パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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声が乱雑に響いている。一つ一つが言葉に聞こえない。というか最早、音にすらなっていない。

どくんどくん 。

重い音。身体全体の共振。それしか無い。この世界には俺だけ。 周りの何もが目には映らない。

「っ……」

大きく唾を飲みこんだ。それでも喉は変わらず水分を求め続ける。張りつく痛みを訴えながら潤う事を渇望している。

「にひやま」

思い切って出した言葉。舌が追い付いてこなかった。後悔と恐れが混ざった泥が心の内から全身に巡る。俺のこれからを止めようと動きを封じる。このままでいれば楽。無理に踏み出す必要は無い。だけどーー。

「西山、ちょっと付き合ってくれねぇか」

その選択肢を俺はもう持っていない。

「やだ」

「……へ?」

スパッと全身が重さから解き放たれた。雑音が戻ってきて、読書する少女の姿がハッキリと認識できる。

ーーえ、なに? 俺、断られたの?

風が心にヒューっと吹く。俺の強い思いはあまりにもさらりと流された。あ、泣きそう。

「瑠璃、そんな事言わないであげてよ。こいつだって本気なんだからさ」

「だから? 面倒くさい」

巴が横から口添えしてくれても、彼女の意見は変わらない。

ーーえっと、俺、どうすれば……。

頭の中がチカチカする。真っ白い。ぼんやりとして何も考えられない。


「……んー、じゃあさ、購買で何か奢るからさ。付き合ってあげてよ。ね、瑠璃、お願い」

続いていたらしい巴の口説きは買収に移っている。西山の肩に腕を乗せ、強引に頬を押し付ける。

「巴、邪魔」

「ねーねーねー」

「巴」

「ねーったら」

「……分かった。分かったから離れて」

「やった。瑠璃、サンキュ」

彼女の背中を遠慮もなく強く叩いて、俺の方にVサインを向けてくる。

「おっ……おう。ありがとな、西山」

「何処に付き合えばいいの?」

俺を見る瞳。それは相変わらずに無機質だ。ガラス玉みたいに世界を反射するだけ、何も認識してはいない。

「こっちだ」

まるで人形。前に感じた恐ろしさも、巴と釣り合いそうなほどの人間味も何も無い。現実味がない。人間とは思えない。幽霊だったとしても多分俺は驚かない。

「…………」

後ろを着いてくる彼女は、そんなイメージに沿うように一切物音を立てなかった。

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