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盈月
30
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*
「西山さん、どうしてこんなもの持ってきたの?」
二人きりの空間に声はよく響いた。ここはある小教室。五つほどの机と教壇、黒板くらいしか無いような使用用途の分からない部屋。
「…………」
「これはあなたの物? 学校で吸ってたの? 」
優しさを装った声で問いは続く。勿論わたしの物じゃない。タバコになんて興味ないし、本当に見つかりたくない物ならそんなヘマはしない。
「答えてくれないなら、貴方の物だとして取り扱うしかないんだけど……」
先生は何も言わないわたしを見てくる。困ったように、顔色を伺うようにーー。
面倒くさい。この人も、この状況も。これなら、放っておくんじゃなくて、タバコも隠しておけばよかった。後悔する。早く帰りたい。
「別にそれでいい。わたしの物で」
切り上げる為の言葉を紡ぐ。犯人の目星とかはついているけど、そんなの言ったらまた面倒くさくなる。なら、わたしは犯人でいい。それでいいからもう帰して。
「えっ? 西山さんの物……なの?」
呆けた顔をする先生。それに頷きを返す。もう何でもいい。
「じゃ、じゃあ、まずは保護者さんに連絡してくるから、そこで待っててね」
彼女は納得していない様子で教室の扉に手をかけた。
「保護者……?」
なんだか、胸の奥がざわっとする。
「……えぇ、物が物だから、まずは保護者の方に連絡入れないと」
「やめて」
反射的に叫んだ。何故か分からない、分からないけど弘さんには知られたくなかった。あの人に心配かけたくない。
「でも、タバコを持ち込んでたなんてなったら連絡はしないと」
どもるような言葉。わたしの反応に困ってはいるが、彼女も職務。やめる訳にはいかない。
「先生」
それを承知して静かに呼ぶ。なら、手は一つしかない。声に反応して、振り返る視線。それをわたしは銀色で貫いた。
沈黙が落ちる。相手の脳が改変を受け入れる為の僅かな間。
「えーと、私は何してたん……そうそう、電話をかけてきたんだ。お父さんにちゃんと言っておいたから、家できちんと話し合ってね」
新たな事実が認識されて、先生は肩の荷が降りたような表情になる。
「じゃあ、また呼び出すかもしれないけど、今日はもう帰っていいわよ。」
そして、ようやくの解放。わたしはひたいに手を当てて立ち上がり、教室を後にした。
本当なら、タバコ持ち込みのことも記憶から消したい所だけど、クラスメート全員にチカラを使うのは面倒くさい。仕方ないか。
校内を歩きながら頭を働かせる。他にやる事も無かった。
ーーそれにしても……。
首を傾げる。さっき、先生の記憶に違和感を感じた気がした。でも、何か分からない。
ーー気のせい……かな?
そう考えれば、そうだったかもしれないと思えてくる。あまり、考えなくてもいい事なのかもしれない。
「……にしても、面倒くさいな」
考えを変える為に吐き捨てた。さっきの呼び出しも、ちょっかいかけてくるあの子らも、友達になりたいというあの少女も何もかも面倒くさかった。学校に通い始めてから面倒くさいことしか起こっていない。
「通わなきゃいいのに」
自分に向けた言葉。結局、通い始めた動機も分からない。特に行きたい場所でもない。なら、行かなきゃいい。答えは出ている。当たり前の事。
でも、わたしは多分、明日もここへ来る。あのお人好しな青年が、最後の一歩を踏み出させてくれないから。わたしが彼の悲しむ姿を見たくないから。
「どうしちゃったんだろう、わたし」
どうしても弘さんを無視できない。その他大勢と一緒にできない。
「わたし、変だ」
そこで、先へ行こうとする思考を無理やり止めた。これ以上行ったら戻れない気がした。
ーー余計な事は考えない。わたしには、他にやる事があるんだから。
無心で歩く。もやもやとする心を押し留める。そして……。
「ただいま」
「おかえり」
家に着いて、返ってきた挨拶はとても温かかった。
「西山さん、どうしてこんなもの持ってきたの?」
二人きりの空間に声はよく響いた。ここはある小教室。五つほどの机と教壇、黒板くらいしか無いような使用用途の分からない部屋。
「…………」
「これはあなたの物? 学校で吸ってたの? 」
優しさを装った声で問いは続く。勿論わたしの物じゃない。タバコになんて興味ないし、本当に見つかりたくない物ならそんなヘマはしない。
「答えてくれないなら、貴方の物だとして取り扱うしかないんだけど……」
先生は何も言わないわたしを見てくる。困ったように、顔色を伺うようにーー。
面倒くさい。この人も、この状況も。これなら、放っておくんじゃなくて、タバコも隠しておけばよかった。後悔する。早く帰りたい。
「別にそれでいい。わたしの物で」
切り上げる為の言葉を紡ぐ。犯人の目星とかはついているけど、そんなの言ったらまた面倒くさくなる。なら、わたしは犯人でいい。それでいいからもう帰して。
「えっ? 西山さんの物……なの?」
呆けた顔をする先生。それに頷きを返す。もう何でもいい。
「じゃ、じゃあ、まずは保護者さんに連絡してくるから、そこで待っててね」
彼女は納得していない様子で教室の扉に手をかけた。
「保護者……?」
なんだか、胸の奥がざわっとする。
「……えぇ、物が物だから、まずは保護者の方に連絡入れないと」
「やめて」
反射的に叫んだ。何故か分からない、分からないけど弘さんには知られたくなかった。あの人に心配かけたくない。
「でも、タバコを持ち込んでたなんてなったら連絡はしないと」
どもるような言葉。わたしの反応に困ってはいるが、彼女も職務。やめる訳にはいかない。
「先生」
それを承知して静かに呼ぶ。なら、手は一つしかない。声に反応して、振り返る視線。それをわたしは銀色で貫いた。
沈黙が落ちる。相手の脳が改変を受け入れる為の僅かな間。
「えーと、私は何してたん……そうそう、電話をかけてきたんだ。お父さんにちゃんと言っておいたから、家できちんと話し合ってね」
新たな事実が認識されて、先生は肩の荷が降りたような表情になる。
「じゃあ、また呼び出すかもしれないけど、今日はもう帰っていいわよ。」
そして、ようやくの解放。わたしはひたいに手を当てて立ち上がり、教室を後にした。
本当なら、タバコ持ち込みのことも記憶から消したい所だけど、クラスメート全員にチカラを使うのは面倒くさい。仕方ないか。
校内を歩きながら頭を働かせる。他にやる事も無かった。
ーーそれにしても……。
首を傾げる。さっき、先生の記憶に違和感を感じた気がした。でも、何か分からない。
ーー気のせい……かな?
そう考えれば、そうだったかもしれないと思えてくる。あまり、考えなくてもいい事なのかもしれない。
「……にしても、面倒くさいな」
考えを変える為に吐き捨てた。さっきの呼び出しも、ちょっかいかけてくるあの子らも、友達になりたいというあの少女も何もかも面倒くさかった。学校に通い始めてから面倒くさいことしか起こっていない。
「通わなきゃいいのに」
自分に向けた言葉。結局、通い始めた動機も分からない。特に行きたい場所でもない。なら、行かなきゃいい。答えは出ている。当たり前の事。
でも、わたしは多分、明日もここへ来る。あのお人好しな青年が、最後の一歩を踏み出させてくれないから。わたしが彼の悲しむ姿を見たくないから。
「どうしちゃったんだろう、わたし」
どうしても弘さんを無視できない。その他大勢と一緒にできない。
「わたし、変だ」
そこで、先へ行こうとする思考を無理やり止めた。これ以上行ったら戻れない気がした。
ーー余計な事は考えない。わたしには、他にやる事があるんだから。
無心で歩く。もやもやとする心を押し留める。そして……。
「ただいま」
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