パンドラ

須桜蛍夜

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盈月

26

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結果として今日の料理教室は散々だった。

瑠璃はすぐに普通に切るのを嫌がって包丁を振り回そうとするし、野菜を炒めている時に油を入れすぎて炎上させるし、カレー自体は煮すぎて野菜の形が無くなり、半分以上コゲが占める液体へと成り果てるし……。

しかもたちの悪いことに、瑠璃はおれの指示に従わずに失敗し、おれがその後片付けをしている間に勝手に進めてまた失敗するのだ。まったく、どうしようもなかった。

「まぁ、食べるか」

疲れた手でスプーンを握る。ひとまず目の前にあるのはカレーの筈、食べ物の筈だ。自己暗示をかけるように目の前のコゲしかない液体を見つめる。

「いただきます」

声を発して二人で同時に口に含んだ。

ーー苦い……とにかく苦い。

顔を歪める。コゲはできるだけ避けた筈なのに苦味しか感じられない。

「わたしと料理しない方が良いって分かったでしょ」

瑠璃が黙々とカレーを口に運びながら呟いた。う~ん、確かにこれじゃあな。消えない苦味を転がしつつ考える。この不味さは尋常じゃない。でもーー。

「瑠璃が料理下手だってのは分かったけど、おれは色々楽しかったよ」

少女は手を止めておれの方を向く。

「初めて二人で何かしたってのもあるし、大変だったけど瑠璃が失敗しまくってるってのも面白かったし」

本気でそう思っていた。やってる時はハラハラしっぱなしで疲れたし、正直カレーは美味しくないけど、瑠璃ともう一回料理してみたい。料理じゃなくでも良いから、また二人でてんやわんやと何かをしたい。そう思った。

 「それに、このままじゃ瑠璃、お嫁に行けないでしょ」

ふざけてみる。なんか、今の彼女だったらこういうことも言える気がした。

「行く気もないし、もらってくれる人もいないよ」

ふっと笑うように息を洩らし、返してくる。初めてだ。瑠璃が乗ってくれるなんて。

「それは良かった。まぁ、瑠璃が相手連れてきても『娘はやらん!』って言うけどね」

楽しくなってくる。ふざけたくなってくる。このままもっと瑠璃とくだらない"会話"をしたい。

「調子にのらないで。ごちそうさま」

しかし彼女は、いつもの素っ気ない言葉を紡いで立ち上がった。いつのまにか丸焦げカレーは完食されている。

ーーちょっとやりすぎなかな。

小説を手に取り、部屋に篭る少女を見る。それは、いつもと変わらなく見える瑠璃。でも、何かが変わった気がする。少しは距離が縮まった気がする。

だから、今は拒絶されたとしても、いつか、二人で今以上にふざけて笑えればいいな。そう思う。

「さて、当面の問題はーー」

視線を戻した食卓の上、一口しか減っていない、自称カレー。

「どうやったらこれを完食できんだよ」

はぁと深く溜息をつき、意を決して口へと運ぶ。苦い。覚悟してたのに苦い。なんだこれ。冷蔵庫からお茶を出し、二リットルボトルのそれをラッパ飲みする。それでも消えない。

「やっぱり、瑠璃と料理するのはもう辞めよう……」

半分程飲み干してから呟いた。さっきと矛盾していても、それは心からの叫びだった。
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