パンドラ

須桜蛍夜

文字の大きさ
上 下
58 / 158
盈月

50

しおりを挟む
しとしとと鳴る雫の音階。それは、とても耳障り。

「なんで降るかな~。ほんと、嫌だわ~」

「毎日晴れなんて有り得ない」 

「そりゃあそうだけどさ、せっかくの優雅なひとときを奪われたら愚痴りたくもなるじゃん」

私達はこの昼休み中ずっと、行き場もなく校内を巡っていた。無駄に階段を上って降りて、美術室前で作品を冷やかして、くだらない会話を繰り返す。……流石に飽きてきた。

「巴、こっち行こう」

突然、腕を引かれて横に曲がる。

「やぁ、楽しそうだね」

同時に、遠くから声がかかった。しかし彼女は振り返りもせず止まらない。

「いいの?」

「いい」

パタパタと足音は響き、次第に速度を上げて進んでいく。逃げるように、会話も無しに歩き続ける。そして、曲がり角を曲がるとーー。

目の前に、後ろにいたはずの校務員、吉田さんが立っていた。

「なんで……?」

「そこのPTA会室を通ると早いんだ。私は君達よりも前からこの学校には居るからね、そういう事には詳しいんだ」

私の呟きに律儀に答えを返してくれる彼。優しい笑みで見守るようにこっちを見ている。

「何の用ですか?」

そこに無機質な問いが飛んだ。

「用って訳じゃないんだけどね、君が逃げるから。ただ、友達できたみたいで良かったって伝えたかっただけだよ」

「そうですか、ありがとうございます。では私達はこれで」

一方的に問答を打ち切り、腕を引いて瑠璃は吉田さんに背を向ける。

ーーどうしたの……?

腕を引く少女を見つめた。私を掴む手が小刻みに震えていた。

ーー吉田さんと何かあったの?

心の中で問いかけても、いつも通りに見える背中は何も答えてはくれない。

「…………」

後ろを向く。吉田さんと目が合った。

「二つの星は織姫彦星。願うだけでは天の川は埋まらない」

彼の口が動き、そんな言葉が紡がれる。

ーー織姫? 彦星?

全く意味は分からない。しかし、問う暇も無く彼の姿は遠くへ消えた。


黙々と歩く瑠璃。引かれる私。気づけば、教室の近くまでやってきていた。

「気にしない方がいいと思うよ」

ポツリと言われる。

「え? うん。まぁ、いつもよく分かんないしね」

吟遊詩人風の唄は吉田さんの専売特許。会話の端々に吟じているが、意味が分かる事の方が少ない。考えるだけ無駄。でもーー。

ーー二つの星、天の川。

今回は何故だか無視はできなかった。

「巴ーー」

ーー織姫、彦星、男と女。離れ離れ。

瑠璃の言葉もよく耳に入らない。何か今、気付いた気がした。

ーー願うだけ。埋まらない。

「あ」

突然、意味が分かった。瑠璃が足を止めて私の方を振り返る。まだ吉田さんの言葉を気にしている私を咎めるようにこっちを見てくる。

「ごめん。私、森本先生にプリント取りに来るように頼まれてたんだ。先戻ってて」

私はそこから逃げるように走り出した。
先生に呼ばれていたのは事実。言い訳としては丁度いい。

ーー天の川は埋まらない。

職員室へ向かう道中、彼の唄は絶える事なく頭の中に流れていた。


「失礼します。森本先生、プリント取りに来ました」

「こっちだ篠崎。遅かったじゃないか。来ないかと思ったよ」

「すいません、忘れてて」

職員室へ入り、謝りながらプリントを受け取る。会話も動作も淀みない。それでも意識は他にある。

ーーでもなんで、あの人は気づいたの? 私、そんなに分かりやすく悩んでた? それとも当てずっぽう?

「失礼しました」

職員室を出てまた走る。もうチャイムまではあまり時間が残っていない。

ーーまぁ、なんにせよ潮時だったって事か。元々、いつまでも逃げてられる訳でもないんだし。

心を決めた。誰かに唆されたからというのはどうにも気に喰わないが、仕方ない。

「じゃ、行動開始かな」

そして、恐れを隠すように口元に小さく笑みを作った。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

月の砂漠のかぐや姫

くにん
ファンタジー
月から地上に降りた人々が祖となったいう、謎の遊牧民族「月の民」。聖域である竹林で月の民の翁に拾われた赤子は、美しい少女へと成長し、皆から「月の巫女」として敬愛を受けるようになります。 竹姫と呼ばれる「月の巫女」。そして、羽と呼ばれるその乳兄弟の少年。 二人の周りでは「月の巫女」を巡って大きな力が動きます。否応なくそれに巻き込まれていく二人。 でも、竹姫には叶えたい想いがあり、羽にも夢があったのです! ここではない場所、今ではない時間。人と精霊がまだ身近な存在であった時代。 中国の奥地、ゴビの荒地と河西回廊の草原を舞台に繰り広げられる、竹姫や羽たち少年少女が頑張るファンタジー物語です。 物語はゆっくりと進んでいきます。(週1、2回の更新) ご自分のペースで読み進められますし、追いつくことも簡単にできます。新聞連載小説のように、少しずつですが定期的に楽しめるものになればいいなと思っています。  是非、輝夜姫や羽たちと一緒に、月の民の世界を旅してみてください。 ※日本最古の物語「竹取物語」をオマージュし、遊牧民族の世界、中国北西部から中央アジアの世界で再構築しました。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

処理中です...