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カルテ26 直接対決?~玲vs誠編~
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ホテルのバーラウンジは静かなジャズが流れていた。
週末とあってカップルの姿が見られたが、カウンターの真ん中では〝女にフラれた〟男が二人、並んでグラスを傾けていた。
「菊乃が何故あんなに荒れていたか、君に見当はつくかな」
照明を受けて光り揺らめく琥珀色の液体を眺めながら、誠は玲の質問にクスリと笑って答えた。
「残念ながら、その場にいた人間ではないので」
誠の応えに玲は苦笑いと共にグラスに口を付けた。
菊乃は、二人の男のどちらも選ばずに帰って行った。ホテルのロビーに残された二人の男は互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。
「君とはいつかゆっくり話しをしてみたいと思っていたが、その機会がこんなにも早く訪れるとはね」
数日前に玲が誠を訪問した為顔見知りとなっていた二人は、ロビーから酒が呑めるバーラウンジへと場所を移していた。
玲はウイスキーのロックグラスに口を付けながら、隣に座る男の顔を盗み見た。
鼻筋の通った彫りの深い顔は、少し日本人離れした造作だった。
柔らかな表情にも冷たい表情にも受け取れ、感情は読めない。
自分もよくそう言われるが。
今夜、自分が菊乃に話した事をどうこの男に伝えようか、と考えながら玲はマスターに今呑んでいたものと同じものを頼んだ。
「君の過去を菊乃に話した、と言ったら、その澄ました顔が少し崩れるかな」
少し意地悪な言い方だな、と思いながらも、玲は誠の出方を見た。
玲の思惑通り、正面を向いたままだった誠が初めて顔を横に向けた。怪訝な表情を浮かべ、玲の顔を直視する。
「僕の、過去?」
表情そのままに、誠の声には警戒の色が滲んでいた。
僕の何を知っているのか?
誠の目がはっきりとそう語っていた。
玲は、やっと自分を見たな、と内心で苦笑いした。
菊乃が現在この男とどこまでの関係となっているのかは知らない。しかし、今夜自分が話した内容に菊乃は明らかに動揺していた。
つまり、まだ深くはこの男を知らない、という事だ。
玲は息を吐き、ゆっくりと話し始めた。
「重度の精神疾患患者の受け入れが万全な上に最高ランクの看護サービスを提供しているサナトリウムは、全国でもまだ数えるほどしかない事は、君ならよく知っているだろう。
関東は、と言えば自ずと何処、と決まってくる」
誠の顔が怪訝な色に染まるのを玲は確認した。
「君の奥さんが入っていた時期、偶然にも僕の母が入っていたんだよ」
まさか、という誠の呟きを聞きながら、玲はウイスキーのロックグラスに口を付けた。
「彼女に、その話をしたという訳ですか」
誠の口調には、呆れた、というニュアンスが含まれているようだった。玲はグラスに口を付けたまま「そうだよ」と答え、誠の方へ視線を流した。
再び視線をグラスに落としていた誠は相変わらず感情の読めない美しい横顔を見せている。
柔らかな物腰に穏やかな口調。
精神科医だ。恐らく勝負を挑んできた相手に対し、自らの気持ちをコントロースする術が先に立ち、真っ向からの対峙ができないタイプだ。
同じ土俵には決して立たず、そのうちに相手の戦意を喪失させるのだろう。
玲は想う。
菊乃が惹かれた理由。
それが知りたかった。
牽制し合うような張り詰めた空気が二人の間に流れていた。
空気を震わせるように玲は低い声で静かに聞く。
「菊乃は、君が結婚していた事は知っていたのか」
「それは話しましたよ」
短い返答の中に微かな怒りの感情が見え隠れしていた。
そうだ、ちょっとは怒ってみせろ。
玲がグラスを置くと同時に誠が静かに話し始めた。
「時が来れば、ちゃんと僕の口から話すつもりでした。
僕が、今と思う時に、ちゃんと。
遅かれ早かれ彼女は知る事になると思っていましたが、知るタイミングというものがある。
そのタイミングを、第三者によって作られるとは思ってもいませんでしたね」
穏やかな物言いの端々に怒れる感情をちりばめた、そんな言葉だった。
玲は静かに息を吐いた。
要するに、自分がそのタイミングとやらを台無しにした、と言いたいのだろう。
玲は、クックと笑った。
「打ち明けるタイミング云々以前に、君は菊乃を不安にさせる材料を持っていた、という事にならないか」
誠は顔を上げ、玲を見た。
歌舞伎の女形が演じられそうな顔に、冷ややかな笑みが浮かんでいた。
「お言葉ですが、過去の無い人間がどれだけいますか?
それに、僕は彼女に隠すつもりはなかった、と最初から言っている。
それを伝えるのに、段階を踏むのと、唐突に、というのとでは気持ちの上でも大きく違う。
極端な話、裁判で、相手方から寝耳に水の証拠を提出された時の心情を思い浮かべていただければ分かりやすいと思いますが」
美しい顔を少しも崩すことなく滔々と語る誠に、百戦錬磨の玲も気圧されそうになっていた。
お互い、大人の男だ。
言葉や態度に率直な感情を反映させてしまえば、その時点で負けたも同然。
玲は苦笑を浮かべた。
まさか、自分の本職を例に出されるとは。
現時点でお互いギリギリのラインに立っていると言えそうだったが、一息置いた誠はまるで勝ち誇ったかのように余裕の笑みを見せて言った。
「何よりも彼女自身が、僕が話す気になるまで待つ、と言ってくれたんですよ」
玲は「なるほどね……」と呟くように言い、スコッチのダブルを口に含みながら気持ちを落ち着かせた。
心底惚れ込み結婚しようと本気で思った女性。
その彼女が、別の男を好きになった。
老婆心というのに近いかな。
この男の菊乃への愛情が如何ほどのものかを知りたい。
玲は静かに口を開いた。
「菊乃は気が強いが、情に脆い面も持ち合わせている。
そのアンバランスさが招く危なっかしさに本人は昔も今も気付いていない。
そんな菊乃を、君は守ってやる自信があるのか。
まだ吹っ切れていないような過去を持つ君が」
〝まだ吹っ切れていない過去〟
その言葉は、誠の表情を一瞬歪ませる力を持っていた。
玲の言葉に僅かながらも動揺を見せた誠だったが、自らの気持ちを整えるように大きく息を吐きグラスの酒を飲み干すと、一語一語確かめるように話し出した。
「僕は、過去から逃げているつもりはありませんよ。
ただ確かに、彼女に出会うまでは吹っ切れてはいなかった。
彼女の事を真面目に考えるようになって、一歩踏み出す為の準備段階に入ったんですよ。
彼女には、僕にそうさせてくれる力があった」
誠の言葉は暗に〝それを貴方が台無しにした〟と言っているようだ。
内心で感心しながら、玲は言う。
「翠川菊乃という女の魅力に気付いたのは、僕が先だが」
ストレートな言葉をぶつけてきた玲に、僅かに驚いた表情を見せた誠は「確かに」と答えて小さく笑った。
真っ直ぐに玲を見据える。
「でも貴方は、本当の意味で彼女を理解出来ていなかったと僕は思っている」
精神科医として普段は柔らかな表情しか見せないであろう事をうかがわせる顔が、強い意志を秘めた目によってきつく引き締められている。
「どういう意味だ」
これは聞き捨てならない。
菊乃を知らないなどと、ポッと出て来たような男に言われたくはなかった。
挑むような眼で見詰める玲を目の前にして同じような強さを秘めた目で誠は見返していた。
「彼女はアンバランスでも危うくもない。
ちゃんと地に足を付けて歩いている。
彼女は、波風のない穏やかな環境の中で守られて生きていくような女性じゃない」
ほう、と嘆息を漏らした玲に、誠はフワリと微笑んだ。
「彼女は回遊魚ですよ」
「回遊魚?」
驚きの声で繰り返した玲に誠は「そうです」と答えてクスクスと笑った。
「彼女は、動くのを止められたら死んでしまうかもしれない」
思いもよらなかったところを突かれた気がした。
「ああ、〝死ぬ〟というのは、彼女の個性が、という意味です。
彼女の生きるエネルギーを奪う事になる、という事を僕は言いたかったんです」
誠はにっこりと微笑んだ。
玲は、なるほど、と思いながら小さく息を吐いた。
それなら自分も言わせてもらおうか、と玲はおもむろに話し始めた。
「確かに、菊乃は大人しく男の傍らに収まっているような女じゃない。
それは僕も分かっていたが、菊乃をずっと見て来た僕は、彼女がどれだけ危なっかしいか、も知っている。
放っておけば、首を突っ込まなくてもいいところにまで突っ込む。
人を信じやすい菊乃は、どこでどんな傷を負うか分からない。
僕は、菊乃が傷付くのを見たくなかった。
だから、自分の傍に置いて守ってやりたいと思っていた」
素直な感情をこうして吐露したのは初めてだったかもしれない。
誠はまるで医師としての仕事をしている時のような真剣な目で玲を見つめ、話しを聞いていた。
玲が話し終えると、誠は静かに口を開いた。
「それを、ちゃんと彼女に話してあげたらよかったんですよ」
誠の言葉に、玲はハッとした。誠は、ニッコリと微笑み、続けた。
「どんなに愛し合っている男女でも、長年連れ添った夫婦でも、言葉にしなければ通じないものがある、と言います。
手塚先生も彼女に、結婚したら仕事をセーブするように、とただ言うのではなく、どうしてそう思ったのか、どうして彼女にそうして欲しいと思ったのか、伝えるべきだったんです」
さすがだ、と玲は苦笑と共に頭を掻いた。
認めたくはないが、菊乃がこの男に再会する前に、ちゃんと捕まえておくべきだったのかもしれない。
納得した、君なら、と安堵の息を漏らしかけた時、誠が意外な言葉を口にした。
「もう一度、告白してプロポーズするところからやり直してみますか」
どんな事物に対しても、瞬時に反応し理解する玲が、今の誠の言葉を理解するのにコンマ一秒ほどの時間が掛かった。
何を言い出すんだ、この男は。
怪訝な表情で警戒の色を湛えた視線を向けた玲に、誠はあくまでも穏やかな表情のまま言った。
「言葉通りの意味ですよ。もう一度、貴方の愛し方をもって彼女にアプローチしてみるといい、と言ったんです」
「それで、君はいいのか」
誠は、ええ、と頷いていた――。
週末とあってカップルの姿が見られたが、カウンターの真ん中では〝女にフラれた〟男が二人、並んでグラスを傾けていた。
「菊乃が何故あんなに荒れていたか、君に見当はつくかな」
照明を受けて光り揺らめく琥珀色の液体を眺めながら、誠は玲の質問にクスリと笑って答えた。
「残念ながら、その場にいた人間ではないので」
誠の応えに玲は苦笑いと共にグラスに口を付けた。
菊乃は、二人の男のどちらも選ばずに帰って行った。ホテルのロビーに残された二人の男は互いに顔を見合わせ、肩を竦めた。
「君とはいつかゆっくり話しをしてみたいと思っていたが、その機会がこんなにも早く訪れるとはね」
数日前に玲が誠を訪問した為顔見知りとなっていた二人は、ロビーから酒が呑めるバーラウンジへと場所を移していた。
玲はウイスキーのロックグラスに口を付けながら、隣に座る男の顔を盗み見た。
鼻筋の通った彫りの深い顔は、少し日本人離れした造作だった。
柔らかな表情にも冷たい表情にも受け取れ、感情は読めない。
自分もよくそう言われるが。
今夜、自分が菊乃に話した事をどうこの男に伝えようか、と考えながら玲はマスターに今呑んでいたものと同じものを頼んだ。
「君の過去を菊乃に話した、と言ったら、その澄ました顔が少し崩れるかな」
少し意地悪な言い方だな、と思いながらも、玲は誠の出方を見た。
玲の思惑通り、正面を向いたままだった誠が初めて顔を横に向けた。怪訝な表情を浮かべ、玲の顔を直視する。
「僕の、過去?」
表情そのままに、誠の声には警戒の色が滲んでいた。
僕の何を知っているのか?
誠の目がはっきりとそう語っていた。
玲は、やっと自分を見たな、と内心で苦笑いした。
菊乃が現在この男とどこまでの関係となっているのかは知らない。しかし、今夜自分が話した内容に菊乃は明らかに動揺していた。
つまり、まだ深くはこの男を知らない、という事だ。
玲は息を吐き、ゆっくりと話し始めた。
「重度の精神疾患患者の受け入れが万全な上に最高ランクの看護サービスを提供しているサナトリウムは、全国でもまだ数えるほどしかない事は、君ならよく知っているだろう。
関東は、と言えば自ずと何処、と決まってくる」
誠の顔が怪訝な色に染まるのを玲は確認した。
「君の奥さんが入っていた時期、偶然にも僕の母が入っていたんだよ」
まさか、という誠の呟きを聞きながら、玲はウイスキーのロックグラスに口を付けた。
「彼女に、その話をしたという訳ですか」
誠の口調には、呆れた、というニュアンスが含まれているようだった。玲はグラスに口を付けたまま「そうだよ」と答え、誠の方へ視線を流した。
再び視線をグラスに落としていた誠は相変わらず感情の読めない美しい横顔を見せている。
柔らかな物腰に穏やかな口調。
精神科医だ。恐らく勝負を挑んできた相手に対し、自らの気持ちをコントロースする術が先に立ち、真っ向からの対峙ができないタイプだ。
同じ土俵には決して立たず、そのうちに相手の戦意を喪失させるのだろう。
玲は想う。
菊乃が惹かれた理由。
それが知りたかった。
牽制し合うような張り詰めた空気が二人の間に流れていた。
空気を震わせるように玲は低い声で静かに聞く。
「菊乃は、君が結婚していた事は知っていたのか」
「それは話しましたよ」
短い返答の中に微かな怒りの感情が見え隠れしていた。
そうだ、ちょっとは怒ってみせろ。
玲がグラスを置くと同時に誠が静かに話し始めた。
「時が来れば、ちゃんと僕の口から話すつもりでした。
僕が、今と思う時に、ちゃんと。
遅かれ早かれ彼女は知る事になると思っていましたが、知るタイミングというものがある。
そのタイミングを、第三者によって作られるとは思ってもいませんでしたね」
穏やかな物言いの端々に怒れる感情をちりばめた、そんな言葉だった。
玲は静かに息を吐いた。
要するに、自分がそのタイミングとやらを台無しにした、と言いたいのだろう。
玲は、クックと笑った。
「打ち明けるタイミング云々以前に、君は菊乃を不安にさせる材料を持っていた、という事にならないか」
誠は顔を上げ、玲を見た。
歌舞伎の女形が演じられそうな顔に、冷ややかな笑みが浮かんでいた。
「お言葉ですが、過去の無い人間がどれだけいますか?
それに、僕は彼女に隠すつもりはなかった、と最初から言っている。
それを伝えるのに、段階を踏むのと、唐突に、というのとでは気持ちの上でも大きく違う。
極端な話、裁判で、相手方から寝耳に水の証拠を提出された時の心情を思い浮かべていただければ分かりやすいと思いますが」
美しい顔を少しも崩すことなく滔々と語る誠に、百戦錬磨の玲も気圧されそうになっていた。
お互い、大人の男だ。
言葉や態度に率直な感情を反映させてしまえば、その時点で負けたも同然。
玲は苦笑を浮かべた。
まさか、自分の本職を例に出されるとは。
現時点でお互いギリギリのラインに立っていると言えそうだったが、一息置いた誠はまるで勝ち誇ったかのように余裕の笑みを見せて言った。
「何よりも彼女自身が、僕が話す気になるまで待つ、と言ってくれたんですよ」
玲は「なるほどね……」と呟くように言い、スコッチのダブルを口に含みながら気持ちを落ち着かせた。
心底惚れ込み結婚しようと本気で思った女性。
その彼女が、別の男を好きになった。
老婆心というのに近いかな。
この男の菊乃への愛情が如何ほどのものかを知りたい。
玲は静かに口を開いた。
「菊乃は気が強いが、情に脆い面も持ち合わせている。
そのアンバランスさが招く危なっかしさに本人は昔も今も気付いていない。
そんな菊乃を、君は守ってやる自信があるのか。
まだ吹っ切れていないような過去を持つ君が」
〝まだ吹っ切れていない過去〟
その言葉は、誠の表情を一瞬歪ませる力を持っていた。
玲の言葉に僅かながらも動揺を見せた誠だったが、自らの気持ちを整えるように大きく息を吐きグラスの酒を飲み干すと、一語一語確かめるように話し出した。
「僕は、過去から逃げているつもりはありませんよ。
ただ確かに、彼女に出会うまでは吹っ切れてはいなかった。
彼女の事を真面目に考えるようになって、一歩踏み出す為の準備段階に入ったんですよ。
彼女には、僕にそうさせてくれる力があった」
誠の言葉は暗に〝それを貴方が台無しにした〟と言っているようだ。
内心で感心しながら、玲は言う。
「翠川菊乃という女の魅力に気付いたのは、僕が先だが」
ストレートな言葉をぶつけてきた玲に、僅かに驚いた表情を見せた誠は「確かに」と答えて小さく笑った。
真っ直ぐに玲を見据える。
「でも貴方は、本当の意味で彼女を理解出来ていなかったと僕は思っている」
精神科医として普段は柔らかな表情しか見せないであろう事をうかがわせる顔が、強い意志を秘めた目によってきつく引き締められている。
「どういう意味だ」
これは聞き捨てならない。
菊乃を知らないなどと、ポッと出て来たような男に言われたくはなかった。
挑むような眼で見詰める玲を目の前にして同じような強さを秘めた目で誠は見返していた。
「彼女はアンバランスでも危うくもない。
ちゃんと地に足を付けて歩いている。
彼女は、波風のない穏やかな環境の中で守られて生きていくような女性じゃない」
ほう、と嘆息を漏らした玲に、誠はフワリと微笑んだ。
「彼女は回遊魚ですよ」
「回遊魚?」
驚きの声で繰り返した玲に誠は「そうです」と答えてクスクスと笑った。
「彼女は、動くのを止められたら死んでしまうかもしれない」
思いもよらなかったところを突かれた気がした。
「ああ、〝死ぬ〟というのは、彼女の個性が、という意味です。
彼女の生きるエネルギーを奪う事になる、という事を僕は言いたかったんです」
誠はにっこりと微笑んだ。
玲は、なるほど、と思いながら小さく息を吐いた。
それなら自分も言わせてもらおうか、と玲はおもむろに話し始めた。
「確かに、菊乃は大人しく男の傍らに収まっているような女じゃない。
それは僕も分かっていたが、菊乃をずっと見て来た僕は、彼女がどれだけ危なっかしいか、も知っている。
放っておけば、首を突っ込まなくてもいいところにまで突っ込む。
人を信じやすい菊乃は、どこでどんな傷を負うか分からない。
僕は、菊乃が傷付くのを見たくなかった。
だから、自分の傍に置いて守ってやりたいと思っていた」
素直な感情をこうして吐露したのは初めてだったかもしれない。
誠はまるで医師としての仕事をしている時のような真剣な目で玲を見つめ、話しを聞いていた。
玲が話し終えると、誠は静かに口を開いた。
「それを、ちゃんと彼女に話してあげたらよかったんですよ」
誠の言葉に、玲はハッとした。誠は、ニッコリと微笑み、続けた。
「どんなに愛し合っている男女でも、長年連れ添った夫婦でも、言葉にしなければ通じないものがある、と言います。
手塚先生も彼女に、結婚したら仕事をセーブするように、とただ言うのではなく、どうしてそう思ったのか、どうして彼女にそうして欲しいと思ったのか、伝えるべきだったんです」
さすがだ、と玲は苦笑と共に頭を掻いた。
認めたくはないが、菊乃がこの男に再会する前に、ちゃんと捕まえておくべきだったのかもしれない。
納得した、君なら、と安堵の息を漏らしかけた時、誠が意外な言葉を口にした。
「もう一度、告白してプロポーズするところからやり直してみますか」
どんな事物に対しても、瞬時に反応し理解する玲が、今の誠の言葉を理解するのにコンマ一秒ほどの時間が掛かった。
何を言い出すんだ、この男は。
怪訝な表情で警戒の色を湛えた視線を向けた玲に、誠はあくまでも穏やかな表情のまま言った。
「言葉通りの意味ですよ。もう一度、貴方の愛し方をもって彼女にアプローチしてみるといい、と言ったんです」
「それで、君はいいのか」
誠は、ええ、と頷いていた――。
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