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盈月
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***
「西山さん、できれば歩いてよ。重いんだけど」
私は立ち止まって無理やり引きずってきた少女を見た。彼女はいつもと何も変わらずに小説を読んでいる。
「別に連れていってって頼んだ訳でもないし、できれば教室に帰して欲しいんだけど」
返ってきたのは相変わらずに無機質な声。確かに西山さんにしてみればこの状況は不服だろう。なんせ、読書中の彼女に「連れていきたいとこがある」とだけ告げて引っ張って……文字通りに歩こうとしない少女を牽引してきたのだから。
「そんな……事……言わないで……さ。ここから階段だから痛いだろうし……二人で転がり落ちるかもよ?」
少し挑発的に言ってみる。ここに来るまでにすっかり息は上がっていた。私に、ここを登りきる体力は無い。それに、周りから浴びせられる好奇の視線から早く逃げたかった。だから、自分で登ると言って欲しい。
「別に、そんなの気にしない」
ーーまじで!?
予想外の答えだった。教室に戻られる可能性は考えていたけど、まさかこのまま階段を登れと言われるとは……。
ーーいや、気にしないって、絶対痛いし怖いでしょ。
言いたいことは色々浮かんでくる。でも、多分言ってもろくな答えは返ってこない。ならーー。
「進むしかないか」
嘆息気味に決意をして段に足をかけた。
ーー重い。
階段の傾斜も手伝って、腕にかかる負荷は半端ない。本当に気を抜けば落ちてしまいそうだ。
「はぁ……はぁ」
五段くらい登ったところで限界が来た。足はガクガク言うこと聞かないし、腕は力を込めるだけで激痛を訴える。
ーーなんだってこんなに重いのさ。
段に座らせた西山さんを恨みがましく見つめる。小柄で細身な筈の彼女は想像以上に重かった。
「やっぱり立たない?」
ダメ元で聞いてみる。
「立たない」
平坦な声は、予想通りの答えを紡いだ。彼女の視線は小説から一向に離れない。この状況で読み続けるってどんだけ本の虫なのさ。呆れながら彼女を見た。
ーー自分のペースが崩されるのが嫌なのかな?
そんな思いが浮かんだ。かなり常軌を逸脱している気はするが、もしかしたらそういう事なのかもしれない。
「帰る」
「え?」
突如洩れた言葉に、思考の海から意識が離れる。彼女はそんな私を尻目に立ち上がって音もなく引き返し始めた。
「ちょっと待ってよ」
私の声を無視して、少女は悠々と私の努力をどんどんと否定していく。
ーーちょっとくらい着いてきてくれたって良いじゃん。
その思いやりの無さに、文句が口をついて出そうになるが、抑える。そんな事をしても西山さんは止まらない。なら、その歩みを止める言葉を発した方が効率的だ。
「西山さん」
名前を呼んでみる。彼女は立ち止まって振り返った。その間に頭をフル回転させて魅惑の台詞を紡いでいく。
「騒がしいとこ苦手なんでしょ。これから行くとこは人が居なくて静かなんだけどどう?」
辿り着いた台詞。これが精一杯だった。
初日に耳を塞いでいた姿、昼休みに教室から消えるようになった少女。
多分、人とか音とかそんな物が嫌いなんだろうなとは思ってた。だから、そこを突いて誘い文句を組み立てた。
でも、逆を返せば、私はそれしか彼女の弱味を知らない。そこしか付け入る隙が無い。これが駄目ならもう無理だ。固唾を飲んで西山さんを見つめる。
「……行ってみる」
答えが返って、小さくなった姿が少しずつ大きくなっていく。やった、賭けに勝った。身体の中で湧き上がる喜び。それを声に変える。
「じゃあ行こう!」
疲れは無くなり、足は異様に軽くなった。
「西山さん、できれば歩いてよ。重いんだけど」
私は立ち止まって無理やり引きずってきた少女を見た。彼女はいつもと何も変わらずに小説を読んでいる。
「別に連れていってって頼んだ訳でもないし、できれば教室に帰して欲しいんだけど」
返ってきたのは相変わらずに無機質な声。確かに西山さんにしてみればこの状況は不服だろう。なんせ、読書中の彼女に「連れていきたいとこがある」とだけ告げて引っ張って……文字通りに歩こうとしない少女を牽引してきたのだから。
「そんな……事……言わないで……さ。ここから階段だから痛いだろうし……二人で転がり落ちるかもよ?」
少し挑発的に言ってみる。ここに来るまでにすっかり息は上がっていた。私に、ここを登りきる体力は無い。それに、周りから浴びせられる好奇の視線から早く逃げたかった。だから、自分で登ると言って欲しい。
「別に、そんなの気にしない」
ーーまじで!?
予想外の答えだった。教室に戻られる可能性は考えていたけど、まさかこのまま階段を登れと言われるとは……。
ーーいや、気にしないって、絶対痛いし怖いでしょ。
言いたいことは色々浮かんでくる。でも、多分言ってもろくな答えは返ってこない。ならーー。
「進むしかないか」
嘆息気味に決意をして段に足をかけた。
ーー重い。
階段の傾斜も手伝って、腕にかかる負荷は半端ない。本当に気を抜けば落ちてしまいそうだ。
「はぁ……はぁ」
五段くらい登ったところで限界が来た。足はガクガク言うこと聞かないし、腕は力を込めるだけで激痛を訴える。
ーーなんだってこんなに重いのさ。
段に座らせた西山さんを恨みがましく見つめる。小柄で細身な筈の彼女は想像以上に重かった。
「やっぱり立たない?」
ダメ元で聞いてみる。
「立たない」
平坦な声は、予想通りの答えを紡いだ。彼女の視線は小説から一向に離れない。この状況で読み続けるってどんだけ本の虫なのさ。呆れながら彼女を見た。
ーー自分のペースが崩されるのが嫌なのかな?
そんな思いが浮かんだ。かなり常軌を逸脱している気はするが、もしかしたらそういう事なのかもしれない。
「帰る」
「え?」
突如洩れた言葉に、思考の海から意識が離れる。彼女はそんな私を尻目に立ち上がって音もなく引き返し始めた。
「ちょっと待ってよ」
私の声を無視して、少女は悠々と私の努力をどんどんと否定していく。
ーーちょっとくらい着いてきてくれたって良いじゃん。
その思いやりの無さに、文句が口をついて出そうになるが、抑える。そんな事をしても西山さんは止まらない。なら、その歩みを止める言葉を発した方が効率的だ。
「西山さん」
名前を呼んでみる。彼女は立ち止まって振り返った。その間に頭をフル回転させて魅惑の台詞を紡いでいく。
「騒がしいとこ苦手なんでしょ。これから行くとこは人が居なくて静かなんだけどどう?」
辿り着いた台詞。これが精一杯だった。
初日に耳を塞いでいた姿、昼休みに教室から消えるようになった少女。
多分、人とか音とかそんな物が嫌いなんだろうなとは思ってた。だから、そこを突いて誘い文句を組み立てた。
でも、逆を返せば、私はそれしか彼女の弱味を知らない。そこしか付け入る隙が無い。これが駄目ならもう無理だ。固唾を飲んで西山さんを見つめる。
「……行ってみる」
答えが返って、小さくなった姿が少しずつ大きくなっていく。やった、賭けに勝った。身体の中で湧き上がる喜び。それを声に変える。
「じゃあ行こう!」
疲れは無くなり、足は異様に軽くなった。
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