45 / 158
盈月
37
しおりを挟む
「はぁ……まったく」
足を速めながら吐き捨てる。体育の時間に自分のバドミントンラケットを教室に置いてきてしまった。体育館から教室までの割と遠い。億劫で、歩く足が段々と重たくなっていく。
ーーん? 誰かいる?
ようやく辿り着いた教室。そこに一つの人影があった。
「…………」
音を立てずにドアをくぐる。目の前でこそこそと動いているのは小さなジャージ姿。あれはーー。
「昇くん、な~にしてんの?」
小柄な彼は私の声に大袈裟なほどに肩を震わせ、恐る恐るという感じで振り返る。
「篠崎……巴……。なんだ、あんたか」
そして、ホッとしたように一息をつく。その腕には見覚えのある有名ファッションブランドの紙袋が抱かれていた。
ーーなるほどね……そういう訳か。
彼の行動の意味に気がつき、こっそりとほくそ笑む。
「それ、沙羅のでしょ? なんで昇くんが持ってるの?」
「……違う、僕のだ。僕が持っててもいいだろ」
目を合わせようともしないでぼそぼそされる言い訳。
「なら、中見てみようか」
「駄目だ。ここには大切な勉強道具が入ってるんだから」
手を伸ばした私に、取られないように彼は紙袋を抱きしめて背中を向ける。意地でもそれを渡さず、シラを切るつもりらしい。
ーーこのままじゃ埒があかないか。
彼がそのつもりなら、突っ込んでいくとしよう。
私は、彼の前へと回り込んで言った。
「西山さんの事、好きにでもなった?」
多分、核心に迫る問い。それを広すぎる教室は、必要以上に響かせた。
「なんで……。そ、そんな訳ないだろ」
彼は面白い程に動揺する。あからさまに目を逸らして、紅潮した頬を隠す。そんな態度が言葉以上に肯定しているなんて気付かずに。
ーーま、好きになるのも分からなくはないけどね。彼も、あの子に助けてもらった一人なんだから。
でも、だからこそーー。
「好きでも嫌いでもいいけどさ、本当にやるの? いじめを止めたいんでしょ? そのリスク、分かってるよね? 昇くんがやったってバレたら、またいじめられっ子に逆戻り。せっかく戻ってきた平穏を失って、地獄の日々が帰ってくる。本当にそれでもやる?」
決意を揺るがす言葉をかけた。目の前の顔には、迷い、苦しみ、不安……次々と表情が浮かんでいく。
興味があった。いじめられる辛さを知っている彼が、私がやろうとしなかった事をやろうとしている彼が、どんな決断を下すのか。
「…………」
昇くんは物言わぬまま固まる。空気は彼に纏わりつくように重くなっていく。決意しきれない彼を責めるように変質していく。
「じゃあ、私、体育館に戻るね。安心して。もしそれを破棄したとしても、私は誰にも言わないから」
静かな空間に声を乗せた。そして、コート掛けからラケットを取って、出口に向かう。
これ以上待っていたら、遅すぎると怪しまれるかもしれない。沙羅達や先生が探しに来て、彼の決意がご破算になるのは不本意だ。
パタパタと私の上履きの音が響く。彼はまだ動かない。そしてーー。
「あんたは何も感じないのか?」
あと一歩で教室から出られる時、彼は問いを私に吐いた。
足を速めながら吐き捨てる。体育の時間に自分のバドミントンラケットを教室に置いてきてしまった。体育館から教室までの割と遠い。億劫で、歩く足が段々と重たくなっていく。
ーーん? 誰かいる?
ようやく辿り着いた教室。そこに一つの人影があった。
「…………」
音を立てずにドアをくぐる。目の前でこそこそと動いているのは小さなジャージ姿。あれはーー。
「昇くん、な~にしてんの?」
小柄な彼は私の声に大袈裟なほどに肩を震わせ、恐る恐るという感じで振り返る。
「篠崎……巴……。なんだ、あんたか」
そして、ホッとしたように一息をつく。その腕には見覚えのある有名ファッションブランドの紙袋が抱かれていた。
ーーなるほどね……そういう訳か。
彼の行動の意味に気がつき、こっそりとほくそ笑む。
「それ、沙羅のでしょ? なんで昇くんが持ってるの?」
「……違う、僕のだ。僕が持っててもいいだろ」
目を合わせようともしないでぼそぼそされる言い訳。
「なら、中見てみようか」
「駄目だ。ここには大切な勉強道具が入ってるんだから」
手を伸ばした私に、取られないように彼は紙袋を抱きしめて背中を向ける。意地でもそれを渡さず、シラを切るつもりらしい。
ーーこのままじゃ埒があかないか。
彼がそのつもりなら、突っ込んでいくとしよう。
私は、彼の前へと回り込んで言った。
「西山さんの事、好きにでもなった?」
多分、核心に迫る問い。それを広すぎる教室は、必要以上に響かせた。
「なんで……。そ、そんな訳ないだろ」
彼は面白い程に動揺する。あからさまに目を逸らして、紅潮した頬を隠す。そんな態度が言葉以上に肯定しているなんて気付かずに。
ーーま、好きになるのも分からなくはないけどね。彼も、あの子に助けてもらった一人なんだから。
でも、だからこそーー。
「好きでも嫌いでもいいけどさ、本当にやるの? いじめを止めたいんでしょ? そのリスク、分かってるよね? 昇くんがやったってバレたら、またいじめられっ子に逆戻り。せっかく戻ってきた平穏を失って、地獄の日々が帰ってくる。本当にそれでもやる?」
決意を揺るがす言葉をかけた。目の前の顔には、迷い、苦しみ、不安……次々と表情が浮かんでいく。
興味があった。いじめられる辛さを知っている彼が、私がやろうとしなかった事をやろうとしている彼が、どんな決断を下すのか。
「…………」
昇くんは物言わぬまま固まる。空気は彼に纏わりつくように重くなっていく。決意しきれない彼を責めるように変質していく。
「じゃあ、私、体育館に戻るね。安心して。もしそれを破棄したとしても、私は誰にも言わないから」
静かな空間に声を乗せた。そして、コート掛けからラケットを取って、出口に向かう。
これ以上待っていたら、遅すぎると怪しまれるかもしれない。沙羅達や先生が探しに来て、彼の決意がご破算になるのは不本意だ。
パタパタと私の上履きの音が響く。彼はまだ動かない。そしてーー。
「あんたは何も感じないのか?」
あと一歩で教室から出られる時、彼は問いを私に吐いた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?
精霊地界物語
山梨ネコ
ファンタジー
前世は日本の女子高生だったが、何者かに殺され、剣と魔法の世界に転生したエリーゼ。けれど、チート能力や美しい容姿には恵まれず、なぜか美貌の兄たちに憎まれ、怯える毎日……。いっそのこと家を出て、憧れの冒険者になろう! そう思い、冒険者ギルドに登録するが、自分のステータスを初めて知り、ショックを受ける。なんと精霊から、【胃弱】【美貌に弱い】といったどうしようもない能力を授かっていたのだ! 彼女は「精霊の呪い」を解くため、仲間達と共に、謎に満ちた「迷宮」に挑む――。不幸体質の転生少女が、運命に立ち向かう!

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる