ねぇ、大好きっていって

友秋

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お守り?

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 帰りがけ、職員室に寄ると、先生方が数人、ちょうど帰るところだった。その中には、普段から仲の良い先生もいて、声を掛けられた。

「平田先生! これから俺達呑みに行くんだけど、一緒に行かないか? あ、平田先生は予定があるかな~?」

 俺のお仲間先生は、そう言ってニヤニヤ。いや、アンタの言いたい事は分かる、よーく分かるぞ。

「生憎、先生の期待しているようなお答えは用意できないので、お付き合いさせていただきます」

 俺の答えに、先生方の中に笑いが起きた。

「じゃ、平田先生も仲間に加われば、女性陣も盛り上がりますね! 行きますかー!」

 盛り上がる先生方を見ていて、あ、と俺は思い出した。母さんに、ひよの家に行けって言われてたっけ。

 でもまぁ……ひよとひまりさんならきっと仲良く楽しくやってるだろうし、別に急いで行くことはないよな。

 でも待てよ。酒呑んでから宮部家に行くのはちょっと怖いな。ひまりさんに付き合うとなると、酒量のスタートはマイナスの方が身の為だ。

 先生方の呑み会は乾杯だけ呑むフリしてお付き合いして、ひよの家に行くのはそれからでいい、と思ったんだ。

 それが、まずかった。




 母さんに今朝言われたことがどうにも気に掛かって予定よりだいぶ早めに切り上げた俺は、預かったプレゼントを持ってひよの家へ。

 インターフォン押しても、返事がない。

 ひよ?

 鍵は、開いてる。

「ひよー? ひまりさーん? あがるよー」

 勝手知ったる他人の家、声を掛けながら上がって、電気がついているリビングのドアを開けた。

 ソファーに座って、目を丸くしてこっちを見ていたひよ。

 泣いてる?

「ひよ!?」

 なんで泣いてるんだよ! ひよの泣き顔には、俺、本当に弱い。胸に、ズキッとした痛みが走った。

 近寄る俺に。

「りょうちゃん……」

 ひよが手を伸ばした。

 隣に座った俺は、そんなひよを抱きしめて、よしよし、背中を優しく撫でてやる。

「ひよ、一人だったのか? ひまりさんは?」

 安心したのか、ひよが、うわーん、と泣き出した。

「あのね、おばさんから電話があって、忙しくて手が足りないって。ママお手伝いに」

 説明は、なんだか拙いものだったけど、ちゃんと分かった。

 要するに、母さんは、ひよが一人になることを分かっていながらひまりさんに手伝いを頼んだって事だな。

「急に一人になっちゃったし、遼ちゃんも来ないし、寂しくなっちゃって……」
「わかった、わかった。ひまりさんがいるから俺が急いで来なくても、って思ったんだ。ごめんな。でも、ちゃんと来たから大丈夫だろ?」

 ひよを思わぬ形で泣かしてしまい、焦る俺。こんな状況にしたのは、俺も悪いが――、

 母さん! あんのやろぉ! ひよを一人にしやがって! と思った時。

 あ、まさか。

 ここで初めて、母さんが立てた、高校時代の同級生まで巻き込んだ壮大なる計画に、気付いた。

 待てよ。

「ひよっ、ちょっとごめん!」
「え、遼ちゃん?」

 抱き締めていたひよを離した俺は立ち上がり、テーブルに置いた、母さんが用意したプレゼントのボトルを手に取った。

 まさかな。

「遼ちゃん!?」

 ラッピングを乱暴に開けた俺にひよが驚く。でも、俺は構わずそれを開けて――、

「やっぱり」

 軽い眩暈を覚えてこめかみに手を当てた。

 シャンパンボトルにぐるりと〝ゴム製避妊具〟巻き付けてあった。商品名は言わずとしれた〝コンドーム〟だ。

 数にして1ダース。一晩で、こんなに使ったら性も根も尽き果ててしまうだろ。

――て、突っ込むのはそこじゃない!

 あの、お節介ババア! これをもし、ひまりさんが見たら……いや、帰ってきたケンさんに見つかった日には、出禁じゃ済まされない。平田家、宮部家から国交断絶言い渡されるぞ!

 ったく、何考えて……。

 つーか、あのお節介、これを俺が開ける事になるとこまでキッチリ計算していた可能性大だな。俺の行動パターンを完全に読んでやがる。我が母親ながら、あっぱれとしか言いようがない。

「遼ちゃん、それ、なあに?」

 ひよが俺の手元を覗き込む。不思議そうな顔をして、ビニル製の連なる個包装を見てる。そうか、ひよは現物を見たことはないんだ。

 まさか、知らない? いや、もう知ってはいるだろう。

「ひよ、コンドームって、知ってる?」
「こん……」

 あっ、とひよが両手で口を覆った。

「遼ちゃん?」

 はっ! 違う違う違う!

「これはとあるお節介オバハンのタチの悪いイタズラ」
「?」

 ひよが、意味が分からなそうに首を傾げて、俺は苦笑いでごまかした。

 ほんっとーに、ろくでもねー母親だ。息子があらぬ誤解を受けるじゃねーか。

 心底ため息。ひよが珍しそうに見ている。その顔を見て、愛しさが込み上げる。顎に指をかけて顔を上げさせて、唇を重ねた。

「ん……」

 甘くて柔らかい、いい匂いが鼻先をくすぐる。舌を、ゆっくり入れて……そっと愛撫。吸って、吸われて、掬い上げ――。

 俺は、本当の最後まですること、これを使うとこまでは、ひよが卒業するまではしないって決めた。ひよが大事で、今焦ると絶対に後悔すると思ったから。

 それと、ケンさんへの意地、だ。

 絶対に、ひよのヴァージン、卒業まで守って、認めさせてやる!

 唇をゆっくりと離した俺に、ひよがなんだか名残惜しそうな顔をして、クスッと笑ってしまった。

「遼ちゃん?」

 俺は、この連なるコンドームを一つだけ取った。そして、ひよに渡す。

「ひよ」

 ひよが、何? 何? っていう顔をして、手の平の上のコンドームと俺の顔を見比べる。俺は、肩を竦めて笑った。

「それ、肌身離さず持ち歩けて誰にも見つからないとこにしまっておけよ。ひよの、お守り」
「お守り?」

 そう、なんかおかしな話だけど、ひよのヴァージンを守る、お守りだ。これを、絶対に使うことのないように。これを使う機会が高校卒業まで絶対に訪れないように。

 ひよは、少しの間なにか考えていたみたいだけど、俺の顔を見上げて笑った。

「うん、分かった。ちゃんと持ってる。見つからないようにしないとダメだよね」

 当然です。

 もし、見つかったら、状況によっては最悪の修羅場を迎えます。

 とは言わず、俺はひよの頭をクシャッと撫でた。

「そうだよ、落としたりもダメだからな」
「うん。あ、そうだ、遼ちゃんにプレゼントがあるの!」

 ひよはそう言うと、ちょっと待っててね、とリビングから出ていった。

 プレゼント?

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