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盈月
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「瑠璃、今日は一緒に料理しよう!」
休日のお昼時、おれは彼女に声をかけた。いつものようにリビングで読書に興じていた瑠璃は、訝しそうにおれの方へ目を向ける。以前は、この無遠慮な視線にビビっていた。これ以上言ったら嫌われるのではないかと恐れていた。
「やだ」
予想通りの言葉が紡がれる。でも、おれは前とは違う。
「やらないなら、昼飯抜きな」
なんでもない風にジョーカーを切った。瑠璃を信じようと、理解しようと思い始めて気づいた事がある。多分彼女は、おれが思っている以上に食事が好きだ。だからきっと……。
瑠璃を見ると、彼女は恨みがましいようにこっちを見つめてきていた。
「ほら、一緒に美味しいもの作ろう」
語りかける。二つの視線が絡まって、睨み合いが静かに続いた。
「…………」
根負けしたのか、瑠璃は栞を挟んで小説をテーブルに置いた。そして「ずるい」とだけ呟いてキッチンへと向かった。自然と口元に笑みが浮かぶ。初めて瑠璃に勝った。
「瑠璃、ほら、エプロン着なよ」
勝った余韻に浸りながら、わざわざ買ってきたピンクのそれを彼女に差し出す。これを着た瑠璃を考えると可愛くて面白い。
「やだ。弘さんだっていつもつけてないでしょ」
相変わらずのジト目は吐き捨てる。確かにおれはいつも着てないけど、なんとなく、瑠璃にはこれを着てもらいたい。
「じゃあ、今日はおれも着るからさ」
どう? と笑いかけて尋ねる。
「一人で着てれば」
反応は冷たかった。そして、固まるおれを尻目に彼女は冷蔵庫を漁り始めた。
ーーまぁ、機嫌を損ねて料理しないとか言われても嫌だし……。
未練はあるが、仕方なく可愛らしいエプロンをテーブルに置いた。
「なに作るの?」
「う~ん、カレーかな。最初だし」
「そう」
瑠璃はテキパキにんじん、玉ねぎと言った具材を取り出していく。わざわざ教えなくてもできたのかな? 苦笑する。確かに、瑠璃の歳でカレーを作れない人というのも珍しいかもしれなかった。
「人のこと誘っておいて自分は何もしないの?」
容赦のない言葉。
「あぁ、悪い悪い」
それに、ははっと笑いを返して、包丁と野菜を手に取った。なんか楽しい。瑠璃がいつも以上に喋ってくれる。信じようと思ってから、少し雰囲気が柔らかくなったような、ならないような微妙な感触があったが、これだけ話してくれるのは病室以来かもしれない。
ん? ってーー。
「ちょっと待った!」
回想に入っていたおれの視界に不可思議な物が映った。
「瑠璃、なにやってんだ」
野菜を洗っていた筈の彼女は、いつの間にか包丁で曲芸のように野菜を空中に投げて切り刻んでいた。
「テレビでこうやってた。この方がやりやすいと思って」
当たり前のように言う瑠璃。言葉通りなのかは知らないが、少女の切った野菜は食べやすそうな一口大で地面に散乱している。
「一体いつこんな芸を覚えたのか知らないけど、普通に切ろう。危ないし、食材が散らばっちゃってるし」
呆れ半分で言う。何を考えているかが分からない。ふざけているのか??
「弘さんの切り方、やりにくそうだからいい」
再び斬り始めようとする瑠璃。それを両手を掴んでやめさせる。それを咎めるように黒い双眸がおれを見つめてきた。
「…………」
静かな見つめ合い。沈黙だけで時が流れる。
ーー"やりにくそう"って……。絶対、普通に切った方が楽だろ。
呆れる。何がしたいか分からない。情報を得ようと瞳を見つめるが、それは何も語らない。
ーーったく、一体なんの……"やりにくそう"?
そこで気づいた。嫌な予感に。
「瑠璃、料理したことある?」
恐る恐る尋ねてみる。
「識ってはいるけど、多分、やったことはない」
瑠璃は、なんでもない風に言い放つ。予感的中。考えてみれば、彼女は蛇目教に囚われていたのだ。あんな所で料理の経験が積める筈が無い。
ーー仕方ないか。
「じゃあ、教えるからその通りやって。まずはこんな風に左手を猫の手にしてーー」
おれは瑠璃の手を離し、くるりと身体をキッチンに向けると見本を見せるように人参を切り始めた。
「瑠璃、今日は一緒に料理しよう!」
休日のお昼時、おれは彼女に声をかけた。いつものようにリビングで読書に興じていた瑠璃は、訝しそうにおれの方へ目を向ける。以前は、この無遠慮な視線にビビっていた。これ以上言ったら嫌われるのではないかと恐れていた。
「やだ」
予想通りの言葉が紡がれる。でも、おれは前とは違う。
「やらないなら、昼飯抜きな」
なんでもない風にジョーカーを切った。瑠璃を信じようと、理解しようと思い始めて気づいた事がある。多分彼女は、おれが思っている以上に食事が好きだ。だからきっと……。
瑠璃を見ると、彼女は恨みがましいようにこっちを見つめてきていた。
「ほら、一緒に美味しいもの作ろう」
語りかける。二つの視線が絡まって、睨み合いが静かに続いた。
「…………」
根負けしたのか、瑠璃は栞を挟んで小説をテーブルに置いた。そして「ずるい」とだけ呟いてキッチンへと向かった。自然と口元に笑みが浮かぶ。初めて瑠璃に勝った。
「瑠璃、ほら、エプロン着なよ」
勝った余韻に浸りながら、わざわざ買ってきたピンクのそれを彼女に差し出す。これを着た瑠璃を考えると可愛くて面白い。
「やだ。弘さんだっていつもつけてないでしょ」
相変わらずのジト目は吐き捨てる。確かにおれはいつも着てないけど、なんとなく、瑠璃にはこれを着てもらいたい。
「じゃあ、今日はおれも着るからさ」
どう? と笑いかけて尋ねる。
「一人で着てれば」
反応は冷たかった。そして、固まるおれを尻目に彼女は冷蔵庫を漁り始めた。
ーーまぁ、機嫌を損ねて料理しないとか言われても嫌だし……。
未練はあるが、仕方なく可愛らしいエプロンをテーブルに置いた。
「なに作るの?」
「う~ん、カレーかな。最初だし」
「そう」
瑠璃はテキパキにんじん、玉ねぎと言った具材を取り出していく。わざわざ教えなくてもできたのかな? 苦笑する。確かに、瑠璃の歳でカレーを作れない人というのも珍しいかもしれなかった。
「人のこと誘っておいて自分は何もしないの?」
容赦のない言葉。
「あぁ、悪い悪い」
それに、ははっと笑いを返して、包丁と野菜を手に取った。なんか楽しい。瑠璃がいつも以上に喋ってくれる。信じようと思ってから、少し雰囲気が柔らかくなったような、ならないような微妙な感触があったが、これだけ話してくれるのは病室以来かもしれない。
ん? ってーー。
「ちょっと待った!」
回想に入っていたおれの視界に不可思議な物が映った。
「瑠璃、なにやってんだ」
野菜を洗っていた筈の彼女は、いつの間にか包丁で曲芸のように野菜を空中に投げて切り刻んでいた。
「テレビでこうやってた。この方がやりやすいと思って」
当たり前のように言う瑠璃。言葉通りなのかは知らないが、少女の切った野菜は食べやすそうな一口大で地面に散乱している。
「一体いつこんな芸を覚えたのか知らないけど、普通に切ろう。危ないし、食材が散らばっちゃってるし」
呆れ半分で言う。何を考えているかが分からない。ふざけているのか??
「弘さんの切り方、やりにくそうだからいい」
再び斬り始めようとする瑠璃。それを両手を掴んでやめさせる。それを咎めるように黒い双眸がおれを見つめてきた。
「…………」
静かな見つめ合い。沈黙だけで時が流れる。
ーー"やりにくそう"って……。絶対、普通に切った方が楽だろ。
呆れる。何がしたいか分からない。情報を得ようと瞳を見つめるが、それは何も語らない。
ーーったく、一体なんの……"やりにくそう"?
そこで気づいた。嫌な予感に。
「瑠璃、料理したことある?」
恐る恐る尋ねてみる。
「識ってはいるけど、多分、やったことはない」
瑠璃は、なんでもない風に言い放つ。予感的中。考えてみれば、彼女は蛇目教に囚われていたのだ。あんな所で料理の経験が積める筈が無い。
ーー仕方ないか。
「じゃあ、教えるからその通りやって。まずはこんな風に左手を猫の手にしてーー」
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