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カルテ35 サプライズ2

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「まだ怒ってるんだ」
「怒ってないっ」
「怒ってるでしょ」

 緒方君がわたしの足元でクスクス笑っていた。

「そんなに力入れてたら、ちゃんと巻けないから。ほら力抜いて」

 緒方君は慣れた手つきで、わたしの湿布を貼った足首に包帯を巻いていた。

 新宿駅でくじいた足は、その時は分からなかったけれど、後になって腫れて熱を持って痛み出した。

 緒方君が直ぐに応急処置をしてくれたのだけど。

「いたた……」
「捻挫してる。少しキツめに包帯巻いて固定したから、しばらくは我慢だよ」
「はい」
「ケガ、させちゃったんだね、ごめん」

 緒方君は、包帯を巻き終わったわたしの足の甲に、そっとキスをしてくれた。

 緒方君の唇が触れた足先から、微弱電流が流れたように全身に軽い痺れが走る。

 唇が触れたのは足の先だけなのに。

「緒方君、ずるい……」

 わたし、すごく怒っているのに。

 堪らない愛しさが、その怒りを凌駕してしまうの。

 緒方君、わたしを足元から見上げてフワリと微笑んだ。

「ずるくはないと思うけど」
「じゃあ……キスしてよ」

 緒方君から視線を逸らして俯くと、顎に長い指が掛かって上を向かせられた。

「こっちを向いてくれないとできないよ」

 甘い声がわたしを包む。その後に、優しい口づけが待っていた。

 全身が痺れて、とろけてしまいそう。

 わたしは、緒方君の首に腕を絡めて抱き付いた。そのまま、二人でソファに倒れ込んだ。



 緒方君のマンションは、外から微かに漏れ聞こえる車の音と時計の音だけが時流を教えてくれる個空間だった。

 溶け合うようなキスをして、唇をゆっくりと離していった。

 わたしは緒方君の頬を両手で挟んで双眸を見つめた。

「あんな恰好でご両親にお会いする羽目になるなんて。ひどい」

 ケガまでしちゃって。

 あの逆サプライズは〝サプライズ〟の粋を通り越してもはや〝逆ドッキリ〟。

 軽く睨むわたしに緒方君「ごめんごめん」と申し訳なさそうな顔をする。

「うちの両親が、こんな機会を作ってくれた彼女にとにかく早く会わせて欲しい、って言い出してね。
本当に、一刻も早く君に会いたかったみたいで。
一度言い出したらきかないんだ、彼ら。
それで、遼太と話し合って、普通に呼び出したんじゃつまらないだろう、って遼太が」

 遼太が『俺、名演技だったろ?』と言ったしてやったりの小憎たらしい顔を思い出した。

「りょうた~」
「それに僕も乗った」
「もうっ」

 わたしが軽く緒方君を叩くと、その手を掴まれて、またキスをされた。

 やっぱり、緒方君はずるい。

 そう、あのロビーに緒方君と一緒にいた男性と婦人は紛れもなく、緒方君のご両親だった。

 見るからに優しそうなお父様と、ちょっぴり気が強そうだけど上品でお綺麗なお母様。

 緒方君の美貌は、お母様譲りだった。

 あの後、緒方君のご両親と遼太と会食をし、色んな話しをした。

 皆それぞれ車で来ていたから、ホテルでお別れをして、わたしは緒方君にそのまま連れられて、今ここにいるのだけど。

 お父様とお母様はわたしに、何度も何度も「ありがとう」と言ってくださって。

 お父様はとても涙脆い方だったようで泣き出す寸前だった。そんなお父様はお母様に小突かれていて――ちょっと笑ってしまった。

 緒方君とご両親とのやり取りを見ていて分かった事があった。

「わたしは、ただ機会を作っただけ。
そこからちゃんと手を取り合えたのは緒方君とご両親の通じ合える親子の情がしっかりとあったから」

 本当は、お互いに手を伸ばそうとして、躊躇っていただけ。背中を押す何かが必要だった。

「その機会が大事だったんだよ。それを、君が作ってくれたんだ」

 フワッと笑った緒方君を、わたしはちょっぴり恨めしい表情で見上げる。

「でも、あんな形でお会いする事になっちゃって……初対面なのに」

 言葉にすると改めて恨めしい感情が湧いてくる。

 とにかく、酷い恰好だった。

 かろうじてメイクはしていたけれど、あくまでも休日仕様で。

 髪だって一つに束ねただけで、その上、走ったせいでバサバサ状態。

 ほとんど部屋着に近いコットンワンピースに、ヒールのない、一瞬サンダル履きと見まがうミュール。

「思い出すと恥ずかしくて――」

 言いかけの言葉が、緒方君の唇で遮られた。

 ちょっぴり長めのキスをして、そっと唇が離れた。

 目と目を合わせたところでわたしの頬を両手で挟んだ緒方君がいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「じゃあ、僕も言わせてもらおう」

 え?

 緒方君がこの、意地悪っぽくも見える表情をする時は、ちょっとした小型爆弾程度の威力で衝撃を与えてくれる事、最近知った。

 ゴクン、と固唾呑んで構えるわたしに緒方君がニッコリと微笑んで言った、

「今日はね、僕も大事な計画を立てていたのに、思いもよらない君のサプライズに阻まれたんだ」
「だいじな、けいかく?」
「そう」

 緒方君、優しい笑みを見せた。

 どういう、こと?

 意味が分からずきょとんと見上げてしまったわたしの前に握りこぶしをかざした。

「あぶらかたぶら、なんてね」

 どこかで聞いたおまじないみたいな言葉を言って、照れくさそうな可愛い笑顔を見せた緒方君。

 わたしの胸が、ドキンと鳴った。

「おがた、くん?」

 まるで、マジシャンみたいな仕草で緒方君は握っていた拳を拡げた。

「あ!」

 緒方君の手のひらでキラリと何かが光った。

「お姫様、お手を」

 はにかむ笑顔と共に緒方君はわたしに手を差し伸べた。

 胸がぎゅっと握られたような感覚を覚えた。

 恐る恐る差し出したわたしの左手を緒方君はそっと取りーー、

 キラキラと光を反射するダイヤのリングをはめてくれた。

 ピンクダイヤの優しい光が綺麗なカットを見せていた。

「緒方くん……」
「よかった、ぴったりだったね」

 緒方君はわたしの手を優しく握る。真剣な瞳が、わたしを見つめていた。

 鼓動は心地よく加速する。

「菊乃」

 名を呼ぶ声だけでわたしを痺れさせるその声に、抱かれてわたしは「はい」と応えた。

 緒方君は一度目を閉じて、深呼吸をした。

 わたし達の間に流れる空気が緊張する。

 そして。

「僕と結婚してください」

 緒方君の声が、この空間を満たす空気に心地よい振動を与えた。

 これは、本日最大の、サプライズ――。






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