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嫉妬?
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あれは、1週間くらい前。中間考査の前だな。
グラウンドに出た俺は、準備運動、ランニングを終えた部員達がそれぞれ持ち場に散らばる様子を見ながら、近くにいた2年生に聞いた。
「おい、うちのアホキャプテンはどうした?」
「あはは、うちのアホキャプテン、ならあそこでまた女のコナンパしてます」
俺に聞かれた彼は笑いながら校舎側ネットを指差した。
なるほど、ネットに指を掛けてお決まりのポーズ。まったくしょうがねぇなぁ、と俺はため息をついた。黙ってたってモテるのにな。根っからの女好きだ。
呆れながら一声掛けようとした時、ナンパされている相手が見えた。
ひよ!?
困った顔でヤツを見上げているひよが見えた。
あんのヤロー!
「たかはし――――! なにやってんだ!!!」
それは自分でも驚くほど、トゲのある言い方になっていた。
高橋だって、ひよりに軽い気持ちで少し声掛けただけだろう。俺がカリカリする事じゃない。なんにせよ、指導者が私情挟んだら失格だ。
なんて、その日は少し反省して直ぐに冷静になれたが、今日はそうはいかなかった。
試験期間明けで、解放感一杯にグラウンドに飛び出した部員達が道具の準備をする姿を見ていた時。
「あれ、要はどうした? さっきまでいたのにな」
誰かがそう言い出した。
「それがさーアイツ、あの1年生の宮部って子が1人でデカイゴミ箱抱えて渡り廊下歩いてるのみつけちゃってよー。ふっ飛んでった」
「なぁにやってんだか」
「そういやさ、要、試験前に彼女と別れたらしいぜ」
「へぇ? なんでまた」
「いや、その1年生のコ、マジらしい」
何気なく耳に入ったその会話に俺は聞き入ってしまった。
「付き合って、って言ったらしいぜー。反応はイマイチらしいけどさ。アイツにかかったらマズイよなぁ」
「ハハハ……アイツ、球もはえーけど、手もはえー」
2年生部員達が声を上げて笑う。その時、校舎の方から帽子を被りながら高橋が走ってきた。
「高橋! 後でブルペンに入れ! 俺が球受けてやる」
仲間達の中に入ろうとしていた高橋に、俺は声を掛けた。
「え!?」
俺を見る顔が明らかにビビっている。
「試験期間中でも遠投くらいはしてただろ。春までに、お前にスライダーとフォーク叩き込んでやる」
「は、はい!」
*
すっかり闇に包まれた校舎の廊下は蛍光灯の灯りがポツポツとその先に続く。明かりが漏れる部屋のドアをノックすると、「どうぞ」と野太い声がした。
「よぉ。来ると思ったよ」
ほんのり赤く染めた髪にグレーのジャージ姿の養護教諭が、デスクの前で俺に向かって手を挙げていた。このチャラ男のにやけた顔が非常にムカつく。
「この学校に赴任して来た時の最大ガッカリポイントは、保健室のセンセが男って事だった」
「あらん、りょーたクン、いけずぅ」
「ウゼェ……」
保健室のセンセ、川井東矢(とうや)は小学中学時代に硬式野球クラブでずっと一緒だった1つ上の先輩だった。同じ学校に通った事はなくても、気の置けない友人、
だったが、まさか職場が一緒になるとは思わなかった。
「さっき野球部のエースが肩と肘のアイシングを貸してください、と駆け込んで来てなー。いやー、こんな試験明けシーズンオフにどんな鬼監督やー、って思ったわけよ。ピッチャー潰す気なんかなー、なんてさぁ。あれ、平田クン。キミだったっけ、野球部監督」
「わざとらしいんだよ。早くテーピングよこせ」
東矢は立ち上がるとテーピングのテープとハサミを棚から出した。
「座れば」
言われて、ああ、と気付き近くの椅子に座った。
「怪我か」
東矢はコールドスプレーも取り出していた。
「いや、怪我じゃない。久々に140キロ前後の硬球100球近く受けたら左手がイカレタ」
「珍しいな。随分熱くなったじゃん」
「……ちょっと反省してる。個人的感情も絡んでた」
クククと笑いながら慣れた手つきで処置をする東矢を、見る。
「ますます、珍事だな」
「俺だってまだ若いんだよ」
俺は自嘲気味に吐き出した。
「よし、完了だ。とりあえずキャッチングは2、3日やめとき。ノックは平気だろう」
「サンキュ」
「体育祭のあのリレーで、高橋と賭けをしたんだって?」
左手の感触を確かめるように握ったり開いたりしていた俺に、東矢が聞いてきた。
「ああ。俺が勝ったら、ちゃんと監督と呼べってな。アイツ、1年ときから生意気でさ……。弱冠22歳の1年生監督なんてナメられて当然だけどな」
「確かにな。でも、野球部の連中はみんな知ってるぞ。6年前の甲子園のヒーロー」
そんな昔の話、と俺は笑う。
東矢が寄りかかった窓の向こうには暗闇が広がっている。その窓の向こうを見ながら東矢は続けた。
「そんな経歴に関係なく、皆お前の事を尊敬してる。お前には指導者としての才能があるんだよ。純粋に指導者になりたかったんだろ、ずーっと。だから教師になったんだろう?」
言葉が出なかった。
「お前がさ、高橋と誰を取り合おうとしているかは知らない。でもな……」
東矢は肩を竦めた。「教師なんだって事を、忘れるなよ」
最後の一言は、ズシッと胸に効いた。
わかってるさ、そんな事は――。
「余計なお世話だよ」
「俺はお節介なタチだからこんな仕事してんの」
口角を上げてニッと笑った東矢と目が合う。なんでもお見通し、ってか。やっぱムカつく。
☆
どうして、ひよりはうちの高校に来てしまったんだろう。そんな事、今さら考えても仕方ないか。2年以上も待てるのか、俺。
持ち帰った答案用紙に採点しながら、ふと雑念。それもそのはず。ベッドに、ひよが座っていた。
チラリとひよを見た。
ひよ……。
雑誌を読んでいるひよは時々、何を思うのか、聞こえるか聞こえないかの小さな声で鼻歌を歌う。それがたまに絶妙なタイミングで調子を外し、吹き出すのを堪えるのは大変なんだよ。
いつの間にか、ひよりは自分の中でどうにも動かす事の出来ない程大きな存在になっていた。でも〝教師〟という立場が壁となって立ちはだかる。
高橋のヤツ、今日ひよりに何をした?
疑念という闇が広がり自分自身を苦しめる。畜生、と頭を掻いた。
グラウンドに出た俺は、準備運動、ランニングを終えた部員達がそれぞれ持ち場に散らばる様子を見ながら、近くにいた2年生に聞いた。
「おい、うちのアホキャプテンはどうした?」
「あはは、うちのアホキャプテン、ならあそこでまた女のコナンパしてます」
俺に聞かれた彼は笑いながら校舎側ネットを指差した。
なるほど、ネットに指を掛けてお決まりのポーズ。まったくしょうがねぇなぁ、と俺はため息をついた。黙ってたってモテるのにな。根っからの女好きだ。
呆れながら一声掛けようとした時、ナンパされている相手が見えた。
ひよ!?
困った顔でヤツを見上げているひよが見えた。
あんのヤロー!
「たかはし――――! なにやってんだ!!!」
それは自分でも驚くほど、トゲのある言い方になっていた。
高橋だって、ひよりに軽い気持ちで少し声掛けただけだろう。俺がカリカリする事じゃない。なんにせよ、指導者が私情挟んだら失格だ。
なんて、その日は少し反省して直ぐに冷静になれたが、今日はそうはいかなかった。
試験期間明けで、解放感一杯にグラウンドに飛び出した部員達が道具の準備をする姿を見ていた時。
「あれ、要はどうした? さっきまでいたのにな」
誰かがそう言い出した。
「それがさーアイツ、あの1年生の宮部って子が1人でデカイゴミ箱抱えて渡り廊下歩いてるのみつけちゃってよー。ふっ飛んでった」
「なぁにやってんだか」
「そういやさ、要、試験前に彼女と別れたらしいぜ」
「へぇ? なんでまた」
「いや、その1年生のコ、マジらしい」
何気なく耳に入ったその会話に俺は聞き入ってしまった。
「付き合って、って言ったらしいぜー。反応はイマイチらしいけどさ。アイツにかかったらマズイよなぁ」
「ハハハ……アイツ、球もはえーけど、手もはえー」
2年生部員達が声を上げて笑う。その時、校舎の方から帽子を被りながら高橋が走ってきた。
「高橋! 後でブルペンに入れ! 俺が球受けてやる」
仲間達の中に入ろうとしていた高橋に、俺は声を掛けた。
「え!?」
俺を見る顔が明らかにビビっている。
「試験期間中でも遠投くらいはしてただろ。春までに、お前にスライダーとフォーク叩き込んでやる」
「は、はい!」
*
すっかり闇に包まれた校舎の廊下は蛍光灯の灯りがポツポツとその先に続く。明かりが漏れる部屋のドアをノックすると、「どうぞ」と野太い声がした。
「よぉ。来ると思ったよ」
ほんのり赤く染めた髪にグレーのジャージ姿の養護教諭が、デスクの前で俺に向かって手を挙げていた。このチャラ男のにやけた顔が非常にムカつく。
「この学校に赴任して来た時の最大ガッカリポイントは、保健室のセンセが男って事だった」
「あらん、りょーたクン、いけずぅ」
「ウゼェ……」
保健室のセンセ、川井東矢(とうや)は小学中学時代に硬式野球クラブでずっと一緒だった1つ上の先輩だった。同じ学校に通った事はなくても、気の置けない友人、
だったが、まさか職場が一緒になるとは思わなかった。
「さっき野球部のエースが肩と肘のアイシングを貸してください、と駆け込んで来てなー。いやー、こんな試験明けシーズンオフにどんな鬼監督やー、って思ったわけよ。ピッチャー潰す気なんかなー、なんてさぁ。あれ、平田クン。キミだったっけ、野球部監督」
「わざとらしいんだよ。早くテーピングよこせ」
東矢は立ち上がるとテーピングのテープとハサミを棚から出した。
「座れば」
言われて、ああ、と気付き近くの椅子に座った。
「怪我か」
東矢はコールドスプレーも取り出していた。
「いや、怪我じゃない。久々に140キロ前後の硬球100球近く受けたら左手がイカレタ」
「珍しいな。随分熱くなったじゃん」
「……ちょっと反省してる。個人的感情も絡んでた」
クククと笑いながら慣れた手つきで処置をする東矢を、見る。
「ますます、珍事だな」
「俺だってまだ若いんだよ」
俺は自嘲気味に吐き出した。
「よし、完了だ。とりあえずキャッチングは2、3日やめとき。ノックは平気だろう」
「サンキュ」
「体育祭のあのリレーで、高橋と賭けをしたんだって?」
左手の感触を確かめるように握ったり開いたりしていた俺に、東矢が聞いてきた。
「ああ。俺が勝ったら、ちゃんと監督と呼べってな。アイツ、1年ときから生意気でさ……。弱冠22歳の1年生監督なんてナメられて当然だけどな」
「確かにな。でも、野球部の連中はみんな知ってるぞ。6年前の甲子園のヒーロー」
そんな昔の話、と俺は笑う。
東矢が寄りかかった窓の向こうには暗闇が広がっている。その窓の向こうを見ながら東矢は続けた。
「そんな経歴に関係なく、皆お前の事を尊敬してる。お前には指導者としての才能があるんだよ。純粋に指導者になりたかったんだろ、ずーっと。だから教師になったんだろう?」
言葉が出なかった。
「お前がさ、高橋と誰を取り合おうとしているかは知らない。でもな……」
東矢は肩を竦めた。「教師なんだって事を、忘れるなよ」
最後の一言は、ズシッと胸に効いた。
わかってるさ、そんな事は――。
「余計なお世話だよ」
「俺はお節介なタチだからこんな仕事してんの」
口角を上げてニッと笑った東矢と目が合う。なんでもお見通し、ってか。やっぱムカつく。
☆
どうして、ひよりはうちの高校に来てしまったんだろう。そんな事、今さら考えても仕方ないか。2年以上も待てるのか、俺。
持ち帰った答案用紙に採点しながら、ふと雑念。それもそのはず。ベッドに、ひよが座っていた。
チラリとひよを見た。
ひよ……。
雑誌を読んでいるひよは時々、何を思うのか、聞こえるか聞こえないかの小さな声で鼻歌を歌う。それがたまに絶妙なタイミングで調子を外し、吹き出すのを堪えるのは大変なんだよ。
いつの間にか、ひよりは自分の中でどうにも動かす事の出来ない程大きな存在になっていた。でも〝教師〟という立場が壁となって立ちはだかる。
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