた。
「省内で言えば、まぁ負け組の部類なんだろうけど。何でも知ってるからある意味重宝されてんのかな」
なるほど、と保はコーヒーカップを手に取り口をつけ〝調査報告書類〟に目を通し始めた。書類を指差し柏木が言う。
「悪いけどな、あそこにあった資料に大したモノはない。そこには役所の動きだけだ。やっぱり興味深いモノは〝生き証人〟に限るな。
なんかさ、探偵業って俺向いてるかも。
天下りなんか期待しないでそっちにかけるか」
本気とも冗談ともつかない柏木の言葉に保はハハハと困った顔で笑うしかなかった。
20年前の通称産業省。保は書類を斜め読みして行く。
特に知りたいのは、化学工場の立地、建設、操業に関係していそうな局の動きだ。沿革書類を見ればだいたい分かる。
パラパラと捲り読んでいた保の目が止まった。
津田恵太の名前があったのだ。
保の目が瞬きも忘れる。
これだ、この事件だ!
「お前から聞いた郡司武ってのさ、資料室のオジサンの話ではかなりやり手で政治家とのパイプも太くてさ、悪どい事だいぶしてたんじゃないか、って」
「ああ、そうだろうな」
保は片手にコーヒーカップを持ち、テーブルに置いた状態で目を落としている書類を凝視したまま答えた。
柏木はくわえたタバコを外し煙を吐き出しながら続ける。
「その男には謎が多くてさ、事務次官のポストも確約されてたのに、通産省をスパッと退職しちまったって。
事務次官なんて、俺らにしてみりゃ喉から手が出るくらい欲しいポストなのになぁ」
保は、その話には適当に相槌を打った。
あの男にしてみりゃ、事務次官なんていうポストより、津田グループの次期総裁の地位の方が魅力的だったって訳か。
そりゃそうだ。
一省庁の役人のトップより、日本経済の屋台骨を形成していると言っても過言ではない巨大グループのトップの方が遥かに〝力〟がある。
それより、これだ。
保は1枚の資料を柏木に見せた。
書かれていたのは、津田恵太が失脚する大きな要因となった工場誘致に関する不正融資事件だ。
「ここにある〝津田恵太〟っていう男の事件についてその資料室の〝番人〟とやらは何か話してなかったか?」
差し出された書類に目を通した彼は、ああ! と言う。
「オジサンから聞いた一番興味深いネタの1つにこんなのがあったんだ」
興味深いネタ?
「この、津田恵太っていう男と、郡司武の間にあった確執だよ」
柏木はそこで一旦言葉を切り、カップを取るとグイッとコーヒーを飲み干した。
「これは当時でもあまり知られてなかったらしいけど、その2人の間にあったのは妬みと嫉妬と〝痴情の縺れだ」
痴情の縺れ?
保は予想外なその一言に、固まった。
郡司にとって津田恵太が妬み嫉みの相手であった事は想像に難くない。非嫡出子であろうと津田姓を名乗る正真正銘、津田恵三の血を引く息子なのだから。
しかし、そこに痴情の縺れ?
男女関係の何か、という事か?
「いや、いいよ別にさ。俺は東大じゃないから相当なコネがないと、どんなにガツガツやったって局長以上なんて行けねーし」
「まだ諦めるのは早いんじゃねえの?」
事務所を2人で空けるのは避けたい星児に酷使されてきた保が、久しぶりに貰った休み。赤坂見附駅近くのカフェまで出向いていた。
ファーの襟が付いたラフな皮ジャンに、細身のビンテージジーンズスタイルの保に対し、友人は明らかにエリートサラリーマンといったスーツ姿だ。
保とは大学の同期である友人・柏木は、現在経産省の官僚だった。
持つべきものは、エリートの友人だ。
早く社会に出て働きたい、と言っていた保に星児は、「お前は必ず大学を出ろ。それも一流大学だ」と諭した。
こういう事か。
星児の言葉の意味を特に実感する場面が最近増えた。
さすがに東大は無理だったが、私学の雄として名が通る大学は出た。それが今、人脈という形で功を奏している。
「それよりお前、こんな名前何処から引っ張り出して来たんだよ」
軽食として頼んだホットドッグがテーブルに運ばれてくると、それにかぶり付く柏木が書類の入ったB5サイズの茶封筒を保に渡した。保はそれを受け取りながら答える。
「ちょっと知り合い絡みでね。そんな重要じゃねーんだけど早く知りたかったからさ」
大嘘だ。これが重要じゃない筈はない。
実のところ、あの、亀岡からの情報を、保は星児に報告していない。
〝郡司武とみちるの父親・津田恵太との間にあった接点と、確執〟。
開店準備に追われる星児に今はまだ、と思っているうちに話しそびれてそのままだったのだ。
「もう20年以上も前にうちにいた役人じゃないか」
柏木はそう言うと、ホットドッグ片手にコーヒーを啜りながら書類を指差す。
「ああ、だから調べても分からないかと思ってた」
保は一口サンドイッチをかじり、封筒から書類を出した。
「それがさ、資料室にうちの役所の生き字引みたいなオジサンがいてさ」
ホットドッグを完食した柏木は、タバコを1本取り出しくわえた。
「省内で言えば、まぁ負け組の部類なんだろうけど。何でも知ってるからある意味重宝されてんのかな」
なるほど、と保はコーヒーカップを手に取り口をつけ〝調査報告書類〟に目を通し始めた。書類を指差し柏木が言う。
「悪いけどな、あそこにあった資料に大したモノはない。そこには役所の動きだけだ。やっぱり興味深いモノは〝生き証人〟に限るな。
なんかさ、探偵業って俺向いてるかも。
天下りなんか期待しないでそっちにかけるか」
本気とも冗談ともつかない柏木の言葉に保はハハハと困った顔で笑うしかなかった。
20年前の通称産業省。保は書類を斜め読みして行く。
特に知りたいのは、化学工場の立地、建設、操業に関係していそうな局の動きだ。沿革書類を見ればだいたい分かる。
パラパラと捲り読んでいた保の目が止まった。
津田恵太の名前があったのだ。
保の目が瞬きも忘れる。
これだ、この事件だ!
「お前から聞いた郡司武ってのさ、資料室のオジサンの話ではかなりやり手で政治家とのパイプも太くてさ、悪どい事だいぶしてたんじゃないか、って」
「ああ、そうだろうな」
保は片手にコーヒーカップを持ち、テーブルに置いた状態で目を落としている書類を凝視したまま答えた。
柏木はくわえたタバコを外し煙を吐き出しながら続ける。
「その男には謎が多くてさ、事務次官のポストも確約されてたのに、通産省をスパッと退職しちまったって。
事務次官なんて、俺らにしてみりゃ喉から手が出るくらい欲しいポストなのになぁ」
保は、その話には適当に相槌を打った。
あの男にしてみりゃ、事務次官なんていうポストより、津田グループの次期総裁の地位の方が魅力的だったって訳か。
そりゃそうだ。
一省庁の役人のトップより、日本経済の屋台骨を形成していると言っても過言ではない巨大グループのトップの方が遥かに〝力〟がある。
それより、これだ。
保は1枚の資料を柏木に見せた。
書かれていたのは、津田恵太が失脚する大きな要因となった工場誘致に関する不正融資事件だ。
「ここにある〝津田恵太〟っていう男の事件についてその資料室の〝番人〟とやらは何か話してなかったか?」
差し出された書類に目を通した彼は、ああ! と言う。
「オジサンから聞いた一番興味深いネタの1つにこんなのがあったんだ」
興味深いネタ?
「この、津田恵太っていう男と、郡司武の間にあった確執だよ」
柏木はそこで一旦言葉を切り、カップを取るとグイッとコーヒーを飲み干した。
「これは当時でもあまり知られてなかったらしいけど、その2人の間にあったのは妬みと嫉妬と〝痴情の縺れだ」
痴情の縺れ?
保は予想外なその一言に、固まった。
郡司にとって津田恵太が妬み嫉みの相手であった事は想像に難くない。非嫡出子であろうと津田姓を名乗る正真正銘、津田恵三の血を引く息子なのだから。
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