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遠く感じる
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どんなにツライことがあったって、朝はちゃんと来るんだよね……。
遼ちゃんのホームランは、まるでタイムスリップしたような、遼ちゃんが今あたしと同じ高校生のような、そんな〝錯覚〟をあたしにくれた。
壊れちゃうんじゃないかな、と思うくらいドキドキする心臓。叫びたいくらいに苦しくて、恋しくて、でも、誰にも言えない――。それは、片想いの痛み、みたいだったの。
遼ちゃんが振り切ったバットを持ったまま、打った球の行方を見詰めていた。その姿は――いつもあたしに優しくて痺れるような、甘い言葉を囁いてくれる遼ちゃんではなくて、小学生の時の、夕焼け空の下で会ったあの時の遼ちゃんだったの。
あたしの知らない遼ちゃんになってしまったみたいで、余計にたくさんの不安をあたしの中に生まれさせた。胸が痛くて涙が出てきてしまうくらい悲しかった、あの感覚が蘇ってきて。
頬を刺すような冬の風が吹き抜けて、あたしの心の痛みを大きくした。自然と、ボロボロ涙がこぼれて、冷たくなった手で一生懸命拭っていた。
「ひより!? どしたの!?」
茉奈ちゃんがびっくりしてあたしを見てたけど、あたし、何も言えなくて……。
「やっぱりすごいよねー、平田センセ。ひよりは感動してもすぐ泣いちゃうんだ」
茉奈ちゃんが優しく笑いながら、頭を撫で撫でしてくれたけど。ごめんね、茉奈ちゃん、何も話せなくて、って考えたらまた哀しくなってしまった。
遼ちゃんのホームランを見られたのは嬉しかったけど、会いたかった筈の高校生の遼ちゃんは苦しい記憶を思い出させた。
やっぱりあたしは今の遼ちゃんが大好きなんだって、改めて思ったから、今日はたくさんたくさん〝なかよし〟して欲しかったの。なのに――、
「高橋と何を話したのか、ちゃんと教えて」
なんで? そんな事、関係ないでしょ? ねぇ、遼ちゃん。
胸に触れる手も、アソコに触れる手も、いつもの優しい遼ちゃんの手ではなくて。
「やだ……っ!」
あたし、遼ちゃんの手を払いのけて立ち上がってた。
どうしてわかってくれないの!? そうあたしが叫ぶ前に。
「どうしてわかんないんだよ」
初めて聞く、遼ちゃんの厳しくてキツい声だった。
もう涙、止まんない。わかんないわかんないわかんないわかんないわかんない。
「遼ちゃんなんて……だいっきらい!」
遼ちゃん、あたしの名前呼んでもくれなくて、追いかけてもくれなかった。
怒ってるんだ。嫌われちゃったのかな。
あ……だいきらい、なんて言っちゃったのはあたしだ。
う゛ー……。
ベッドでお布団被ったまま涙がボロボロボロボロ。窓の外からは、ガシャッという遼ちゃんが自転車出す音。
遼ちゃんにはあたしとのことなんて関係ないんだね。
「昨日は遼ちゃんとケンカしたの? 珍しいわね。ひよちゃん、わがまま言ったんでしょー」
ママが朝食のバターロール、あたしのお皿にのせながらニッコリ。
違うもん。
「目が腫れちゃってるわ。冷たいタオルで少し冷やして行かないとね」
「うん……」
ホントは学校休みたいくらいだけど……。こんなニコニコ顔のママ見たら言えないです。
ママは、あたしより鈍いですー。
*
結局、泣きはらした目の腫れはあんまり引かなくて、教室で茉奈ちゃんにビックリされちゃった。
「平田センセのホームラン、感動してお家でも泣いてたの!?」
……当たらずとも遠からず、ですけどやっぱりちょっと違います。
でも事情は話せないから、うん、と小さく頷いたら。お昼くらいには、宮部ひよりサンは平田センセのホームランに感動して泣きました、というお話しがクラスのみんなに知れ渡ってしまいました。
はずかしいよー。
休み時間、ちょっと職員室に行くと、遼ちゃんがいました。担任しているクラスの子数人と何かお話ししていた。
仕事している遼ちゃんは、あたしと一緒の時の遼ちゃんとは全然違います。凛々しくて真剣なお顔は、すごくカッコよくて、胸がきゅん……となる。
でも、それは同時に、遼ちゃんは先生っていう事実をあたしに改めて教えてくれる。そして、何事もなかったみたいに仕事してる姿に、あたしの胸は不安でいっぱいになる。
あたし、本当に遼ちゃんに嫌われちゃったのかなって。
「宮部、聞いてるか?」
担任の先生の声に、あたしはハッと我に返った。
「今日は朝からぼんやりしてるなぁ。目はそんなだし、大丈夫か?」
「あ、大丈夫ですっ」
あたしは首を竦めて苦笑い。
「それならいいが、そうそう、このプリント、次の授業で使うから、クラスに戻ったら配っておいてくれ」
先生は、プリントの束をあたしに渡した。あたしは、はい、と答えて、職員室を後にしたんだけど。結局、あたしが職員室出るまで、遼ちゃんはチラリともこちらを見ることはなかった。
泣きたくなるくらい、苦しいの。胸が、痛いよ、遼ちゃん。
いつもより、踏み出す一歩一歩が重くて、職員室から教室までの距離が、すごくすごく、遠く感じた――。
遼ちゃんのホームランは、まるでタイムスリップしたような、遼ちゃんが今あたしと同じ高校生のような、そんな〝錯覚〟をあたしにくれた。
壊れちゃうんじゃないかな、と思うくらいドキドキする心臓。叫びたいくらいに苦しくて、恋しくて、でも、誰にも言えない――。それは、片想いの痛み、みたいだったの。
遼ちゃんが振り切ったバットを持ったまま、打った球の行方を見詰めていた。その姿は――いつもあたしに優しくて痺れるような、甘い言葉を囁いてくれる遼ちゃんではなくて、小学生の時の、夕焼け空の下で会ったあの時の遼ちゃんだったの。
あたしの知らない遼ちゃんになってしまったみたいで、余計にたくさんの不安をあたしの中に生まれさせた。胸が痛くて涙が出てきてしまうくらい悲しかった、あの感覚が蘇ってきて。
頬を刺すような冬の風が吹き抜けて、あたしの心の痛みを大きくした。自然と、ボロボロ涙がこぼれて、冷たくなった手で一生懸命拭っていた。
「ひより!? どしたの!?」
茉奈ちゃんがびっくりしてあたしを見てたけど、あたし、何も言えなくて……。
「やっぱりすごいよねー、平田センセ。ひよりは感動してもすぐ泣いちゃうんだ」
茉奈ちゃんが優しく笑いながら、頭を撫で撫でしてくれたけど。ごめんね、茉奈ちゃん、何も話せなくて、って考えたらまた哀しくなってしまった。
遼ちゃんのホームランを見られたのは嬉しかったけど、会いたかった筈の高校生の遼ちゃんは苦しい記憶を思い出させた。
やっぱりあたしは今の遼ちゃんが大好きなんだって、改めて思ったから、今日はたくさんたくさん〝なかよし〟して欲しかったの。なのに――、
「高橋と何を話したのか、ちゃんと教えて」
なんで? そんな事、関係ないでしょ? ねぇ、遼ちゃん。
胸に触れる手も、アソコに触れる手も、いつもの優しい遼ちゃんの手ではなくて。
「やだ……っ!」
あたし、遼ちゃんの手を払いのけて立ち上がってた。
どうしてわかってくれないの!? そうあたしが叫ぶ前に。
「どうしてわかんないんだよ」
初めて聞く、遼ちゃんの厳しくてキツい声だった。
もう涙、止まんない。わかんないわかんないわかんないわかんないわかんない。
「遼ちゃんなんて……だいっきらい!」
遼ちゃん、あたしの名前呼んでもくれなくて、追いかけてもくれなかった。
怒ってるんだ。嫌われちゃったのかな。
あ……だいきらい、なんて言っちゃったのはあたしだ。
う゛ー……。
ベッドでお布団被ったまま涙がボロボロボロボロ。窓の外からは、ガシャッという遼ちゃんが自転車出す音。
遼ちゃんにはあたしとのことなんて関係ないんだね。
「昨日は遼ちゃんとケンカしたの? 珍しいわね。ひよちゃん、わがまま言ったんでしょー」
ママが朝食のバターロール、あたしのお皿にのせながらニッコリ。
違うもん。
「目が腫れちゃってるわ。冷たいタオルで少し冷やして行かないとね」
「うん……」
ホントは学校休みたいくらいだけど……。こんなニコニコ顔のママ見たら言えないです。
ママは、あたしより鈍いですー。
*
結局、泣きはらした目の腫れはあんまり引かなくて、教室で茉奈ちゃんにビックリされちゃった。
「平田センセのホームラン、感動してお家でも泣いてたの!?」
……当たらずとも遠からず、ですけどやっぱりちょっと違います。
でも事情は話せないから、うん、と小さく頷いたら。お昼くらいには、宮部ひよりサンは平田センセのホームランに感動して泣きました、というお話しがクラスのみんなに知れ渡ってしまいました。
はずかしいよー。
休み時間、ちょっと職員室に行くと、遼ちゃんがいました。担任しているクラスの子数人と何かお話ししていた。
仕事している遼ちゃんは、あたしと一緒の時の遼ちゃんとは全然違います。凛々しくて真剣なお顔は、すごくカッコよくて、胸がきゅん……となる。
でも、それは同時に、遼ちゃんは先生っていう事実をあたしに改めて教えてくれる。そして、何事もなかったみたいに仕事してる姿に、あたしの胸は不安でいっぱいになる。
あたし、本当に遼ちゃんに嫌われちゃったのかなって。
「宮部、聞いてるか?」
担任の先生の声に、あたしはハッと我に返った。
「今日は朝からぼんやりしてるなぁ。目はそんなだし、大丈夫か?」
「あ、大丈夫ですっ」
あたしは首を竦めて苦笑い。
「それならいいが、そうそう、このプリント、次の授業で使うから、クラスに戻ったら配っておいてくれ」
先生は、プリントの束をあたしに渡した。あたしは、はい、と答えて、職員室を後にしたんだけど。結局、あたしが職員室出るまで、遼ちゃんはチラリともこちらを見ることはなかった。
泣きたくなるくらい、苦しいの。胸が、痛いよ、遼ちゃん。
いつもより、踏み出す一歩一歩が重くて、職員室から教室までの距離が、すごくすごく、遠く感じた――。
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