パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

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そんな私をジト目で見つめてから、彼女は自身の白くて簡素な筆箱を押し付けてきた。

「これ」

西山さんはそれについたストラップを手のひらに載せ、私に見せてくれる。

「可愛いでしょ」

淡々と言われ、顔を近づけてそれを観察してみる。それは、鰻をモチーフにしたらしいキャラクターだった。

身体は黒光りしていて、触ったらいかにもヌメヌメしそうで、顔は、単純なのに妙にリアル。キモカワと言うには少しエグすぎて、気持ち悪いと言うにはゆるすぎる……。

「本当に可愛いの? これ……」

言ってしまってから、慌てて口を押さえる。可愛いと言っておけば話が弾んだかもしれなかったのに。

「理解できないならそれはそれでいいよ、弘さんもこれ見て微妙な顔してたし」

そんな私から、西山さんはふてくされるというように視線を外す。その動作はいつもより人間じみていてなんだか可愛い。でも、私の意識はその態度よりも印象的だった物に向いた。

彼女の口から他人の名前が出てきた事。

「ねぇ、その弘さんってーー」

「言ったから返して」

誰? と尋ねるよりも先に起伏のない声が被せられる。

ーーあぁ、小説か。

「はい」

持っていた本を彼女に手渡す。そんな事より早く"弘さん"が何者なのかを知りたい。

「ねぇ、弘さんって誰なの?」

そして、食いつくように尋ねたが、答えは返ってこなかった。聞こえていないのか、無視しているのか、彼女の意識は本の中だけに向いている。

ーーまずったなぁ、これは。

頭をかく。約束だったとはいえ明らかな失策だった。小説を返したらこうなるって分かっていたはずなのに……。

ーー今日、本調子じゃないかも。

予想に反して呑まれた要求。西山さんとゆるキャラ(?)のギャップ。うなぴょんの衝撃と彼女から初めて聞いた他人の名前。思っていた以上に頭は混乱しているのかもしれなかった。

「はぁ~」

ため息をつく。なんだか、これ以上何をやっても、墓穴を掘っていく気しかしなかった。

「……じゃ、自主研の計画立てちゃうね」

声をかけて私は計画に向き合う。今日はもう諦めた。調子が悪いなら、ひどいミスをする前に手を引いた方がいい。

「は~ぁ」

そして、もう一つため息をつき、遊びまくりながらも真面目に見えるように計画を練りはじめた。


「さぁて、こんなもんかな。西山さん、見る?」

一つ伸びをする。なかなか会心の出来。

「いい」

返ってきたのは生返事。私は、彼女を一瞥し、計画表を持って立ち上がる。

ーー焦んなくてもいいや。まだ時間はあるんだから。

宿泊学習までの時間。自主研修での二人きり。上手くやれば部屋だって一緒になれる。焦る必要はない。ゆっくりと関わっていけばいい。

「先生、計画、立て終わりました」

私は、今日の自分に見切りをつけて、彼女のそばを後にした。



 
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