パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

46

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「でさ、そこで弁当屋のおばちゃんがさ、ひったくりを殴り倒したの! いっつもニコニコしてて、とても武道派には見えないおばちゃんがだよ。で、その後さーー」

翌日、学校に行くと、あの子がわたしの前の席を陣取っていて、わたしが席に着くと同時にそんな話をし始めた。

これは、すっかりお馴染みとなった光景。彼女は、宿泊研修の計画を立てた翌日から、三週間近くこの雑談を続けている。


この子は、異常だ。

わたしが誰も見ていない事をきちんと、人並み以上に理解した上で関わってくる。絶対に響かないと知っていながら、無駄な事を繰り返している。

ーー一体、どういうつもりなの?

本の奥から目だけで少女を見つめる。彼女はそれに気づいてこっちに笑いかけてきた。

「私と友達になる気は起こった?」

「起こらない」

「そっか、じゃあまた後で」

そして彼女は腰を上げ、軽やかに去っていく。毎回最後に発される問い。意味は無いのに、彼女は必ずそれを言う。

ーー本当に訳わかんない。

聡いあの子が、なんでこんな無益な事をするのか。そこまでしてわたしに何を求めているのか。

考えても一向に分からない。

「…………」

わたしは、理解の外の事柄から目を逸らし、ゆっくりと読書にシフトした。



帰り道。隣には当たり前のようにあの子が居る。

「ーーでさ、"STORY"……私の好きなバンドが、自主研修先で一時間位ストリートライブするの。これは『是非とも来てください』って言われてるようなもんでしょ? だからさ、観に行こうよ」

「…………」

「無言は肯定でいいよね? 良いグループだから、きっと西山さんも好きになるよ」

興味のない言葉の羅列。彼女は相変わらずに煩い。でも、暇さえあれば絡んでくる彼女に慣れてしまったのか、煩くは感じても、煩わしくは感じなかった。

「それでさ、自主研修の計画の事なんだけどさーー」

「もう着いたから」

彼女の言葉を制して自宅の敷地へ入る。

「まだ話してるんだからさ、いいじゃん、立ち話とかしようよ」

無視。鍵を回して扉を開く。煩わしくはなくても、受け入れるつもりもない。

「……まったく。じゃ、またね。また明ーー」

そして、わたしは遮るように扉を閉めた。


「ただいま」

「あ、おかえり」

返事が返って、青年がヒョコッと顔を出した。

「帰ってきたんだ」

少し驚く。出張していたので、彼に会うのは一ヶ月ぶりだった。

「うん。ようやく逮捕までいけてね。いや~疲れたよ」

久しぶりの笑顔。なんだかホッとする。

「あ、そうそう、お土産あるよ」

弘さんは楽しげに、鞄からハードカバーの本程の大きさの箱を取り出して、勿体つけるようにゆっくりと開く。

「あった方が便利だろ?」

中に入っていたのは、白いスマートフォンだった。

「別に必要は感じてないけど」

「そんなこと言わないで。おれだって度々家空けるしさ、持っててくれた方が安心なんだよ」

弘さんは、わたしの手を取って無理やりそれを握らせる。四角いそれは、思ったよりも手に馴染んだ。

「それに、瑠璃くらいの年代だとみんな持ってるだろうし、友達と話合わないだろ?」

「居ないから話さない」

「そっか」

分かりきっていたというように、でも寂しそうに笑みが翳った。

「…………」

「まぁ、ひとまず持っておいてよ。その方が安全だしさ」

彼は一瞬でいつもの笑顔に戻ると、再びスマホを押し付けてくる。

わたしはそれを受け流し、彼の顔をじっと見つめた。

「ん、どうした? おれの顔になんかついてる?」

「別についてない。じゃ、それ、貰っとく」

目を逸らして四角い端末を受け取る。

「瑠璃がすんなり貰ってくれるなんて……。じゃなくて。でさ、一つ約束して欲しいんだ」

「約束?」

「帰るのが遅くなる時は連絡を入れる事。瑠璃、よく1人でふらりと出かけるだろ? あれ、心配するからさ」

「……面倒くさい」

「そう言わないでさ、約束。な?」

笑顔で、でも真剣に同意を求められる。すごく断りにくい。

「…………」

仕方なく、わたしは小さく頷いた。

「良かった。それじゃあ今日はどっか喰いに行くか。疲れたから料理したくないんだ」

彼は満足げに玄関へ向かっていった。
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