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盈月
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しおりを挟む「でさ、そこで弁当屋のおばちゃんがさ、ひったくりを殴り倒したの! いっつもニコニコしてて、とても武道派には見えないおばちゃんがだよ。で、その後さーー」
翌日、学校に行くと、あの子がわたしの前の席を陣取っていて、わたしが席に着くと同時にそんな話をし始めた。
これは、すっかりお馴染みとなった光景。彼女は、宿泊研修の計画を立てた翌日から、三週間近くこの雑談を続けている。
この子は、異常だ。
わたしが誰も見ていない事をきちんと、人並み以上に理解した上で関わってくる。絶対に響かないと知っていながら、無駄な事を繰り返している。
ーー一体、どういうつもりなの?
本の奥から目だけで少女を見つめる。彼女はそれに気づいてこっちに笑いかけてきた。
「私と友達になる気は起こった?」
「起こらない」
「そっか、じゃあまた後で」
そして彼女は腰を上げ、軽やかに去っていく。毎回最後に発される問い。意味は無いのに、彼女は必ずそれを言う。
ーー本当に訳わかんない。
聡いあの子が、なんでこんな無益な事をするのか。そこまでしてわたしに何を求めているのか。
考えても一向に分からない。
「…………」
わたしは、理解の外の事柄から目を逸らし、ゆっくりと読書にシフトした。
帰り道。隣には当たり前のようにあの子が居る。
「ーーでさ、"STORY"……私の好きなバンドが、自主研修先で一時間位ストリートライブするの。これは『是非とも来てください』って言われてるようなもんでしょ? だからさ、観に行こうよ」
「…………」
「無言は肯定でいいよね? 良いグループだから、きっと西山さんも好きになるよ」
興味のない言葉の羅列。彼女は相変わらずに煩い。でも、暇さえあれば絡んでくる彼女に慣れてしまったのか、煩くは感じても、煩わしくは感じなかった。
「それでさ、自主研修の計画の事なんだけどさーー」
「もう着いたから」
彼女の言葉を制して自宅の敷地へ入る。
「まだ話してるんだからさ、いいじゃん、立ち話とかしようよ」
無視。鍵を回して扉を開く。煩わしくはなくても、受け入れるつもりもない。
「……まったく。じゃ、またね。また明ーー」
そして、わたしは遮るように扉を閉めた。
「ただいま」
「あ、おかえり」
返事が返って、青年がヒョコッと顔を出した。
「帰ってきたんだ」
少し驚く。出張していたので、彼に会うのは一ヶ月ぶりだった。
「うん。ようやく逮捕までいけてね。いや~疲れたよ」
久しぶりの笑顔。なんだかホッとする。
「あ、そうそう、お土産あるよ」
弘さんは楽しげに、鞄からハードカバーの本程の大きさの箱を取り出して、勿体つけるようにゆっくりと開く。
「あった方が便利だろ?」
中に入っていたのは、白いスマートフォンだった。
「別に必要は感じてないけど」
「そんなこと言わないで。おれだって度々家空けるしさ、持っててくれた方が安心なんだよ」
弘さんは、わたしの手を取って無理やりそれを握らせる。四角いそれは、思ったよりも手に馴染んだ。
「それに、瑠璃くらいの年代だとみんな持ってるだろうし、友達と話合わないだろ?」
「居ないから話さない」
「そっか」
分かりきっていたというように、でも寂しそうに笑みが翳った。
「…………」
「まぁ、ひとまず持っておいてよ。その方が安全だしさ」
彼は一瞬でいつもの笑顔に戻ると、再びスマホを押し付けてくる。
わたしはそれを受け流し、彼の顔をじっと見つめた。
「ん、どうした? おれの顔になんかついてる?」
「別についてない。じゃ、それ、貰っとく」
目を逸らして四角い端末を受け取る。
「瑠璃がすんなり貰ってくれるなんて……。じゃなくて。でさ、一つ約束して欲しいんだ」
「約束?」
「帰るのが遅くなる時は連絡を入れる事。瑠璃、よく1人でふらりと出かけるだろ? あれ、心配するからさ」
「……面倒くさい」
「そう言わないでさ、約束。な?」
笑顔で、でも真剣に同意を求められる。すごく断りにくい。
「…………」
仕方なく、わたしは小さく頷いた。
「良かった。それじゃあ今日はどっか喰いに行くか。疲れたから料理したくないんだ」
彼は満足げに玄関へ向かっていった。
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