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盈月
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「巴、今、なんて言った?」
指の先から震えが昇る。
それは瑠璃らしくもない声だった。
敵意や殺気ともとれる"感情"がはっきりと見える。
しかし、前の愉悦を含んだような恐ろしい声ともまた違う。瑠璃が瑠璃らしいままに感情を露わにした、そんな声だった。
「いや、あの……瑠璃って蛇目教と何か関係あるの? って……。ス、スマホの検索履歴がそればっかだったからさ」
顔の横を汗が伝った。ぽかぽか陽気はそのままのはずなのに、ひどく寒い。身体の芯が凍りついて動く事も憚られる。
「あ、それか」
しかし、唐突に不気味な寒気は終わりを告げた。
「聞き間違えしてた。巴が友達やめるとかって聞こえてた。蛇目教は、前に小説でカルト教団が出てきたから興味あって調べてみただけ」
そう言う彼女は、拍子抜けなほどにいつもの瑠璃だった。
ーー聞き間違え……本当に?
怯えの残る身体を摩りながら頭を順調に動かし始める。
さっきの瑠璃は尋常ではなかった。"本当"が消しきれず、表に出てきてしまった感じだった。
考えると悲しいが、私が友達をやめると言ったところで、瑠璃がそこまでの動揺を見せるとは思えない。
ーーだとしたら多分、瑠璃は蛇目教と関係があるんだ。
恐ろしい予感がする。これは瑠璃を知る一歩であるとともに逆鱗だ。深く考えてはいけない。考えすぎるとあの"恐ろしい瑠璃"と相対する事になるかもしれない。警告は鳴り響く。
だけど、思考は止まらなかった。
蛇目教……。
言わずと知れた巨大カルト教団。権力者達の多くも熱狂的な信者であったと言われ、日本を裏から動かしていた。しかし、勇気ある一人の警察官が圧力にも負けずにマスコミ各社へ麻薬や銃火器の所持、脱税などの犯罪の証拠を送りつけた為、世論に押される形で大規模な捜査が行われ、消滅した。
一時期ワイドショーで騒がれていたので、このくらいの事なら私でも知っている。
ーーで、確か、幹部にあたる人物達が一切捕まっていなくて、信者も口を割らないから未だに謎が多いんだよね。
かつて見た情報を思い出し、一生懸命繋いでいく。
ーーそれで、瑠璃はどう関わっているんだろう?
真っ先に思いつくのは瑠璃自身が信者だったという線だ。だけど、隣で見てきた限りではそれは違う気がする。
もちろん可能性は残っているし、印象だけで判断できるものでもないが、どちらかと言えば、瑠璃の家族や知り合いが信者だったという方がありそうな気がする。
私は瑠璃の家族構成すらよく知らないんだから。それに、お世辞にも普通とは言い難い瑠璃の人格形成が、それに起因しているのだとも考えられる。
例えば、蛇目教が原因で家庭崩壊していたり……。
「…………」
目を瞑り、そこで私は思考のスイッチを切った。罪悪感が好奇心を上回った。
これは、どう転んでもプライベートな話になる。私自身も触れられたくない部分がある手前、踏み込みすぎるのはルール違反だろう。
「やめたの?」
静かな声に隣を見る。無機質な瞳が私を映していた。
「うん、やめた。悪い気するから」
笑いかけて一つ上に伸びをする。凝っていた身体が気持ちよさに音を立てた。
「そう」
瑠璃も、ホッとしたのか、握っていた拳から力を抜く。
そしてまた、二人の間にほのぼのとした時間が流れ出す。太陽はきちんと見た目通りの暖かさを提供し、優雅な昼の情景が取り戻される。
「巴、チャイム」
いつも通りに瑠璃は、私には聞こえない音を感知して立ち上がった。
ーーあ……。
「ははっ」
当たり前に気がついて笑いがこみ上げてきた。
異常なほどに耳が良い彼女が聞き間違いなんてする訳が無い。
「笑ってないで。ほら行くよ」
言った当人もそのお粗末さに気づいているのか、逃げるように足早で去っていった。
指の先から震えが昇る。
それは瑠璃らしくもない声だった。
敵意や殺気ともとれる"感情"がはっきりと見える。
しかし、前の愉悦を含んだような恐ろしい声ともまた違う。瑠璃が瑠璃らしいままに感情を露わにした、そんな声だった。
「いや、あの……瑠璃って蛇目教と何か関係あるの? って……。ス、スマホの検索履歴がそればっかだったからさ」
顔の横を汗が伝った。ぽかぽか陽気はそのままのはずなのに、ひどく寒い。身体の芯が凍りついて動く事も憚られる。
「あ、それか」
しかし、唐突に不気味な寒気は終わりを告げた。
「聞き間違えしてた。巴が友達やめるとかって聞こえてた。蛇目教は、前に小説でカルト教団が出てきたから興味あって調べてみただけ」
そう言う彼女は、拍子抜けなほどにいつもの瑠璃だった。
ーー聞き間違え……本当に?
怯えの残る身体を摩りながら頭を順調に動かし始める。
さっきの瑠璃は尋常ではなかった。"本当"が消しきれず、表に出てきてしまった感じだった。
考えると悲しいが、私が友達をやめると言ったところで、瑠璃がそこまでの動揺を見せるとは思えない。
ーーだとしたら多分、瑠璃は蛇目教と関係があるんだ。
恐ろしい予感がする。これは瑠璃を知る一歩であるとともに逆鱗だ。深く考えてはいけない。考えすぎるとあの"恐ろしい瑠璃"と相対する事になるかもしれない。警告は鳴り響く。
だけど、思考は止まらなかった。
蛇目教……。
言わずと知れた巨大カルト教団。権力者達の多くも熱狂的な信者であったと言われ、日本を裏から動かしていた。しかし、勇気ある一人の警察官が圧力にも負けずにマスコミ各社へ麻薬や銃火器の所持、脱税などの犯罪の証拠を送りつけた為、世論に押される形で大規模な捜査が行われ、消滅した。
一時期ワイドショーで騒がれていたので、このくらいの事なら私でも知っている。
ーーで、確か、幹部にあたる人物達が一切捕まっていなくて、信者も口を割らないから未だに謎が多いんだよね。
かつて見た情報を思い出し、一生懸命繋いでいく。
ーーそれで、瑠璃はどう関わっているんだろう?
真っ先に思いつくのは瑠璃自身が信者だったという線だ。だけど、隣で見てきた限りではそれは違う気がする。
もちろん可能性は残っているし、印象だけで判断できるものでもないが、どちらかと言えば、瑠璃の家族や知り合いが信者だったという方がありそうな気がする。
私は瑠璃の家族構成すらよく知らないんだから。それに、お世辞にも普通とは言い難い瑠璃の人格形成が、それに起因しているのだとも考えられる。
例えば、蛇目教が原因で家庭崩壊していたり……。
「…………」
目を瞑り、そこで私は思考のスイッチを切った。罪悪感が好奇心を上回った。
これは、どう転んでもプライベートな話になる。私自身も触れられたくない部分がある手前、踏み込みすぎるのはルール違反だろう。
「やめたの?」
静かな声に隣を見る。無機質な瞳が私を映していた。
「うん、やめた。悪い気するから」
笑いかけて一つ上に伸びをする。凝っていた身体が気持ちよさに音を立てた。
「そう」
瑠璃も、ホッとしたのか、握っていた拳から力を抜く。
そしてまた、二人の間にほのぼのとした時間が流れ出す。太陽はきちんと見た目通りの暖かさを提供し、優雅な昼の情景が取り戻される。
「巴、チャイム」
いつも通りに瑠璃は、私には聞こえない音を感知して立ち上がった。
ーーあ……。
「ははっ」
当たり前に気がついて笑いがこみ上げてきた。
異常なほどに耳が良い彼女が聞き間違いなんてする訳が無い。
「笑ってないで。ほら行くよ」
言った当人もそのお粗末さに気づいているのか、逃げるように足早で去っていった。
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