パンドラ

須桜蛍夜

文字の大きさ
上 下
68 / 158
盈月

60

しおりを挟む
「巴、今、なんて言った?」

指の先から震えが昇る。

それは瑠璃らしくもない声だった。
敵意や殺気ともとれる"感情"がはっきりと見える。
しかし、前の愉悦を含んだような恐ろしい声ともまた違う。瑠璃が瑠璃らしいままに感情を露わにした、そんな声だった。

「いや、あの……瑠璃って蛇目教と何か関係あるの? って……。ス、スマホの検索履歴がそればっかだったからさ」

顔の横を汗が伝った。ぽかぽか陽気はそのままのはずなのに、ひどく寒い。身体の芯が凍りついて動く事も憚られる。

「あ、それか」

しかし、唐突に不気味な寒気は終わりを告げた。

「聞き間違えしてた。巴が友達やめるとかって聞こえてた。蛇目教は、前に小説でカルト教団が出てきたから興味あって調べてみただけ」

そう言う彼女は、拍子抜けなほどにいつもの瑠璃だった。

ーー聞き間違え……本当に?

怯えの残る身体を摩りながら頭を順調に動かし始める。

さっきの瑠璃は尋常ではなかった。"本当"が消しきれず、表に出てきてしまった感じだった。

考えると悲しいが、私が友達をやめると言ったところで、瑠璃がそこまでの動揺を見せるとは思えない。

ーーだとしたら多分、瑠璃は蛇目教と関係があるんだ。

恐ろしい予感がする。これは瑠璃を知る一歩であるとともに逆鱗だ。深く考えてはいけない。考えすぎるとあの"恐ろしい瑠璃"と相対する事になるかもしれない。警告は鳴り響く。

だけど、思考は止まらなかった。


蛇目教……。

言わずと知れた巨大カルト教団。権力者達の多くも熱狂的な信者であったと言われ、日本を裏から動かしていた。しかし、勇気ある一人の警察官が圧力にも負けずにマスコミ各社へ麻薬や銃火器の所持、脱税などの犯罪の証拠を送りつけた為、世論に押される形で大規模な捜査が行われ、消滅した。

一時期ワイドショーで騒がれていたので、このくらいの事なら私でも知っている。

ーーで、確か、幹部にあたる人物達が一切捕まっていなくて、信者も口を割らないから未だに謎が多いんだよね。

かつて見た情報を思い出し、一生懸命繋いでいく。

ーーそれで、瑠璃はどう関わっているんだろう? 

真っ先に思いつくのは瑠璃自身が信者だったという線だ。だけど、隣で見てきた限りではそれは違う気がする。

もちろん可能性は残っているし、印象だけで判断できるものでもないが、どちらかと言えば、瑠璃の家族や知り合いが信者だったという方がありそうな気がする。

私は瑠璃の家族構成すらよく知らないんだから。それに、お世辞にも普通とは言い難い瑠璃の人格形成が、それに起因しているのだとも考えられる。
例えば、蛇目教が原因で家庭崩壊していたり……。

「…………」

目を瞑り、そこで私は思考のスイッチを切った。罪悪感が好奇心を上回った。
これは、どう転んでもプライベートな話になる。私自身も触れられたくない部分がある手前、踏み込みすぎるのはルール違反だろう。

「やめたの?」

静かな声に隣を見る。無機質な瞳が私を映していた。

「うん、やめた。悪い気するから」

笑いかけて一つ上に伸びをする。凝っていた身体が気持ちよさに音を立てた。

「そう」

瑠璃も、ホッとしたのか、握っていた拳から力を抜く。

そしてまた、二人の間にほのぼのとした時間が流れ出す。太陽はきちんと見た目通りの暖かさを提供し、優雅な昼の情景が取り戻される。

「巴、チャイム」

いつも通りに瑠璃は、私には聞こえない音を感知して立ち上がった。

ーーあ……。

「ははっ」

当たり前に気がついて笑いがこみ上げてきた。

異常なほどに耳が良い彼女が聞き間違いなんてする訳が無い。

「笑ってないで。ほら行くよ」

言った当人もそのお粗末さに気づいているのか、逃げるように足早で去っていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!

八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。 『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。 魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。 しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も… そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。 しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。 …はたして主人公の運命やいかに…

転生者、有名な辺境貴族の元に転生。筋肉こそ、力こそ正義な一家に生まれた良い意味な異端児……三世代ぶりに学園に放り込まれる。

Gai
ファンタジー
不慮の事故で亡くなった後、異世界に転生した高校生、鬼島迅。 そんな彼が生まれ落ちた家は、貴族。 しかし、その家の住人たちは国内でも随一、乱暴者というイメージが染みついている家。 世間のその様なイメージは……あながち間違ってはいない。 そんな一家でも、迅……イシュドはある意味で狂った存在。 そしてイシュドは先々代当主、イシュドにとってひい爺ちゃんにあたる人物に目を付けられ、立派な暴君戦士への道を歩み始める。 「イシュド、学園に通ってくれねぇか」 「へ?」 そんなある日、父親であるアルバから予想外の頼み事をされた。 ※主人公は一先ず五十後半の話で暴れます。

婚約者の恋人

クマ三郎@書籍発売中
恋愛
 王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。  何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。  そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。  いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。  しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……

処理中です...