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盈月
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「こっち、こっち」
黄昏と呼ぶのが相応しいような夕闇の中、巴は待ち合わせ先の公園でブランコを漕いでいた。
「ほら、隣どーぞ」
なんら変わらぬ幼馴染み。
「巴、俺……」
「ん、座んないの? ほらほら」
「…………」
仕方なく、黙って座る。
責めてもくれない。謝罪の言葉も遮られる。心が重くて、痛くて、息ができない。
「賢太郎さ、瑠璃に謝る気はない?」
「へ?」
ーー西山……?
「私さ、瑠璃と賢太郎に仲良くなってもらいたいんだ」
ーーいや、違う。俺はお前に……。でも、そっか、西山には俺、もっと……。
「申し訳ないとは思ってるでしょ?」
「…………」
俺らが傷つけた少女の様子を思い出す。顔も殴った。身体も、壊れるくらいに殴り続けた。そして、ベルトでーー。
「……思ってる。俺は、あいつにも取り返しのつかない事した」
しかも、忘れていた。巴にだけ罪悪感を募らせて、西山を傷つけた事は見ていなかった。ただ俺はあいつがーー。
「でも、謝れなかった。恐いから」
見透かした声。
そう。ただ俺はあいつが恐くて避けていただけ。あいつには関わってはいけない。そう心が叫ぶから。謝るなんて考えもしなかった。あいつは俺らと違う人間だから。
「でも、恐かったら謝らなくていいとでも思ってるの? 悪いのは賢太郎なのに。瑠璃をあんなに傷つけておいて、自分はこれからものうのうと過ごしていくの?」
責める風でもなく、諭す風でもない、普段通りの口調で吐かれる言葉。だからこそ、余計に心に刺さる。深く刺さって血を流させる。
「俺は……」
恐い。
西山の事を考えると全身に鳥肌が立つ。
近づきたくない。近づくべきではない。
あんな人形みたいな奴に謝らなくてもいいんじゃないか。
逃げ。恐れ。弱さ……。
俺はーー。
「それじゃ駄目だ。謝んないと。俺が悪りぃんだから、最低なんだから」
一歩踏み出さないと。
「うん」
巴が嬉しそうに頷いた。俺を全面肯定して、認めてくれる。
だけど、俺はそれを享受してはいけない。
「巴、ごめんなさい。殴って、殺してたかもしれなくて。それなのに、お前に甘えてて。最低なのは分かってる。だけどお願いだから、謝るくらいはさせてくれ」
ブランコから降り、直角に頭を下げる。俺は認められる訳にはいかない。許される訳にはいかない。
「えっ? いや、そんな、やめてよ。私は大丈夫だから」
「俺、許されるとは思ってねぇけど、償えるとも思ってねぇけど、巴に罪滅ぼしするから、俺、出来る限りのことするから。ごめん。本当にごめん」
早口でまくしたてる。次第に涙が溢れてきた。心が苦しくて拍動が重い。今更、押し潰されそうなほどの罪悪感が襲ってくる。なんであんなことしたんだ。どうして巴を傷つけちまったんだ。時間を戻したい。俺自身をぶん殴ってやりたい。
「顔上げて」
感情の読めない声が降った。上を向く。涙でぐちゃぐちゃ。恥ずかしいけど、そんなこと言ってられない。
「私、正直ね、あんたのことあんまり恨んだりしてない。逆に、賢太郎がいじめをやめてくれたことを嬉しく思ってる。あんたは私の大切な友達だし、覚悟してたことだから。許すも何も、なんとも思ってない。でも、それじゃ、納得しないでしょ?」
毅然とした目。それが紡ぐ優しい言葉。だけどそんなの、受け入れられるはずがない。
「だから、罪滅ぼしはしてもらう。何をしてもらうかは決めてないけど、私の為にあんたを使う」
目だけは笑わぬ恐ろしい笑み。そんな巴は、底知れなくて恐ろしい。だけど、それでいい。俺はどんなことでも受け入れる。それだけのことを俺はした。
「それで、私はあんたを許す。だから、罪滅ぼしの時以外、普通に接して。この気まずい関係も嫌だし、賢太郎とは仲良くしてたいし」
「でも……」
「文句はなし。これも罪滅ぼしの一環だと思えばいい。気まずくいる方が、あんたにとって楽なんだから」
ーーそう……だな。
関わらないのが一番楽。それを知っていたから、俺は一歩を踏み出さなかった。嫌われるという恐れの逃げ場にしていた。
だけど俺はこれから、近づく事を許されて、こいつのそばで笑って、ふざけて、思い出す。壊した笑顔を、傷つけた感触を。無くなる事のない自分の罪を。
「分かった。約束する」
「うん。よし、これで私達の間は解決」
巴は俺にニカッと笑った。
「っ……」
不意の笑顔見惚れた。不謹慎だけど、見惚れてしまった。 それは薄闇でも分かるくらいに可愛かった。
「ん? どした? 私に見惚れた? いやー、美人は辛いねえ~」
「んな訳ねぇし」
慌ててそっぽ向く。顔が赤かったら困る。
「ほんと~?」
俺の顔の方に回ってこようとする巴。
「ほんとだっての。もういいから、帰るぞ」
逃げるように歩き出す。
「あ、待て。賢太郎の癖に私の前を歩くなんて」
ーーったく。
後ろの足音を聞きながら、心の中で吐き捨てた。どこまで狙い通りかは知らないが、いつの間にか俺と彼女の関係は、元のものへと戻されてしまっていた。
黄昏と呼ぶのが相応しいような夕闇の中、巴は待ち合わせ先の公園でブランコを漕いでいた。
「ほら、隣どーぞ」
なんら変わらぬ幼馴染み。
「巴、俺……」
「ん、座んないの? ほらほら」
「…………」
仕方なく、黙って座る。
責めてもくれない。謝罪の言葉も遮られる。心が重くて、痛くて、息ができない。
「賢太郎さ、瑠璃に謝る気はない?」
「へ?」
ーー西山……?
「私さ、瑠璃と賢太郎に仲良くなってもらいたいんだ」
ーーいや、違う。俺はお前に……。でも、そっか、西山には俺、もっと……。
「申し訳ないとは思ってるでしょ?」
「…………」
俺らが傷つけた少女の様子を思い出す。顔も殴った。身体も、壊れるくらいに殴り続けた。そして、ベルトでーー。
「……思ってる。俺は、あいつにも取り返しのつかない事した」
しかも、忘れていた。巴にだけ罪悪感を募らせて、西山を傷つけた事は見ていなかった。ただ俺はあいつがーー。
「でも、謝れなかった。恐いから」
見透かした声。
そう。ただ俺はあいつが恐くて避けていただけ。あいつには関わってはいけない。そう心が叫ぶから。謝るなんて考えもしなかった。あいつは俺らと違う人間だから。
「でも、恐かったら謝らなくていいとでも思ってるの? 悪いのは賢太郎なのに。瑠璃をあんなに傷つけておいて、自分はこれからものうのうと過ごしていくの?」
責める風でもなく、諭す風でもない、普段通りの口調で吐かれる言葉。だからこそ、余計に心に刺さる。深く刺さって血を流させる。
「俺は……」
恐い。
西山の事を考えると全身に鳥肌が立つ。
近づきたくない。近づくべきではない。
あんな人形みたいな奴に謝らなくてもいいんじゃないか。
逃げ。恐れ。弱さ……。
俺はーー。
「それじゃ駄目だ。謝んないと。俺が悪りぃんだから、最低なんだから」
一歩踏み出さないと。
「うん」
巴が嬉しそうに頷いた。俺を全面肯定して、認めてくれる。
だけど、俺はそれを享受してはいけない。
「巴、ごめんなさい。殴って、殺してたかもしれなくて。それなのに、お前に甘えてて。最低なのは分かってる。だけどお願いだから、謝るくらいはさせてくれ」
ブランコから降り、直角に頭を下げる。俺は認められる訳にはいかない。許される訳にはいかない。
「えっ? いや、そんな、やめてよ。私は大丈夫だから」
「俺、許されるとは思ってねぇけど、償えるとも思ってねぇけど、巴に罪滅ぼしするから、俺、出来る限りのことするから。ごめん。本当にごめん」
早口でまくしたてる。次第に涙が溢れてきた。心が苦しくて拍動が重い。今更、押し潰されそうなほどの罪悪感が襲ってくる。なんであんなことしたんだ。どうして巴を傷つけちまったんだ。時間を戻したい。俺自身をぶん殴ってやりたい。
「顔上げて」
感情の読めない声が降った。上を向く。涙でぐちゃぐちゃ。恥ずかしいけど、そんなこと言ってられない。
「私、正直ね、あんたのことあんまり恨んだりしてない。逆に、賢太郎がいじめをやめてくれたことを嬉しく思ってる。あんたは私の大切な友達だし、覚悟してたことだから。許すも何も、なんとも思ってない。でも、それじゃ、納得しないでしょ?」
毅然とした目。それが紡ぐ優しい言葉。だけどそんなの、受け入れられるはずがない。
「だから、罪滅ぼしはしてもらう。何をしてもらうかは決めてないけど、私の為にあんたを使う」
目だけは笑わぬ恐ろしい笑み。そんな巴は、底知れなくて恐ろしい。だけど、それでいい。俺はどんなことでも受け入れる。それだけのことを俺はした。
「それで、私はあんたを許す。だから、罪滅ぼしの時以外、普通に接して。この気まずい関係も嫌だし、賢太郎とは仲良くしてたいし」
「でも……」
「文句はなし。これも罪滅ぼしの一環だと思えばいい。気まずくいる方が、あんたにとって楽なんだから」
ーーそう……だな。
関わらないのが一番楽。それを知っていたから、俺は一歩を踏み出さなかった。嫌われるという恐れの逃げ場にしていた。
だけど俺はこれから、近づく事を許されて、こいつのそばで笑って、ふざけて、思い出す。壊した笑顔を、傷つけた感触を。無くなる事のない自分の罪を。
「分かった。約束する」
「うん。よし、これで私達の間は解決」
巴は俺にニカッと笑った。
「っ……」
不意の笑顔見惚れた。不謹慎だけど、見惚れてしまった。 それは薄闇でも分かるくらいに可愛かった。
「ん? どした? 私に見惚れた? いやー、美人は辛いねえ~」
「んな訳ねぇし」
慌ててそっぽ向く。顔が赤かったら困る。
「ほんと~?」
俺の顔の方に回ってこようとする巴。
「ほんとだっての。もういいから、帰るぞ」
逃げるように歩き出す。
「あ、待て。賢太郎の癖に私の前を歩くなんて」
ーーったく。
後ろの足音を聞きながら、心の中で吐き捨てた。どこまで狙い通りかは知らないが、いつの間にか俺と彼女の関係は、元のものへと戻されてしまっていた。
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